27 妨害する者
結論から言うと、管理小屋はすぐに見つかった。
操が現在いる公園が思った以上に何も無かった為、迷う要素が無かったのだ。
どうやら、散策する為の遊歩道とベンチ・花壇の他は特に何も無いらしい。
街路樹とその周辺にある植込みの陰に隠れつつ移動して来た為、公園内にいる花人にも見つからずに辿り着く事も出来た。
そもそも花人の数がそれほど多くなかった事もあるかもしれないのだが。
そうして見つけた管理小屋は、まさに「小屋」としか形容出来ない小さなものだった。
最低限の体裁を取り繕ったプレハブ小屋、といった見た目であり、扉と窓が付いただけの箱とも言える物だ。
幸い小屋の周囲には花人の姿は無かった為、操は素早く小屋に近付き、窓から内部を覗き込んだ。
窓にはカーテンが引かれており、内部の様子は見え難い。
しかし、ほんの少し隙間が空いており、そこから内部を覗く事が出来た。
(……誰か倒れてる)
内部は薄暗く、明かりも点いていない。
そして、そんな中で壁を背にして倒れ込んだ状態の人影が見える。
様子を伺った限りではピクリとも動いていない。
(扉の鍵は……まあ、掛かってるよね)
恐らくこの小屋の中に逃げ込んだ者だろう。
扉と窓を閉めて中に立て籠もったが……という所だろう。
操は小屋の周りをざっと調べてみる。
すると、小屋の側面上部に換気口と思われる小さな穴がある事に気が付いた。
(あそこからなら……)
操は腕から細い植物の蔓を生やすと、換気口に向けて伸ばした。
蔓はそのまま換気口の隙間を抜けて小屋の内部に侵入する。
操は蔓を動かしつつ、蔓から伝わって来る感触に意識を集中させ、蔓が触れる物の形を読み取って行った。
(……これは机の脚……そのまま上に登って……机の上……これはコーヒーカップ……?……机の上にファイルキャビネット……壁に到達して……よし、これね)
伸ばした蔓が小屋の扉に到達し、ドアノブに巻き付く。
そして、施錠されていた内鍵に器用に絡み付くと、力を込めて捻った。
カチャッ、という音と共に内鍵のロックが解除される。
鍵が開いたのを確認した操は腕から蔓を切り離し、扉へ向かった。
ドアノブに手を掛けてゆっくり回すと、扉はあっさりと開ける事が出来た。
念の為銃を構えて小屋の内部に入って行く操。
しかし、入った時点で分かった事がある。
(……死臭がする。 多分あの人はもう……)
室内にいる壁に寄り掛かった人物は、既に事切れて時間が経っているらしい。
操が室内に侵入して来ても何の反応も示さず、小屋の中には腐臭が漂っている。
だが、それは同時に目の前の人物……死体は、怪物と化してはいないという事でもあった。
(あいつらからは腐敗臭なんてしなかった……。 そのあたりで判断出来そうだけど、良い気分じゃないね……)
気が滅入る死体と怪物の判別法を思い付いた操は、嫌そうな顔をしながら室内を調べて行く。
だが、小屋の中には役に立ちそうな物は殆ど見当たらなかった。
公園の管理人室のような物だから当然とも言えるが……。
(使えそうなのはこれ位かな)
唯一操が見つけたのは、公園を含めたこの周辺の地図だった。
どうやらこの公園を含めた数か所を整備の為に巡回しているらしく、この地図はその巡回ルートを示した物らしい。
死体は恐らく、そういった整備・清掃を行う作業員だったのだろう。
地図を確認してみると、どうやら現在操がいるのは街の南東の外れらしい。
聖メアリー病院が街の北東にあった事を考えると、随分移動して来たものだ。
この周辺は街の中央を通っている大通りからも離れた住宅街の一角のようで、周辺にはアパートが立ち並んでいる。
ここからなら、ライナのいるアパートに近いかもしれない。
そう思って地図を確認していた操は、ある事に気が付いた。
(……あれ? 近いっていうか、これ……今あそこに見えている建物の向こう側が、ライナのアパート?)
操はライナから渡されていた市販の地図を取り出し、先程入手した地図と照らし合わせてみる。
すると、やはり小屋の窓から見えている建物を越えた向こう側がライナのいるアパートらしい。
(……まあ……怪我の功名……なのかな。 変に遠い所に迷い込んだりしてなくて良かったと思っておこう)
偶然ではあるだろうが、散々地下を移動してきた先が自分が出発した建物の裏手だった事に、とてつもない徒労感を感じる操。
とはいえ、病院からの帰路を考えなくて済んだのは間違いなく幸運だっただろう。
現在位置を確認した操は、管理小屋を出た後すぐに公園を後にする。
またいつ怪物に襲われるか分からないからだ。
現に公園の敷地から出る際、住宅地前の通りをそっと覗いて見ると、公園内と同じく花人が数体うろついているのが見て取れた。
(物陰に隠れながら……あの路地から向こう側に行けそう)
道路に停車している車や、ゴミ箱などの陰に身を隠しつつ移動する操。
花人はやはり聴覚が鈍いのかこちらに気付く様子は無い。
素早く移動し、すぐに目的の路地まで辿り着くが……フェンスゲートで通れなくなっている
扉にはいわゆる南京錠、或いはパドロックなどと呼ばれる簡易的な鍵が掛けられていた。
(……もう開き直った方が良いかな)
操は溜息を吐いた後、南京錠を手で握り、無造作に引っ張った。
パキンッという音と共に錠の部分が引きちぎられる。
扉に残った鍵の一部を取り除き、扉の内鍵を外した。
フェンスの向こう側は左右の建物の物と思われる大型のゴミ箱などが設置されており、視界が悪い。
しかし今の操には物陰に怪物がいない事が気配で分かる為、足を止めずに通過した。
無意識の内に操は歩くスピードを速めた。
ライナのアパートから出発して既に数時間が経っている。
しかも、病院は怪物だらけで、生きている人間は錯乱した男だけだった。
流石に操も精神的に疲労していたのだ。
(早く戻ってライナに話を聞いてもらおう……)
病院で得た情報を纏める意味でも、ライナの意見を聞きたい。
しかしそれ以上に、唯一知っているまともな人間であるライナに、操自身が早く会いたかった。
路地を抜けると、そこは見覚えのある道路だった。
やはり操が考えた通り先程の公園は、あのアパートの裏手にあったようだ。
逸る気持ちを押さえてアパートの敷地内に足を踏み入れる操。
2階に上がる階段を急ぎ足で登り……異変に気が付いた。
(……!? この気配は……!?)
それは先程まで散々感じ取って来た気配……花人の気配だった。
アパートの室内、それもライナのいた部屋の辺りから数体の気配を感じるのだ。
(どういう事……!? まさか、ライナが……)
考えたくない状況が頭に浮かぶが、すぐにその考えを否定する。
(……ううん。 1週間もこの街で生き延びていたライナが簡単にやられるとは思えない)
そう思い直し動揺する心を押さえ付けると、操は銃を構えて2階の廊下を慎重に進んで行く。
そして、ライナの部屋の前に到達すると、部屋の中の気配を探った。
(……入ってすぐの部屋に2匹、寝室の方に1匹……)
気配から室内の花人の位置を割り出した操は、銃を構えつつドアノブに手を掛けると、一気に扉を開け放った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「オ゛オ゛オ゛オ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
唸り声を上げる怪物には構わず、即座に一番近くにいる花人に銃で狙いを定め、撃った。
「ぎ!?」
乾いた発砲音と共に頭を撃ち抜かれた花人が、呻き声を上げて倒れるのを横目に、もう一体の花人に銃口を向ける。
「オ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
叫び声を上げながら迫る花人を冷静に見据え、操は引き金を引いた。
「い゛ゲ!?」
放たれた銃弾は怪物の左目を撃ち抜く。
悲鳴を上げる花人を無視し、更に銃撃を加える。
「ごげっ!?」
再び響いた銃声と共に、怪物は額から血飛沫を上げ、仰向けに倒れ込んだ。
「…………」
2体の怪物を速やかに倒した操だが、銃を構えたまま警戒を解いていなかった。
先程、部屋の外で室内の気配を感知した際に、隣室にも花人の気配があった為だ。
銃声がこれだけ響いていれば、隣の部屋にいる花人が反応しないとは思えないからだ。
そうこうしていると、案の定隣室から何かが動くような音が微かに聞こえた。
それに気づいた操は、特に動じる事無く隣室へと通じる扉に銃口を向ける。
そして次の瞬間、扉が勢いよく破られた。
「ア゛ア゛ア゛!! ァ?」
扉を破壊して飛び出して来た花人だったが、飛び出した直後、銃声が響く。
操が放った銃弾は正確に花人の眉間を射抜き、花人は何かしらの行動を起こす前に間抜けな声を上げて仰向けに倒れていった。
「……悪いけど急いでるの」
無表情でそう言い放つ操だが、内心の余裕は無い。
ライナが花人程度に後れを取るとは思っていないが、それでも心の動揺は治まらない。
若干急ぎ足で隣室に向かいながら、操は腕から蔦を伸ばし、倒れた怪物の体から本体の花を毟り取る。
本当は花人の止めなど後回しにしたかったが、その辺りは蔑ろに出来ない操だった。
念の為銃を構えつつ隣室に入る。
すると、薄暗い室内の様子が視界に入って来る。
室内は窓が割れ、ガラスが散乱していた。
花人が壁を登って来たのか、外から侵入して来たらしい。
しかし、荒らされた様子と言えばその程度であり、室内にライナの姿も無かった。
「……居ない……。 一体何処に……?」
そう呟きながら室内を見渡す操。
すると、以前操がライナに介抱された時にライナが持って来た水差しが目に入る。
「……? これは……?」
そこで操は、水差しの下に折り畳まれた紙が挟んである事に気が付いた。
水差しを退けて紙を手に取る操。
そこには貰った地図に書かれた文字と同じ筆跡で「操へ」と書かれていた。
『操へ
この手紙を読んでいるって事は、無事だったようで何よりだ。
一人で行かせちまったから心配してたんだが、病院では目的の物を見つける事は出来たか?
こっちは通信機の修理が終わったんで外部と連絡を取ろうとしたんだが、やっぱり外には繋がらなかった。
何が原因でそうなってるのか分からないけど、普通の方法じゃ駄目みたいだ。
なので、もっとちゃんとした通信設備を探しに行く事にした。
本当は操が戻って来るのを待っていたかったんだけど、この周辺も怪物共が大分増えて来てる。
流石にこのまま留まってるのは限界みたいだ。
このアパートから西に行った場所、大通り沿いに、街の消防指令センターがある。
あそこなら緊急時に外部と連絡が取れるような、出力の高い通信設備がある筈だ。
もし戻って来た時にアパートも危険な状態になっていたら、操も後を追って来てくれ。
ライナ』
「良かった……ライナは無事……なんだよね?」
手紙の内容を見るに、ライナがアパートを離れたのは怪物の襲撃前のようだ。
外部との確実な通信手段を探して別の場所に移動した、という事だが……。
「普通の通信手段じゃ連絡が取れないって……単純に『青い花』が街を破壊した結果じゃないって事?」
操は今まで外部との連絡が付かないのは、異常成長した『青い花』が街を破壊した事による物理的な現象だと思っていた。
しかし、ライナはそれを踏まえた上で警察無線を修理……というか改造して通信機を作っていた。
その通信機で外部との交信を試みても連絡が取れないというのは、単なる「故障」ではない可能性がある。
この街の外もこうなっているかも、と以前も考えたが、こちらからの呼びかけに対して一切反応が無いというのは妙だ。
どれ程最悪の状況だとしても、生き残りはいると思われるからだ。
だとすれば、残る可能性は…………。
「……何かが妨害してる?」
突拍子の無い考えではあるが、そうだとすれば説明が付く。……付いてしまう。
だが、仮にそうだとしても、一体何が妨害をしているのだろうか?
何より、何故妨害する必要がある?
……そこまで考えた際に思い浮かぶ、外部との通信を妨害する事に益のある存在は一つしかない事に操は気が付いた。
「外から人が介入して来るのを邪魔しようとしているとしたら……『青い花』しかいない」
『青い花』がこの街に巨大な花を咲かせ、街中に怪物を蔓延らせている理由は今もわからない。
しかし、病院の地下で戦った異形の怪物は、明確な目的意識を持って行動しているようにも見えた。
それがあの怪物の個体毎の行動なのか、『青い花』によって生まれた生物全体の習性なのかは不明だが、少なくとも何らかの「意思」の元に行動しているように感じられた。
だとすれば、「グリーンフォレスト内から外部への通信の遮断」という現象を青い花が引き起こしている可能性はゼロではないかもしれない。
「私の体の事を考えても、異質な力を持った花だと思ってはいたけど……そこまで行くと、オカルトじみてるね……」
操の推測通りなら、植物とは思えない程の明確な自我を持っている事になる。
そんな存在が、グリーンフォレストから脱出しようとしている人間の行動を妨害しているとすれば……。
「このまま簡単に脱出させてくれる……なんて事はなさそうだね」
仮に、ライナが言うような出力の高い通信設備を用いても、外部との連絡が取れなければ街からの脱出がさらに困難になる。
そうなった場合、街の外に連絡を取るのではなく、自力で脱出手段を探す必要があるだろう。
「……とにかく、今はライナの後を追いかけよう。 これ以上別行動をしているのは危ない気がする」
ライナからの手紙を読み終わった操は、まずライナとの合流を目指す事にした。
先程から感じていた事だが、ライナが手紙の中で指摘していた通り、アパート周辺の怪物の数が多くなっている。
このまま留まっているのは怪物に襲われる危険がある。
行き先に他に当てが無いというのもあるが、操としてはライナに話を聞いてもらいたいという気持ちの方が強かった。
「色々あり過ぎたからね……あの病院の事とか、ライナはなんて言うだろう?」
病院で行われていた裏取引。
その取引の背後にいるサイディス・カンパニー。
陰謀の巻き添えになった操の恩師……。
様々な事が立て続けに起きた為、流石に操も誰かに自分の胸の内を聞いて欲しかった。
アパートを後にした操はライナが向かったという消防指令センターに向かった。
手紙を読んだ後地図で確認してみたが、アパート前の道を西に向かって歩き、大通りに出て北へ向かえば行けるようだ。
道順としては特に問題ない道のりだが……。
「問題は道路が普通に通れるかどうかだね」
操が現在歩いている道は、大通りに比べると少し狭い道路だ。
住宅地へ繋がる道路である為、普段はそれ程人通りが多い道ではないのだろう。
しかし、そんな人気の少なそうな道ですら、あちこちの地面から植物の根と思われる物体が地面を突き破って顔を出している。
更には根が突き破った道路に出来た亀裂から、大小様々な青い花が生えて来ていた。
花はそのまま蔓を伸ばして周辺に広がっており、周りの建物や街灯に絡み付いている。
明らかに操が病院へ向かう前よりも、周囲が青い花に浸食されて来ているのだ。
「特に大通りは巨大花の根で通れないし、怪物だらけで近寄れないってライナも言ってたし……」
恐らく道路から生えている植物の根は、巨大花の根の末端なのだろう。
だとすればあの花はいまだに成長を続けているという事だ。
地形自体が変わって地図が役に立たない可能性すらある。
場合によっては住宅地内で道を探しながら進まなければならないかもしれない。
「住宅地の中もどんな状態か分からないし……出来れば大通りを通れると良いんだけど」
周囲の気配を探りながら道路を進んで行く操。
やがて視界が開け、正面に大通りらしき広い空間が見えて来た。
……しかし。
「………何、これ……」
丁度操が進んでいた道の正面は、一見して何も異常が無いように見えた。
しかし、近づいて行くにつれ、霧に隠れて見えなかった物体が操の頭上に姿を現した。
「それ」は巨大花から伸びた、異常なまでの太さに成長した根だった。
いや、巨大花の一部なのだろう事は理解出来る。
だが、もはや花の一部だとか、花の根という表現が適切だとは到底思えないような「それ」を
なんと言い表すのが正しいのか、操には分らなかった。
木の幹と比較しても太すぎる花の根は、一番細い物でも直径1メートルはある。
太い物に至っては、小型トラックを完全に押し潰す程の大きさがあった。
今までにも異常成長した花の一部で破壊された街の様子を見て来たが、大通りの状況はそれを遥かに超えている。
そんな植物が絡み合い大通りを埋め尽くしているのだ。
操が進んで来た道路の正面は、根が偶然少しだけ逸れた為にスペースが出来ていたが、他の場所は
巨大な根に埋まっているか、横転した車や崩れた建物の瓦礫で塞がってしまっている。
「ライナが言っていた通り、ここを進むのは無理そうね……」
操が立っている位置から見える範囲に無事な建物は見当たらない。
大通り全てがこの状態だとすると、ライナが向かった消防指令センターも無事なのだろうか?
「とにかく、別の道を探さないと。 ……やっぱり住宅街を探さないとダメかな」
操は大通りを通っての移動を諦め、住宅街を通るルートを探す事にした。
地図で確認しつつ、来た道を戻る。
先程の公園側に出る道が近くにある筈だが、まずまともに通れる状態か確かめる必要がある。
「地図だとこの辺りみたいだけど……ってまさか、これ?」
地図に表記されていた道までやって来た操だったが、それはギリギリ路地と言えるかどうか、というレベルの道だった。
いっその事、建物同士の間に出来た隙間と言った方が正しいかもしれない。
ゴミ箱や室外機が設置されたそこは、人が通る事が考えられているとは思えない状態だ。
おまけに、アパート横の路地と同じようにフェンスゲートが設置されている。
しかし、先程と違って鍵は掛かっていないようだ。
「狭くて管理が行き届いていなさそうな路地……出来れば入りたくないけど、贅沢は言えないよね」
ゲートを開きつつそう呟いた操は、憂鬱そうに溜息を吐くと、薄暗い路地に足を踏み入れて行った。




