25 遺言
どれくらい時間が経った頃だろうか。
操はゆっくりと目を開けた。
極度の疲労から意識を失い、そのまま眠ってしまっていたようだ。
気を失っていたというのに、不思議なくらい頭がはっきりとしている。
自分が今置かれている状況を思い出し、慌てて立ち上がる。
周囲を見渡してみると、操が気を失う前と特に変わった様子は見られなかった。
(……地下だからはっきりとは分からないけど、そこまで長時間が過ぎたって訳じゃないみたい)
目を覚ましたらまたも見知らぬ場所、などという事が繰り返されなかった事に安堵の溜息を吐く。
とはいえ現在操がいるのは、あちこちに死体の転がった凄惨な光景が広がる場所なのだが。
自身と周囲の状況を確認していた操だったが、そこである疑問が浮かぶ。
(……そういえば、妙に体が軽いような? いくら傷が再生するって言っても、串刺しにされたのに)
あの怪物との戦闘で操は、背後から怪物の右腕の槍で体を刺し貫かれてしまった。
普通なら即死していてもおかしくない傷であり、実際驚異的な再生力を持つ操でも、一時意識を失い死の縁に立たされた。
しかし、怪物を倒して気を失い、こうして再び目を覚ました現在、操は傷の痛みどころか肉体的な疲労感すら感じていなかった。
(あんな大怪我……というか完全に致命傷だったのに、今は全く痛みを……えっ?)
繰り返すが操は怪物の攻撃で体を串刺しにされた。
それはつまり、身に付けている衣服ごと貫かれたという事だ。
それ故体の傷は塞がっていても、貫かれた際に破けた衣服の鳩尾や背中部分には穴が空いている筈である。
しかし、今操の目に映っている自分が身に付けている衣服には、穴どころかほつれ一つ無かったのだ。
(どういう事? さっきは確かに穴が空いていたのに)
怪物との戦闘中に意識を取り戻した際、確かに操の衣服には穴が空いてしまっていた。
だが、刺された事による傷を体から生えた蔦……というよりも『籠手』などと同じような植物質の細胞が増殖し、傷口を埋めていた為、見た目には衣服の破れた箇所はそれ程目立っていなかった。
しかし、今の操の体は怪物によって付けられた傷は、『青い花』の再生能力によって完全に消えているのが感覚として分かる。
その為、本来であれば破けた衣服の穴から地肌が覗いてしまっているはずだ。
戦闘中という事もあり、操も羞恥心はかなぐり捨てて戦った為、気にする余裕は無かったのは確かだが、見間違えたとは考え難い。
困惑しつつ、服の破けて穴が空いていた筈の場所を調べてみる。
色や形状などには一切異常は見られない。 ……しかし。
(ん……? 何だか手触りが…他の場所と微妙に違う?)
触ってみても殆ど違いは無いように思えたが、他の場所…破れていない部分と比較して触ってみると、若干の差異があった。
具体的に言うと、ほんの少しゴワゴワしている……ような気がする。
(……まさか、これも花の力なの?)
そう考えた操は試しに腕から蔦を伸ばし、布をイメージして形を変形させてみる。
すると至極あっさり蔦が形を変えて行き、薄く延ばされるように広がって一枚の布が出来上がった。
「……もう何でもありだね………」
我が事ながら呆れるしかない操。
つまりは、操が一時的に気を失っている間に青い花の再生能力が、破けた操の衣服までも「再生」していたのだ。
更に、色まで元の色と全く同じ色になっていた事に思い至った操が、今着ているノースリーブと同じ黒色を頭に思い浮かべてみたところ、こちらもあっさり成功して色が変わってしまったのだった。
「………はぁ~……」
修復された衣服の謎を解明した操は、盛大に溜息を吐いた。
衣服まで再生するとは何とも至れり尽くせりな能力ではある。
しかし、流石に自重してほしいと操は思った。
ここまで予想外な能力……あるいは機能が追加されて行くとなると、将来どのような能力が追加されるか見当もつかない。
その内、何かとんでもない能力が突然増えるのではないかと頭が痛くなった。
もっとも、今回に関してはこの能力が効果を発揮してくれたおかげで、妙な所の地肌を晒したまま行動しなければいけない、という事態を回避する事が出来たのだが。
「……いつまでもこうしてる訳にも行かないし、この部屋をさっさと調べよう」
自らの『青い花』の能力が、明後日の方向に進化しつつある事に一頻り頭を悩ませた後、操はそう呟いて立ち上がった。
異形の怪物の襲撃で中断されてしまっていたが、今いる地下の死体置き場はまだしっかりと調べられていない。
現状、怪物との戦闘で死体を乗せていた台などが破壊され吹き飛ばされてしまい、最初に部屋に入った時よりも室内は荒れている状態だ。
その為、周辺を調べようとした場合、少々骨が折れそうだった。
とはいえ、今調べる必要がありそうなのは、地下室全体に広がった花の蔦で塞がった『搬出口』くらいなのだが。
操はまず、蔦に覆われた搬出口のゲートを調べてみる事にした。
シャッターを埋め尽くしている蔦は、病院の渡り廊下で見た蔦と同じかそれ以上の太さの、もはや蔦とは言えないような物ばかりだった。
この蔦を排除するには、燃やすか切るかするしかないだろう。
「……あれ? そっか、切ればいいんだ」
そう言うと操は体の前に右手をかざした。
そして、怪物との戦いで使用した『荊の剣』を思い浮かべると、あっという間に青緑色の蔦が腕から生じ、次の瞬間には操の手に『荊の剣』が握られていた。
「ついつい自然に出しちゃったけど、この剣いつでも作れるんだね……」
操は怪物との戦闘で生み出した『荊の剣』を、自分がごく自然な動作で再び作り出した事に少なからず驚いていた。
しかし同時に、その事に違和感を覚えていないのもまた事実だった。
これも、青い花を自分の一部として受け入れたせいなのだろうか?
再び操の手の中に現れた『荊の剣』は怪物と戦っていた時とは違って青い光を放っていなかった。
しかし、それ以外は先程操が作り出した剣と全く同じ形状をしており、細身だが青い剣身は変わらず存在感を放っている。
操は『荊の剣』を、試しに何度か片手で振って感触を確かめてみた。
すると『荊の剣』は、変わらず操の手に馴染み、殆ど重さを感じさせず、一振りする度にヒュンヒュンと風を切る音を響かせる。
何度か素振りをして感覚の確認をした操は、今度は両手で『荊の剣』を構えると、搬出口に絡み付く花の蔦に向き直った。
「……はぁっ!!」
気合と共に操は搬出口に絡み付く蔦に向けて、渾身の力を込めた斬撃を放った。
ガリッ! という剣で物を斬ったにしては少々似つかわしくない音を立てて蔦が切断される。
「せやっ!!」
操は続けて更に連続して斬撃を叩き込んで行き、搬出口に絡み付いた蔦を斬り払って行った。
絡み付いているのは木の幹のように太い蔦なのだが、『荊の剣』は全く問題なく切る事が出来るようだ。
やがて、蔦に覆われてほとんど埋もれてしまっていた搬出口のシャッターがようやく姿を現した。
「ふぅ……。やっと見えて来た。何でここだけこんなに密生してるんだろう?」
巨大な蔦の伐採を済ませた操は、搬出口のゲートへ近づいて正常に動作するかどうかを確認する。
しかし……。
「やっぱり開かない……。搬出ゲートのシステムがエラーになってるのは蔦のせいじゃないみたいね」
蔦はゲートを開閉出来る程度には除去出来た筈だが、ゲートは開く気配が無い。
ゲートの開閉システムがエラーを起こしているのは別の理由のようだ。
「……あ。よく見たらゲートのシャッターがちょっと歪んでる……。もしかしてこれのせい?」
ゲートのシャッターの一部に何らかの強い力が掛かり、シャッター自体が歪んでしまっているらしい。
恐らくあの大量の蔦が絡み付いたのが原因だろう。
「流石にこれは……こじ開けるのも斬るのも無理かな……」
ゲートのシャッターはシャッターとは言ったが、どちらかと言えば「隔壁」と言った方が正しいような頑丈さを持った物だった。
流石の操もこれを破壊するのは難しいだろう。
ついでに言うなら、『荊の剣』は斬るというよりも剣身の棘で相手を削るような形で攻撃しているようだった。
いうなれば長大なノコギリのようなものだ。
それ故に、分厚い金属製のパーツで出来たゲートのシャッターを斬るような事には向いていなかった。
(あの怪物の大きな槍とかなら少しはマシだったかもしれないけど……まぁどちらにしても無理かな)
何せあの蔦の力でも少し歪める事しか出来ていないのだ。
生半可な方法ではこのゲートを開く事は出来そうになかった。
念の為、もう一度部屋の隅にある管理端末も調べてみたが、エラー状態が解消される事は無かった。
「はぁ……これは、何か別の方法を探さないとダメかな……」
溜息を吐いて途方に暮れる操。
……と、何気なく周囲に目を向けると、ある物が操の視界に入った。
「………」
それは操が倒した怪物の死体だった。
『荊の剣』で両断された死体は真っ二つになって床に転がっており、体を覆っていた蔦も既に枯れてしまっている。
複数の死体が一体化したような状態の下半身も同じように枯れているが、既に癒着してしまっているのか、分離するような事にはなっていない。
操は死体に近付くと、枯れてしまった植物のように萎びている上半身部分……つまり、クロフォード医師の遺体の前にしゃがみ込んだ。
「ごめんなさいクロフォード先生……。 こんな風にしかあなたを止める事が出来ませんでした……」
そう呟くと、操は手を合わせて恩師の冥福を祈った。
あくまであの怪物は、クロフォード医師の遺体に青い花が寄生した結果生まれた物であり、クロフォード自身が怪物になったわけではない。
しかしそれでも操は、恩師の遺体を損壊してしまった事を謝罪せずにはいられなかった。
……と、目を瞑って祈っていると操の脳裏にとある物が浮かんだ。
「……え? これは?」
驚き、思わず目を開ける操。
しかしそこには今見えた物は無く、変わらず怪物の死体があるだけだ。
操は暫く様子を見ていたが、変化が無い事を確認すると再度目を瞑ってみた。
すると、やはり先程見えた物……『青い花』の光が、クロフォードの体の一部から発されているのがわかった。
どうやら、視覚とは違う別の感覚で感じ取っているらしい。
(これって…この怪物と戦ってる時に感じ取れた、あの光と同じ物? ……ううん。あれとは違う。この光は私に対して害がある感じはしない)
そうして感知した青い光を危険な物ではない、と操が認識した途端、操の脳裏に再びある光景が浮かんだ。
それは、院長の死体から生前の記憶を読み取った時の光景だった。
あの時は訳も分からず自身の能力に任せて記憶を読み取り指紋を写し取ったが、今回は『記憶の読み取り方』がはっきりと分かっていた。
(何だかあの怪物と戦った後から、私の『青い花』の能力が強化されてる……? どうやれば記憶が読めるか、とかさっきは分からなかったのに)
既に操の体からは花は生えておらず、当然光ってもいない。
あの時に比べれば全身に力が漲る、と言うほどではないが、少なくとも怪物と戦う前より色々な部分……『花』の力が増している気がする。
今、操が記憶の読み取りの方法を頭で理解出来ているのも、そうした強化の結果なのだろうか?
そして、そうした事が頭に浮かぶという事は……「試せ」という事なのかもしれない。
しかし、正直言って記憶の読み取りに関してはあまり気が乗らない。
何故かと言えば……。
(あれって多分、死体の血か何かを吸収してるよね? 大丈夫なのかな……色々と)
院長の記憶を読み取った時の蔦の動きを思えば、死体に蔦を「接続」した後蔦を通して『何か』を体に取り込んでいたように思える。
もはや自分の行いが人間離れしてしまっているのは納得してしまってはいるものの、死体の血を吸うという吸血鬼じみた事をするのは流石に抵抗があった。
(とは言っても、他に手がかりも無いんだよね。……やってみるしかないか)
死体から吸血する、という行為への忌避感は拭えないが、現状を打開する為には少しでも情報が必要だ。
操は意を決して怪物の死体……いや、クロフォード医師の死体に蔦を伸ばすと、先程青い光を放っていた部分に『接続』した。
目を瞑り、意識を集中させる操の脳裏に、最初に浮かんだのはぼやけて映る何処かの景色だった。
はっきりと映っていない曖昧な映像な為場所は定かではないが、この病院の何処かだという事は分かる。
目の前には恐らくPCと思われる物があり、画面上に文字を打ち込んで行っているようだが内容までは判別出来ない。
しかし、操は直感的にこの映像はクロフォード医師が過去に目にしていた光景なのだと気付いた。
よくよく思い返してみれば、映っているPCがクロフォード医師の診察室にあったPCとよく似ている。
映像は暫く文字を打ち込み続ける場面が続いたが、突然映像が背後を振り返るような動きをした。
振り返った先には誰かが立っており、映像はそのまま部屋の奥まで後ずさる様に移動する。
部屋に侵入してきた人物は何事かを叫ぶような動作をし……その人物の手元で何かが連続して光を放った。
その直後に視界が大きく揺れ、場面が暗転する。
(これは……)
操がたった今目にしたのは、クロフォード医師が副院長のレナード・ニーマンスに射殺された場面だろう。
この後クロフォード医師の遺体は『青い花』の影響であの異形の怪物へと変貌、部屋から去った後に操が訪れたのだ。
恩師の死の場面を見せられ、胸を痛める操。
しかし、今の映像から分かった事もあった。
(やっぱり、クロフォード先生は殺される直前までPCを操作していたんだね……。私が調べた時はパスワードの入力を求められたけど、もしかして、レナードに見られないようにする為?)
操がクロフォード医師の診察室を調べた際、彼のPCは電源が点いたままだったが、ロックが掛かっていて操作する事は出来なかった。
しかし、今操が見た映像では、後ろを振り返る直前にクロフォード医師が、咄嗟にPCをロック状態にしていたように見えた。
映像が不鮮明なので細かい所までは判別出来なかったが、表示されたのは操が見たパスワード入力画面と同じ物だったように思える。
だとすれば、レナードには見られたくない何かを、あのPCに残していた可能性があると言えるだろう。
(パスワードが分かれば……あれ?)
……と、操はクロフォード医師が残した可能性のある情報について思考を巡らせていた。
すると、再び操の脳裏に映像が浮かび始める。
その映像は、クロフォード医師が撃たれた直後の物のようだった。
既にレナードは部屋を立ち去っているようで、遺体を隠そうとしたのか、簡易ベッド周りのカーテンが引かれている。
血塗れのクロフォード医師の手が映り、何とか身を捩って体勢を変える。
そして、震える手でベッド脇の壁に自分の血で文字を書き込んで行った。
(これ……って……まさか、パスワード……?)
アルファベットと数字が入り混じったその文字列は、法則性のある物でも特定の単語でもない。
そんな物がこの状況で必要になりそうな物と言えば、操はパスワードくらいしか思い付かなかった。
文字を書き終えるとクロフォード医師はその部分を傍にあった枕で隠し、一見そこに文字が書いてあるとは分からないようにする。
そしてその直後、再び力尽きたように仰向けに寝転がると、そのまま映像は動かなくなり、やがて完全に暗転して行った。
死の間際、最後の力を振り絞ってクロフォード医師が残したパスワードと思われる物。
操は恩師のこの最後の行動は、自分に向けてのメッセージではないかと考えた。
もしそうならあのPCには、操が求めていた情報が存在する可能性があるのではないだろうか?
(……どっちにしろ、無駄には出来ないよね。 先生の最後の言葉なんだから)
例え自分へ向けた物ではなかったとしても、恩師の遺言とも言える物を蔑ろにする気にはなれない。
操は閉じていた目を開け、死体への『接続』を切ると、立ち上がって周囲を見渡した。
(今の所、この部屋の搬出ゲートを開ける方法は無いし……先生の診察室に戻ってPCを調べてみよう)
操が今いるのは北棟地下2階の隠し部屋、とでもいうべき場所だ。
クロフォード医師のPCがある第2診察室は少々離れている。
しかし北棟自体はシャッターなどで封鎖されていたせいか、怪物との遭遇率はそれほど高くない。
第2診察室に戻ったとしても、それほど時間は掛からないだろう。
異形の怪物との戦闘で負ったダメージもほぼ回復している為、体調的にも問題ない。
「……あ、いけない。 忘れる所だった」
そう呟き操が拾ったのは、戦闘中に操が投げ捨てたハンドガンだった。
あの怪物には効果が薄かった為手放してはいたが、操の手持ちの武器の中では、貴重な遠距離攻撃が出来る武器だ。
そのまま放置するわけには行かなかった。
(ショットガンも含めて、使い所を良く見極めないと……。 と言っても、普通は至近距離で散弾を撃ち込まれて生きてる生物が存在しているのがおかしいと思うんだけどね…)
異形の怪物にハンドガン・ショットガン双方を撃ち込んだ際の様子を思い出し溜息を吐く操。
そんな生物にそうそう遭遇したくはないが、あり得ないとも言えない為覚悟はしておくべきだろう。
操はそんな事を考え、弱気になりかけた思考を振り払うと、来た道を戻り1階にある第2診察室に向かったのだった。
地下室を出た操は特に何事も無く第2診察室まで辿り着いた。
正確には全く何事も無かったわけではなく、何度か花人や木人の襲撃を受けてはいるのだが、操にとって
もはや数体程度の花人や木人は敵では無くなっていた。
異形の怪物との戦いを経て強化された操の能力は、戦闘面での性能が特に向上しており、既存の怪物達との戦闘でも遺憾なくその効果を発揮したのだ。
強化された『荊の鞭』は高い殺傷能力はそのままに、複数本の荊を束ねた事で、攻撃範囲が狭まった代わりにパワーが増した。
これにより、以前のように木人の蔦を鞭が切り裂けずに引っ掛かってしまうという事も無くなり、いとも容易くその体を切り裂く事が出来るようになった。
花人に至っては、鞭が掠めただけでその部位が爆発したように弾け飛び、直撃させようものなら半身が消し飛んでしまう有様だ。
そして、最も操の能力面で変化があった事と言えば、『荊の剣』を得た事だろう。
『荊の剣』は操にとって「強力な武器」というよりは「扱いやすい武器」だった。
これまでの操の近距離での攻撃手段といえば、手の平から出現させる事が出来る『棘』、腕を植物質の装甲で覆う『籠手』など、攻撃方法がワンパターンになりがちだったり、リーチが短い物しか無かった。
しかし、『荊の剣』が使えるようになった事で、操の近接攻撃のバリエーションが格段に増えたのだ。
長さが1メートル程の『荊の剣』は操にとって取り回しがしやすく、片手で振るのにも両手で振るのにも適していた。
その為、右手に剣、左手に鞭、といったスタイルで攻撃の選択肢を増やす事も出来るし、両手で剣を構え、相手の攻撃を受け流しつつ渾身の力を込めた攻撃を叩き込む事も出来る。
『籠手』による防御なども組み合わせれば、戦術の幅はさらに広がるだろう。
元々『青い花』の力の影響で操は身体能力が常人に比べて格段に高くなっている。
断片的に思い出した記憶では研究者だったという操だが、とてもそうは思えない程の超人ぶりだ。
その中でも特に顕著なのが筋力の向上だった。
この筋力の向上という点が『荊の剣』と結びついた結果、操の戦闘能力を格段に安定させる結果となった。
高い身体能力を生かして高速で間合いを詰め、剣による近距離攻撃を仕掛ける戦法は今の操と相性が良かったのだ。
長剣の部類に入る為、室内戦闘には本来適していない『荊の剣』だが、『荊の鞭』が操の意思で自在に動かせるように、『荊の剣』も特殊な機能とでも言うべき物が備わっている。
『荊の剣』は剣身が無数の荊に覆われた蔦で出来ているのだが、この剣身が相手に当たる直前、ほんの僅かに「しなる」のだ。
これにより、『荊の剣』で切り付けた相手への斬撃力が高まり、殺傷能力を向上させていた。
実際、操が『荊の剣』で異形の怪物に斬りつけた際、巨大なノコギリで引き裂かれたかのような傷と共に腕を斬り飛ばしている。
このように、威力の高さと取り回しの良さをバランス良く兼ね備えた『荊の剣』は、操にとって天啓を得たとも言えるほどに戦い方に変化を齎したのだった。
(中には……何もいないよね)
念の為、銃を構えつつ診察室に入る操。
幸い室内は先程操が訪れた時と変わった様子は無い。
怪物が中にいない事を確認した操は、部屋の奥にある簡易ベッドに向かう。
地下室で見た映像では、壁に書いてある文字列がはっきりとは見えなかった為、一応確認する必要がある為だ。
乾いた血に汚れた簡易ベッドの、今にして思えば壁に不自然に押し付けられたような状態の枕を退ける。
するとそこには、映像で見た通りの血で書いた文字列が確かに存在していた。
(……これね。 PCに入力して起動できるか試してみよう)
何度か読み返して内容を記憶した操は、スリープ状態になっていたPCを再び立ち上げる。
そして、先程見た時と同じようにパスワード入力を求められると、壁に記されていた文字列を入力してエンターキーを押した。
すると、あっさりロックは解除され、クロフォード医師が死の直前まで開いていたであろう画面が表示された。
(これは……メール?)
画面に表示されたのは書きかけと思われる電子メールだった。
宛先は覚えのないアドレスになっているが……。
(……『桜木君へ』……やっぱり、私へのメッセージだ)
書きかけの状態で放置されていたメールは、やはり操宛のものだったようだ。
レナードに襲撃されたせいか途中で文章が途切れている。
その内容は以下のような物だった。
『桜木君へ
このメールを君が見る事が出来る状況にあるかどうかは分からない。
しかし一縷の望みをかけて君へメッセージを送る。
街が奇怪な植物に埋め尽くされ、怪物が徘徊するようになって丸一日が過ぎた。
私もどうにか生き延び院内に立て籠もってはいるが、いつまで無事でいられるかは分からない状況だ。
最悪な事に、院内で生き残っているのは私以外だと院長親子とフィッチャーのみである可能性が高い。
そう。先日話した、例の連中だ。
何らかの違法行為を行っている可能性が高いのは以前から承知していたが、まさか、あんな事を長年行っていたとは。
この病院に勤める身として後悔もあるが、今はそれは後回しだ。
奴らの違法行為について、どうしても君に伝えないといけない事がある。
2日前、夜間にこの病院に侵入しようとしていた者がいたらしいのだ。
私が話を聞いたのは昨日、街に異変が起きる直前だったのでしっかりと確認は取れていないが、どうやらカーティス君だったらしい。
目撃した者によると、地下室に侵入しようとして警備システムに掛かり、警備の者に何処かへ連れていかれたというのだ。
彼が何故そんな事をしたのかは分からない。
しかし、彼を連れて行った警備の者が院長の息がかかった者だったのは確認した。
カーティス君が何処へ連れていかれたのかは不明だが、彼が危険な状況にあるのは間違いない。
当然君なら彼を助けたいと思う、だが敢えて言うが、彼の行方を追ってはいけない。
彼が警備システムを作動させた影響か、一旦地下の仕掛けが解除されていた為、私は院長達の違法行為の証拠を掴むべく地下室の隠し部屋へ侵入したのだ。
以前からこの病院の何処かに地下2階がある事は知っていた為、入り口を見つけるのは容易だった。
しかし、そこにあった『証拠』はあまりにも悍ましい物だった。
奴らは人間の死体をある企業に売り捌いていのだ。
そしてその企業と言うのが、この街に研究施設を構える『サイディス・カンパニー』だ。
君が先日言っていた、接触して来た者達というのは彼らの事ではないか?
もしそうなら、カーティス君は間違いなく奴らの元に……街にある研究施設に監禁されている筈だ。
恐らく彼を人質に、君を脅迫するつもりなのだろう。
この病院で行われていた裏取引の件といい、カーティス君を拉致した事といい、奴らはあまりに危険だ。
彼の命を盾に君との取引を持ち掛けて来るとしても、連中が約束を守るとは到底思えない。
君だけでも早く何処かに身を隠した方が良い。
街がこんな状況になったのは寧ろチャンスだ。
すぐに街から 』
メールの文章はここで終わっており、送信されずに残っていた。
(サイディス・カンパニー………何だろう、何か嫌な感じがする。)
恐らく、『葬儀屋』の正体がサイディス・カンパニーなのだろう。
名前自体は初めて耳にする筈だが、どこかで聞いた覚えがある上何故か強い拒否感を覚える。
しかし、操にとって最も心を乱されるのはそれではなかった。
(カーティス……私はこの名前を知ってる……)
メールに記された『カーティス』の名前に胸が強くざわめいた。
こちらも初めて聞く名前だ。
しかし、メールの文面から察するにクロフォード医師と、そして操とも面識のある人物であるらしい。
操は靄がかかった記憶の扉を何とか開くべく、何度もその名前を反芻する。
すると、突如一つの名前が浮かんだ。
(カーティス……カーティス………アレン・カーティス?)
操が思い出したその名前は、操が持っていたロケットペンダントに刻まれた名前と同じだった。
そして恐らく、『アレン』とはペンダントの写真に写っていた、あの銀髪の青年の名前と思われる。
「アレン……そう、アレンだ。 写真に写っていた彼が、この病院に……?」
操の唯一の所持品に姿があった青年が、よりにもよってこの聖メアリー記念病院に侵入しようとして捕まり、件のサイディス・カンパニーに囚われた。
しかもその理由が、彼を人質に取り、操に何らかの取引を持ち掛ける為だとクロフォードは推測している。
更にはそれ以前にも、サイディスの関係者から接触を受けていた可能性があるというのだ。
操は自分が一体どのような立場で、何をしていたのか一層不安になった。
今まで得た情報から、『青い花』の研究をしていたのではないかというのは何となくわかるのだが……。
(……それに、彼……アレンは何故この病院の裏取引を調べようと? サイディスはどうして私を脅す必要が?)
自分とアレン、そしてサイディスの関係性を考えるが、それ以上思い出す事は出来なかった。
(……駄目。他は思い出せない……。アレンはサイディスの研究施設って所に連れて行かれたんだよね? それなら、そこに行ってみれば何か……ッ!?)
操がそこまで考えた時、突如猛烈な頭痛が操を襲った。
「がっ……!? う、あ……!!」
頭を抱えるようにして、苦悶の声を上げ蹲る操。
その脳裏には見覚えのない重厚な建物がフラッシュバックして浮かんでいた。
そして、その建物の内部で何者かと話す自分の姿。
更に苦し気な表情の青年……アレンの顔も朧げに見える。
しかし次の瞬間、突然銃声が響き周囲の景色が一瞬で消えてしまうが………最後に声が響いた。
『『DD-4032』を……『あの子』を……どうか……』
「ッ!?」
突然頭の痛みから解放され、操は荒く呼吸を繰り返していた。
何が起こったのかは分からないが、ライナのアパートで見たのと同様の夢のようだった。
『DD-4032』を探すように求めるかのような声が聞こえるのも同じだ。
しかし前回とは場面が違い、周囲の光景はほとんど見えなかったが、どこかの工場か何かのような場所だった。
そこで操は誰かと会話しており、すぐ側にアレンもいたが……。
(最後に……撃たれた? 相手はもしかして、サイディスの……?)
靄がかったような曖昧な映像からは、はっきりとした事は分からないが、操が考えた通りに会話をしていた相手がサイディスの関係者であれば、会話の途中に操が撃たれた可能性も否定出来ない。
(ともかく、サイディス・カンパニーは私にとって敵って事は間違いないみたいね…。この状況でまだ活動してるかは分からないけど、警戒するに越した事はないかな…)
頭痛の止んだ頭を軽く振ってそう結論付ける操。
だが、考えれば考える程頭が混乱しそうになる。
特に先程からアレンの顔が頭から離れない。
(どうしてこんなに気になるんだろう……。 彼の事を考える程に胸が締め付けられるように苦しい……)
先程見た光景の中にあったアレンの表情が忘れられない。
更に、胸が苦しい……というよりも強烈な胸騒ぎを感じている。
一体彼との間に何があったのか?
そもそも、自分とアレンはどのような関係だったのだろうか?
ペンダントの写真では仲睦まじく映っていた事から、普通に考えれば……。
(恋人……だったのかな。 だからこんなに胸がざわつくの?)
現状、アレンは行方不明だ。
街の状況を考えれば、無事である可能性は低いと思われる。
それ故に心穏やかに居られないのかもしれない。
操にはそれがどういった感情から来るものなのかは分からなかった。
記憶を失ったが故なのか、それとも別の理由なのか。
戸惑いを隠せず考え込む操だが、どれだけ考えても答えは出なかった。
……と、その時。
突如、地面を揺るがす程の爆発音が轟き、建物全体が大きく揺れた。
「!? な、何!?」
操の周囲にある棚から物が落下し、窓際に飾ってあった花瓶が床に落ちて砕け散る。
突然の轟音に動揺した操だったが、幸いにも揺れはすぐに収まった。
「い、一体何が……?」
しかし、安堵し、状況を把握しようとしたのも束の間――――
病院全体で、けたたましくサイレンが鳴り響き出した。




