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24 人にして人に非ず


「せりゃぁ!!」


「ごげぎ!?」


気合と共に操が振るった『荊の鞭』が、空気を切り裂く音を立てながら怪物に襲い掛かる。


単純に振るわれただけではなく、操が「自分でも動かして」制御した鞭の一撃は、これまでより鋭さを増して怪物の体を引き裂いた。


「あげがぁぁぁあああああ!!!!」


ダメージを受けた事に激高したのか、怪物が叫び声を上げながら左腕の触手を勢いよく振るう。


そのまま行けば、操の振るっている『荊の鞭』と絡み合う軌道だ。


いかに『青い花』の力が合わさり操の筋力が強化されているとはいえ、怪物と正面から力比べをしようものなら一溜りもない。


恐らく怪物もそれを理解しているからこそ、強引に触手を振り抜こうとしているのだろう。



自分の思惑通りに事が運ぶのを確信したのか、怪物が口の端を吊り上げて笑うようなしぐさを見せる。



だが。



触手が鞭に触れる直前、突然鞭が不自然な軌道を取って振り抜かれた触手を「躱した」。


「ぐげっ!?」


驚愕の声を怪物が上げる。


そして、鞭は触手を躱した後、まるで獲物に飛び掛かる蛇のような動きで再び怪物に襲い掛かった。


「ぎげぎやあぁぁあああああああああ!!!???」


猛烈な勢いで『荊の鞭』による連続攻撃が繰り出され、怪物の体が鞭に生えた棘によりガリガリと削り取られて行く。


鞭の一撃で怪物が傷を負う度に、赤黒い血があちこちに飛び散り周囲は血塗れになり、地獄のような有様となっていた。



「ぎげが!!」


「……!!」


操が鞭による攻撃で更なる追撃を加えようとしたところで、怪物が再び上体を倒した姿勢で操から距離を取った。


先程と同じように、補足するのが困難な程の速度で室内を駆け回り、操を攪乱する。


そしてしばらくすると、やはり先程同様に怪物は壁を駆け上がり、配管の上に姿を隠した。


再び天井から不意打ちを仕掛けるつもりなのだろう。


配管の上を怪物が移動する音が操の耳に届いて来る。


しかし、やがて移動音は聞こえなくなり、室内に束の間静寂が訪れる。


「………………」


操は無言で重心を低くして構え、五感を研ぎ澄ませる。


怪物の移動する音はやはり聞こえない。


しかし、「今の」操には焦りは無かった。



ひゅんっ、という音と共に怪物の攻撃が操へ()()()()()襲い掛かった。


怪物が伸縮できるのは左腕だけではなく、右腕の槍もある程度リーチを伸ばす事が出来たのだ。


しかも、触手は操から見てやや右前方、槍はやや左後方から迫っている。


視界に映る攻撃の陰で、死角からの一撃を不意打ちで放つという2段構えの攻撃だ。


配管の上に身を隠しながら攻撃を行った怪物は、今度こそ勝利を確信する。



……しかし。



「……ッ!!」


「!?」


触手と槍が天井から伸ばされた瞬間、既に操は動いていた。


僅かに身を捻り、体を半身にすると、目の前に迫って来ていた触手と槍の先端を掴み取った。


掴まれた瞬間に異常を感じ取った怪物が、慌てて両腕を引き戻そうとする。 だが。



みしり



そんな音が聞こえる程に、操の指が触手と槍に食い込んだ。


そして、続けざまに操が裂帛の気合と共に、掴み取った怪物の両腕を、自分の前でクロスさせるような形で引き絞った。


「で……りゃぁああっ!!!」


「ぎびゃああああああっ!!??」


更にそのまま、体を丸める様に前に屈んで怪物の両腕を床に向けて引っ張った。


その結果、怪物は自分の乗っていた配管に下から引っ張られて押さえつけられ…………その負荷に耐え切れなくなった配管が限界を迎えた。



「ぎぃえあああっ!!?」


自分が乗っていた配管ごと地面に落下した怪物は、そのまま床に叩き付けられ悲鳴を上げた。


しかし、それによるダメージはそれ程でもないようで、若干ふらつきながらもすぐに立ち上がろうとする。


「……もう逃げられないよ」


しかし、目と鼻の先に自分を地面に叩き落とした操がいて、自分を見下ろしている事に気が付いた。


「げえあああ……」


憎々し気に唸り声を上げる怪物。


そんな怪物を睨み付けながら、操は左腕の『荊の鞭』を腕に巻き取って回収しつつ、右手の『棘』を構えた。


「生き延びるのはどっちか…………勝負よ」




「ケアアアアアアアアアッッッ!!!!」


甲高い奇声を上げて、怪物が右手の槍を繰り出した。


操はそれを冷静に左腕の『籠手』で外側へ押し出すように受け流す。


更にそのままカウンターで右手の『棘』を怪物の顔面に向けて突き出した。


「あぎげげ!!??」


怪物はその攻撃を顔を傾けて躱した後、足を動かして距離を取ろうとする。


「……!」


だがその瞬間、操も床を蹴って怪物との間合いを詰めた。


「げけっ!?」


離れたと思った操が、再び目の前に現れた事に怪物が驚愕したような声を上げた。


それを無視して操は更に攻撃を畳み掛ける。


(思った通り、接近戦はあまり得意じゃないみたいね……)


操はこれまでの戦闘から怪物の能力について分析していた。


この異形の怪物の主な攻撃手段は、右手の槍状の突起と左腕の鞭状の触手、そして巨大な口による噛み付きだ。


この内最大の攻撃力を持つのが槍状の突起による刺突だが、槍という形状である為、近距離では取り回しが悪い。


そして左腕の触手鞭は伸縮自在であり極めてリーチが長く、右手の槍程の威力は無いが刺突攻撃を繰り出す事も出来る。


しかし、こちらも広範囲・長リーチの代償か、近距離の対応能力が低い。


噛み付き攻撃は近距離攻撃だが、弱点とも言える口腔内部をさらけ出してしまう為、主な攻撃手段としては向いていない。


その為操はあえて怪物に密着するように距離を詰めて、接近戦を挑んだのだ。


そして狙い通り、怪物は至近距離から攻撃を繰り出して来る操を相手に、かなり戦い難そうにしている。


とはいえ、怪物の腕力で、例えば槍を叩き付けられたりすれば大ダメージを受けてしまう事には変わりない。


更に言うなら、怪物よりも小回りが利くとしても、接近戦の決め手に乏しいのは操も同じだ。


しかし、それでも操は怪物に対して有利に立ち回り、着実に怪物へダメージを蓄積させつつあった。



先程、怪物の攻撃を受け流し、操から距離を取ろうとした怪物の動きに合わせて間合いを詰める、といった動きが出来たのも、操にある感覚が芽生えたからだった。


それは人間が持つ五感とは全く異なる感覚だった。


操自身や怪物などの『青い花』由来の生物の体を巡る力を青い光のように視認し、また()()()()()が出来るのだ。


体に青く輝く花が咲いた直後から、操にはこの感覚を感じる事が出来ている。


その為、怪物の動きが手に取るように分かったのだ。


今も、怪物が右腕の槍で操を攻撃しようと「腕に力を込めた」のが操の目に青い光が右腕に集まるという形で映った。


操はその光の動きに合わせて体を動かして攻撃を回避し、カウンターを繰り出して怪物にダメージを与えた。


この未知の感覚は、怪物自体の居場所や行動だけでなく、怪物が行おうとしている攻撃の動きすら操に教えてくれる。


怪物の行った天井からの不意打ちを察知し、それが二段構えの罠であると操が見抜けた理由がこれだった。


この感覚に従い相手の攻撃を感じ取り受け流し、相手の意識が向いていない箇所に攻撃を加える。


こうする事によって操は、怪物と互角以上の接近戦を演じる事が出来ていた。



「がげあ!!」


と、自分の攻撃が悉く躱される事に苛立ったのか、怪物が右手の槍を横薙ぎに振るった。


当たればタダでは済まない威力の一撃は、ブオンッ、と重い風切り音と共に操に襲い掛かる。


しかし、操はその攻撃を受け流す事はせず、身を屈めて潜り抜けると、隙を晒した怪物にカウンターで『棘』を突き出した。


大振りの攻撃を放った怪物にはそれを躱す余裕は無く、『棘』は前のめりになっていた怪物の目に突き刺さった。


「ぎぃぃぃぃやあああああああああ!!!???」


悲鳴を上げて怪物が仰け反る。


そして、それを操が見逃すわけもない。


「……ッせりゃあっ!!」


「ぎぺっ!!??」


大きな隙を晒した怪物に、操は右足で回し蹴りを叩き込んだ。


無論、ただの蹴りではない。


操が怪物に振るった右足には、『籠手』と同じように植物質の装甲が纏われていた。


膝の少し上辺りから伸びた植物質の細胞が、操の膝から下を衣服や靴ごと覆っているのだ。


しかし『籠手』と同じく、西洋鎧の『足甲』のように見えるそれは、単純に操の体を保護しているだけの物ではないらしい。


足が『足甲』に覆われた状態での操の全力の蹴りは、異常なまでの耐久力を持つ怪物の体内を滅茶苦茶に破壊していた。


「ごえおげぇっ!? げべべばばぁっ!!??」


人間で言えば脇腹に当たる場所に強烈な破壊力の蹴りを受けた怪物は、奇怪な悲鳴を上げながら口から大量の血を撒き散らして転げ回った。


しかし、先程から操はこの怪物が思った以上に防御面の能力に優れている事に薄々気が付いていた。


(『棘』で傷は付けられるけど反射神経が良い事もあって浅手にされる。 打撃は効いてるみたいだけど、多分…………)


「げががが……ごげっ……ぐぎげげげげ……」


操が怪物の能力を分析していると、その巨体を床で転げ回らせていた怪物がのそのそと起き上がって来た。


時折体を痙攣させるような動きをしており、その度にバキッ、ベキッと何かが派手に軋むような音が鳴っている。


良く見てみると、今まで操が付けて来た傷が殆ど消えているのが分かった。


「ぎぎぎぎぎげげげ……」


そして、起き上がった怪物は体を怒りに振るわせ、操の方へ向き直ると、再び操に襲い掛かろうと身構えたのだ。


まるで受けたダメージなど無いと言わんばかりに殺意を漲らせている。


先程操に潰された片目を見ると、目はつぶれたままだが、既に傷口が塞がりつつあり、こちらも大したダメージになっていないらしい。


(……やっぱり。 私とあまり変わらないくらいの再生能力があるんだね……。)


正直な所予想はしていた。


ライナから聞いた話の通りなら花人や木人も、『青い花』の影響で死体から変異する過程で損傷個所が修復されるという。


つまり、青い花によって生まれた怪物達は、多かれ少なかれ再生能力を持っていると言えるのだ。


ならば、目の前の怪物のような、明らかに異質な存在であれば、同じく異質な存在である操と同等の再生能力を備えていても不思議ではない。


怪物との戦闘が始まった直後、ショットガンの散弾を数発、近距離で撃ち込んでいるにも拘らず、然したるダメージを受けていないように見えた時点で考えていた事ではある。


しかしそうなると、現状操が持ち得る攻撃手段では効率的にダメージを与えるのは難しいという事でもあった。


操がそうであるように、怪物も全くダメージの蓄積が無いという訳ではないだろうが、異常なまでの耐久力を有している怪物を倒し切るには相当な持久戦となってしまうだろう。



操がそのように怪物を倒す為の対策を考えていると、怪物に動きがあった。


「ぐげげげ……」


「……!?」


怪物が僅かに身を捩ったと思いきや、怪物の触手が短く縮んで行き、やがて人間の手に近い形状で形が固定されたのだ。


通常の人間の物に比べると大型だが、指らしき物もある。


しかし、その指先は人間の物とは思えないような鋭さを備えた物だ。


どう少なく見積もっても、野生の熊の爪程はある。


「げっげっげっ」


(……近距離攻撃に対応したのね)


新たに出来た怪物の左手の爪は、右手の槍に比べれば威力やリーチは大したことは無いだろう。


しかし、その分今迄怪物に足りなかった小回りの利く攻撃手段である為、全体的な対応能力が増す事になる。


操にとっては厄介な話だった。


「けぇっ!!!」


「ッ!!」


操の心情を見抜いた、と言う訳ではないだろうが、怪物が攻撃を仕掛けて来た。


形状を変化させた左手による攻撃はやはり汎用性が高く、右手の槍の攻撃と組み合わせて連続攻撃を仕掛けて来る。


「じやああああああああ!!!!!!」


「ぐっ……!」


操にはその動きが事前に感知出来る為、躱すか受け流すかをする事は出来る。


しかし、左手の爪による攻撃が加わった事により、操から怪物に対しての攻撃の難易度がかなり高まった。


怪物は単純な攻撃だけでなく、牽制として左手で攻撃し、その際に生じた隙を右手の槍で突く、という戦法を既に確立してしまっている。


単純な戦法ではあるが、この怪物の身体能力で行われると、『青い花』の覚醒状態と言える状態にある操にとっても脅威だった。


そして、操を更に焦らせる要素もその覚醒状態だった。


以前にも操は、自分の体から青く輝いく『青い花』が生じた事がある。


ホテルの倉庫で花人と初めて遭遇した際に、今と同じ状況になったのだ。


あの時も『青い花』が光を放ち、腕から生えて来た花の蔦を用いて花人を倒して窮地を脱した。


だがその後、花は光を失い、腕に生えて来た蔦と共に、操の腕に溶け込むように消えてしまっている。


後になって再び蔦を生やした際には花は咲かず、今回操が窮地に陥った際にようやくまた開花した形だ。


つまりは、今の操の『強化状態』は時間制限付きである可能性が高いのだ。


現状、操と怪物はお互いに攻めきれていないが、操の強化状態が切れてしまった場合、確実に操が押される事になるだろう。


そうなる前に決着を付けなければいけないが、未だに操は怪物を攻め切れていない。


このまま持久戦を続けていては、いずれジリ貧になってしまうのは目に見えていた。


(状況を打開するには私も「別の手段」が必要…………。 でも…………どんな?)


攻勢に出た怪物の猛攻を往なしながら、操は状況の打開の為に思考を巡らせる。


だが、そうしている間にも、徐々に操の体にも傷が増えて行っている。


危惧した通り、『青い花』の覚醒状態が終わりつつあるのか、掠り傷ではあるが確実に操のダメージが増えていた。


(この怪物に勝つには、私の持てる力の全てを注ぎ込まないといけない。 その為には人間である事に拘っている場合じゃ……)


「人間ではない自分」を完全に受け入れて、防御を捨てた、文字通り捨て身の攻撃を行うべきか、とまで操は考える。


すると、途端に怪物の攻撃を往なし続ける両手が軋んだ。


そこで操は無謀な突撃を行おうとしている自分にはたと気付き、何とか踏み止まる。


そして同時に、自分が求める「答え」にも気が付いた。


(…………違う。 人間である事に拘る事をやめるって事は、人間である事を捨てるって事じゃない。 …………人間である私も、人間ではない私も、どちらも私なんだ)


人である事に拘らず、自分の中にある『青い花』の力を十全に使いこなして怪物を倒すと操は決意した。


しかし、だからと言って「人間」である自分を捨て去る必要はないのだ。


自分の持てる力の全てを用いるという事は、人間ではない操の力と人間である操の力、どちらも用いるという事なのだから。



「…………」


「げえああ?」


今迄果敢に攻め掛かって来た操が、突然身を引いて距離を取った事に、怪物は怪訝な声を上げた。


しかし操は、そんな怪物を一顧だにせず、奇妙な行動に出た。


まず、『棘』を生やした右手を体の前に持って来て、手の甲に左手を添える。


そしてそのまま、『棘』を床に突き立て、目を瞑ったのだ。



そんな、明らかに隙だらけな操の姿を目にして、怪物は多少警戒はしていたものの、これを好機と見て攻勢に出る。


「じやああああああああ!!!!!」


左手の爪を突き出し、操を貫かんと突進して行く怪物。


操は目を瞑ったまま動かない。



しかしこの時、操には周囲の時間が止まっているような感覚の中にいた。


目を開けずとも怪物の動きは、『青い花』の存在を感じ取っている操には手に取るように理解出来た。


そして、そんな未知の感覚も含めて、周囲の全ての動きが止まって感じられるのだ。


止まった時間の中で、操の思考だけが通常通り行われているこの状況は、やはり以前ホテルで花が開花した時に同様の現象が起きている。


あの時は周囲の映像がゆっくり進む、スロー映像のように操の目には映っていた。


だが、今回はスローどころではなく、完全に周囲の時間が止まっている。


それは操の思考速度が超加速された為に起きた現象なのか、それとも別の理由なのかは分からない。


しかし少なくとも操は、そんな状況でも床に突き立てた『棘』に意識を集中していた。


自らの手の平から床へと伸びた鋭い棘。


鋭く尖っている以外はただの棒とも言えるその棘に、操は自らの「力」を注ぎ込むよう強くイメージする。


自分の人外の「力」で、怪物と戦う為の人間の「武器」を。



次の瞬間、操の手の平から『棘』を包み込むように、極めて微細な植物質の細胞が、蔦が巻き付くかの如く、急速に伸び始めた。


事実その細胞は非常に細かい蔦、或いは蔓のようで、床に突き立った『棘』の先端まで達すると完全に『棘』を覆い尽くしてしまう。


やがて、蠢く蔦の塊となったその物体は、徐々に一つの形を形成し出した。


操の手の平から伸びたそれは1メートル程の長さとなり、操の右手の位置より20センチ下辺りから涙滴型の葉が生えて左右に広がり、「鍔」のような形で固定される。


そして、葉が生えた場所を境として、先端に向かって伸びていた蔦が互いに絡み合い、「剣身」を形成して行った。


『棘』を支柱として形作られたそれは『剣』だった。


『棘』の周辺に何本もの蔦や蔓が絡み付き、時には融合すらして形成されたその剣は、元になった『棘』をやや幅広にした程度の細身のシルエットをしており、一見すると巨大な針の様にも見える。


しかし、その蔦の表面には『荊の鞭』と似た、しかし少々太く短い無数の棘がびっしりと生えていた。


先端に行くにつれて細くなって行く剣身も相まって、何処か優美さを感じさせつつも冷酷な雰囲気を纏っている。


そして、操の『青い花』の蔦の色である青緑色ではなく、花の色と同じ美しい青色に染まったその剣の姿は神秘的ですらあった。


そうして生み出された剣は、操の手から完全に切り離されて床に突き立った状態となる。



「じやああああああああああああああああ!!!!!!!!」


次の瞬間、操が認識していた時間が止まった世界が動き出す。


怪物が叫び声を上げながら猛烈な勢いで、左手の爪を操に向けて突き出した。


操は瞑っていた目を開くと、剣の柄頭部分に添えられる形になっていた右手で剣の柄を掴み…………一気に振り抜いた。




ヒュン、と軽やかな風を切る音が鳴り響く。




剣を振り抜いた体勢で動きを止める操。


左手を突き出した格好で固まる怪物。





一瞬の静寂の後、怪物が自分の左腕が半ばから無くなっている事にようやく気が付いた。


少し離れた場所に怪物の腕が、ボトリと落ちる。


「!!!!!????」


青い残光と共に振り抜かれた剣は、操に迫っていた怪物の左腕を呆気なく斬り飛ばしてしまっていた。


しかしその切断面は鋭利な刃物で切った物ではなく、ズタズタに引き裂かれたような状態だ。


攻撃を繰り出したにも拘らず、逆に自身の腕を失った怪物は、その痛みと混乱から絶叫の声を上げる。


「き゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!????」


そして怪物が絶叫を上げると同時に、思い出したように切断された傷口から赤黒い血が噴水のように噴き出した。



のたうち回る怪物を尻目に、操は手にした青い剣を見つめていた。


何度か片手で剣を振って感触を確かめる。


花と同じく青い光を発する剣は、操の手に不思議な程良く馴染んでいた。


当然の事ではあるが、操は剣の扱い方など知る由もない。


にも拘らず今の操の脳裏には、剣使った戦い方がはっきりと浮かんでいた。


剣を持った状態で体を少し動かせば、剣を持った自分の動きが最適化されて行くのが理解出来た。



「う゛え゛え゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!!!」


怪物が怒りを滲ませた唸り声を上げながら操を睨み付ける。


腕を斬り飛ばされた事で隻腕となった怪物だが、憎しみに満ちた様子で健在な右手の槍を振り上げ威嚇していた。


「…………これで五分って事で良い?」


そう呟くと操は両手で剣を構える。


操が生み出した剣…………『荊の剣』とでもいうべき剣は、片手でも両手でも扱えるサイズの長剣だった。


全長としては1メートル程であり、いくら細身と言ってもそれなりの重さがあるように見える。


しかし、今の操は殆ど重さを感じなかった。


それは単純に操の筋力が強化されているから、というよりも、操の体から完全に分離して尚、体の一部として、何らかの繋がりがある為だと操は感じていた。


自分の体の一部の重さを重いと感じる者は居ない。


それと同じように、操は『荊の剣』を手で持ち、構えながら剣と自分の体が一体化しているような感覚を覚えていた。



(体に感じる『青い花』の力が、『荊の剣』の切先まで流れているのが分かる。 …………まるで自分の手足みたい)


剣の柄を握り、怪物と相対しながら体を巡る青い花の力を操は感じ取っていた。


同時に、目の前で怒りの咆哮を上げ、今まさに操へ襲い掛かろうとしている怪物の動きも怪物の中に巡る光が先んじて操に教えてくれた。


「け゛え゛あ゛っ!!!」


怪物が残った右腕の槍を突き出しながら突進して来る。


その巨体から繰り出される突進攻撃は、まともに受ければ操でも一溜りもない威力を持っていた。


しかし、今の操には特段脅威には感じられなかった。



「……はぁっ!!」


「ぎげっ!?」


操は怪物の突進を躱しざまに『荊の剣』で怪物の脇腹に下段から斬りつけた。


斬られたというよりは引き裂かれたような乱雑な傷口からは、怪物の赤黒い血が大量に噴き出している。


互いにすれ違う形になった操と怪物だが、操の方が一瞬早く反転して剣を振り上げる。


「だぁっ!!」


そして、操の方へ振り向こうとしていた怪物へ、上段から振り下ろした。


「え゛き゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!!????」


操が放った『荊の剣』による上段からの斬り下ろしは、怪物が振るおうとしていた右腕を一刀両断にした。



絶叫し仰け反る怪物。



……しかし、操には見えている。



「ぐげえええええええええええええっっっ!!!!!!!」



斬られた痛みに仰け反る「フリ」をして操の不意を突こうとした怪物が、残る最後の武器である大口を開く。


4枚の花弁のように開かれた口腔内には、牙のよう変化した突起が無数に並んでおり、怪物はその牙を以て操に食らい付こうとした。


しかし、その攻撃を青い光の動きから察知していた操は、怪物の腕を斬った後そのまま『荊の剣』を脇に構えると、体重を乗せた刺突を放った。


操に喰いつこうと口を大きく開いていた怪物の口内に『荊の剣』の青い刃が高速で突き込まれる。


そして、青い刃は呆気なく怪物の頭部を貫いた。



「え゛け゛っ゛……お゛……こ゛か゛……」


『荊の剣』に貫かれ、体を痙攣させるように震わせる怪物。


しかし、操の目にはまだ怪物が死んでいないという事が青い光となって映し出されていた。


ここまで来ると呆れるしかない生命力だ。


操が切り飛ばした両腕も、新しい腕が生えて来ているわけではないが、傷口が塞がりつつある。


操がそうだったように、串刺しにした程度では死なないようだ。


「…………」


操はおもむろに怪物の口内に突き刺した『荊の剣』を捻りながら怪物から引き抜いた。


途端に怪物の口内から血が噴き出し、怪物がよろよろと後ずさる。


「おげ、ごげ、げご……」


血を撒き散らしながら、よたよた後ろにゆっくり後ずさって行く怪物。


操はそんな怪物に、近づいて呟くように語りかけた。



「……もう良いでしょ?」


冷めた表情でそう言った操は『荊の剣』を両手で上段に構える。


「小細工しても、もう意味は無いよ」


後ろに下がって行っていた怪物が突然歩みを止める。


そして憎しみに満ちた目で操を睨み付けた。


だがその眼には、憎しみ以上に恐怖の色が浮かんでいるように操には感じられた。



「ぎ……げ……。」


「…………これで終わり」


操が表情を変えずにそう言い……。


怪物の恐怖心が限界を超えた。



「ぎえええええああああああああああ!!!!!!」



恐怖に駆られた怪物は、今まで見せていた狡猾さなど一切感じられない特攻攻撃を仕掛けて来た。


先程と同じように大きく口を開き、操を食い殺さんと飛び掛かって来たのだ。


違いを探すとすれば、口内に並んだ突起物の長さが先程よりも伸びており、突進攻撃の威力が多少底上げされているくらいだろうか。


しかし、そんな怪物の行動を見ても操は動じず、上段に構えた『荊の剣』に意識を強く向けた。


体に流れる『青い花』の力……操の目には青い光として映っている力を『荊の剣』に集中させて行く。


やがて『荊の剣』の青い剣身は操の目を通さずとも実際に青く輝き出し、操の体から生じた『青い花』のような光を放ち始めた。


再び周囲の映像がゆっくりと流れて行く中で、操は冷静に青い光を纏った『荊の剣』の柄を握り締め、怪物を見据えた。




「……さようなら、クロフォード先生」



そして、変わり果ててしまった、恩師だった人物の名前を呼ぶと――



渾身の力を込め、『荊の剣』を振り下ろした。




青い光を纏った『荊の剣』により放たれた斬撃は、怪物の頭頂部から足元まで殆ど抵抗なく一気に走り抜けた。


「…………!!?……!………………………………」


もはや声すら上げられない怪物は、驚愕に染まった表情のまま真っ二つに割れた。


大量の血を周囲に撒き散らしながら左右に分かれて倒れた怪物だった物は、暫く痙攣した後動かなくなった。


そしてそのすぐ後、体を覆っていた蔦や植物質の瘤が、葉が枯れ落ちるかのように萎びて行く。


更に、蔦に取り込まれたような状態になっていた死体の人体パーツも、溶ける様に崩れ落ちて行った。



それを見つめながら操は深呼吸を何度かした後、大きく、そして深く息を吐いた。


気が付くと体に咲いていた花は光が収まり、既に花びらが散ってしまっていた。


花が散っている事を認識した途端、ドッと疲労感が押し寄せる。


操はふらつく足元に何とか活を入れ、室内の壁際……死体や手術台の残骸等が無い場所


まで辿り着くと、壁に背中を預けてズルズルと崩れ落ち、座り込んでしまった。


「何とか…………生き延びられた…………かな…………」


誰ともなしにそう呟く。


体を支える杖代わりにしていた『荊の剣』が途端に支えを無くしたように崩れ落ちた。


そちらに目を向けると、元の蔦の状態に戻り操の手の中に溶ける様に吸収されて行くのが見えた。


両手を覆っていた『籠手』や、足を覆っていた『足甲』もいつの間にか消えて元の手足の状態に戻っている。


「早く…………戻って…………ライナに…………無事だって…………知らせ、ないと…………」


そのような事を呟き続ける操だったが、自分の意思とは無関係に瞼が閉じられて行く。


「心配…………してる…………か…………も…………」


自身の無事を、恐らく心配をかけてしまっているであろう彼に早く伝えなければ。


そう必死に考えつつも、怪物との死闘により体に蓄積した疲労には抗えず―――



やがて操は、意識を手放した。


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