23 花園の死闘
「……ッ!?」
操に襲い掛かった怪物は槍状の右手を突き出すようにしながら飛び掛かった。
紙一重でその攻撃を躱した操は、再度横に飛び、着地と同時に素早くショットガンの銃口を怪物に向けた。
「ごげあ!!!」
「がっ!?」
しかし、振り向き様に振るわれた横薙ぎの触手が、銃撃しようとしていた操の体を打ち据える。
体をくの字に折り曲げる様な体勢で吹き飛ばされた操は、そのまま周囲に散在していた手術台を巻き込みながら壁に叩き付けられた。
凄まじい衝撃と激痛が全身に走り、一瞬呼吸が出来なくなる。
目の前に火花が散り、操の意思とは無関係に体がくずおれ、どうにか片膝を突くが、急激な嘔吐感に苛まれ胃液をぶちまけた。
「う゛お゛ぇええ…………」
痛い。
苦しい。
ホテルで怪物に腕の一部を食い千切られた時以上の苦痛が操を襲う。
痛みの感覚から、恐らく肋骨が折れている。
傷は再生するが骨折の場合はどうなるのだろうか?
切実な問題ではあるが、現実逃避とも言えるそんな思考を追い払い、操は何とか立ち上がろうとした。
胃の中身を吐き戻しながら、意識が飛びそうになるのを必死に耐え、霞む目の焦点をどうにか合わせる。
すると、操を吹き飛ばした異形の怪物がすぐ目の前で右手の槍をまさに今操へ繰り出そうとしているのが見えた。
「ぐっ!?」
操が体を捻るのとほぼ同時に、怪物の放った槍が操の腕を掠めて床に突き刺さる。
その威力は床タイルを粉砕し、大きな亀裂を生み出すほどだ。
転がるように怪物の攻撃を回避した操がどうにか上体を起こすと、怪物が今度は左手の触手を操に向かって振り下ろそうとしているのが目に入った。
「……このッ!!」
痛みと苦痛に苛まれつつ、操は手にしたショットガンを腰だめにしてトリガーを引いた。
室内にショットガンの轟音が鳴り響く。
「げぎゃああああああああ!!?」
ショットガンから放たれた散弾は怪物の胴体…………上半身に襲い掛かり、どす黒い血を撒き散らした。
銃撃を受けた怪物は、もがきながらその場から少しづつ後退して行っている。
操はこの状況を好機と見て、ダメージの抜けきっていない体に鞭打ち何とか立ち上がると、ショットガンで更に追撃を加えた。
「……逃がさない!!」
フォアグリップを前後させて次弾を装填。
間髪入れずに追撃の散弾を撃ち放った。
「ぎゅええええええええッッッ!!???」
相変わらず奇怪な叫び声を上げつつもがき苦しむ怪物。
再度撃ち込まれた散弾は、今度は怪物の下半身に命中していた。
そのまま操は、ショットガンに装填された残りの銃弾も再装填の後すぐさま怪物に向けて撃ち込む。
「……もう一発!!!」
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!???」
連続で撃ち込まれた散弾によるダメージに怪物が堪らず悲鳴を上げる。
放たれた3発目の散弾も下半身周辺に着弾したらしく、下半身に生えている無数の腕の内の数本が千切れ飛んでいた。
強力なショットガンの散弾を3発撃ち込む事に成功した操だが、目の前の怪物はダメージを負ってこそいるが、未だ生存している。
その為操は、ショットガンから手を放し、ハンドガンに持ち替えて更に追撃を行おうとした。
しかし、そこで怪物は予想外の行動に出た。
「お゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!」
「なっ!?」
突如怪物は上半身を後ろに倒し、肉塊の下半身の上に仰向けに倒れ込んだ。
そして、そのままの状態で下半身から生えた無数の手を高速で蠢かせ、凄まじいスピードで操から距離を取った。
手足をせわしなく動かして高速移動するその姿は、まるで巨大なゴキブリのようだ。
「くっ!」
追撃を加えようとしてハンドガンを構えていた操だが、高速で右に左に動く怪物を捉えきれない。
咄嗟にハンドガンをホルスターに戻し、ショットガンを手に取る。
しかし先程、怪物に向けてこのショットガンに装填出来る3発全ての弾を使い切ってしまっている。
その為、操はウエストポーチから予備のショットガンの弾を3発取り出し、可能な限り素早く装填して行く。
ショットガンの構造上1発ずつ装填しなければならない為、どうしても時間が掛かってしまう。
それでもどうにか装填し終わり、怪物に向けて銃口を向けようとした時、再び怪物が予想外の動きを見せた。
「げっげっげっげっ」
「えっ!? ちょ……」
現在操がいる地下の大部屋は、天井の通気ダクトや配管がむき出しの状態になっている。
先程怪物が落下して来たダクトの周辺にも、複雑に通った配管が伸びていた。
突然距離を取るのをやめた怪物は壁伝いにその配管によじ登ると、天井と配管の間に身を隠してしまった。
そこは室内を照らす蛍光灯よりも上に位置する隙間である為薄暗い上、花の蔦や葉がで覆われ非常に視認し辛い場所だ。
怪物はそんな隙間に入り込むと、軟体生物のように体を折り曲げ、配管の上を駆け回り始めた。
「うぎげっげっげっげっ」
「このっ……!!」
配管の上を移動しているとは思えないスピードで怪物が走る。
ただでさえ配管の上に隠れていて捉え難いというのに、高速で動き回る為、余計に動きを追い辛い状態だ。
何とか動きを追いかけようとするが、文字通り縦横無尽に動き回る怪物に翻弄されて姿を見失ってしまった。
更に、先程まで絶え間なく聞こえていた怪物の移動音がいつの間にか聞こえなくなっている事に気が付いた。
(何処かに息を潜めて不意打ちするつもり……?)
少なくとも操には怪物が潜んでいる場所が分からない。
しかし、あの怪物もそうだとは限らないだろう。
耳を澄ませても室内にある換気扇の音が聞こえるのみで、それらしき音は聞こえて来ない。
銃を構えつつ、周囲に意識を張り巡らせる。
そして、呼吸を抑え、何処から襲い掛かられても反応出来るように備えていると、右後方から微かに物音がした。
「ッッ!!」
その瞬間、嫌な予感に襲われた操は、振り向きながら体を捻って横に跳んだ。
すると、一瞬前まで操の胴体があった場所を、グネグネとうねる怪物の触手の先端が風を切りながら通過して行った。
「くっ!!」
咄嗟に銃を向けトリガーに力を込めるが、高速で動く触手は天井の配管裏に戻って行ってしまった。
(姿を隠したまま触手で攻撃を……!)
仮にショットガンの銃撃を当てる事が出来たとしても、触手しか見えていない状況では大きなダメージを与える事は難しい。
怪物もそれを分かっているのか、配管の上を変わらず動き回りながら連続して触手攻撃を繰り出して来る。
怪物の触手は伸縮自在な上、非常に正確に狙いを定めて攻撃を仕掛けて来る為、操の回避もかろうじて出来ている、という状態だった。
攻撃を行う事が出来ず、防戦一方になる操。
やがて、そんなギリギリの状況にも限界が訪れた。
「あぐっ……!!」
躱しきれなかった触手の一撃が操を捉える。
しかし、直撃は腕を『籠手』で覆って受け流す事で何とか凌いだ。
それでもダメージが完全に無くなったわけではなく、攻撃を受けた際に伝わって来る衝撃で足元がふらついてしまった。
すると、その隙を逃すまいとするかの如く、怪物の触手が今迄以上の鋭さで攻撃を繰り出して来た。
「ぐぅぅっ!!!」
その攻撃を操は敢えて腕で受けた。
下手に避けようとすれば、受け流す事も出来ずに直撃を食らってしまうと考えたのだ。
正面からの触手の刺突を腕をクロスさせて受け止める。
木人の食らい付きを防ぎ切った装甲に触手の先端が突き刺さった。
装甲に空いた穴の周辺に亀裂が走り、血が流れ落ちて行く。
「ッ……あぁああ!!」
腕に走る痛みを気合で耐え、触手が刺さったままの腕を勢いよく振り抜いて触手を跳ね除ける。
すると、弾き飛ばされた衝撃によってか、触手が若干怯んだ様子を見せた。
操はその隙を逃さず、ショットガンを構えてトリガーを―――
ザシュッ
…………そんな音と共に背中に軽い衝撃が走り、目の前に鮮血が散った。
「…………え?」
何が起こったのか一瞬理解出来ず、呆けた表情になる操。
しかし、視線を少し下げると自分の身に起こった事を嫌でも理解させられた。
『自分の体から巨大な突起物が生えている』のだ。
操は血に濡れたその物体に見覚えがあった。
それは、あの異形の怪物の右腕にあった槍状の突起だった。
操は、背中から鳩尾にかけて怪物の槍に刺し貫かれ、串刺しにされてしまったのだ。
「あ…………うあ、あ」
槍を伝って血が流れ落ちる。
体を槍で貫かれていて体ごと振り返る事が出来ない為、何とか首だけを捻って背後に視線を向けた。
するとそこには、あの怪物が逆さまの状態で天井からぶら下がり、右腕の槍を操に突き立てていた。
左腕の触手を見ると、怪物が身を乗り出している配管の上に伸ばされ、そのまま天井との隙間を通って操の頭上へと回っている。
その瞬間、操はこの怪物が自分の不意を突く為、触手の方に意識を向けるようわざと攻撃を偏らせていたのだと気付いた。
「げっげっげっげっげっ」
怪物が笑うように声を上げて体を揺らす。
それは、操を嘲る笑いだったのか、あるいは獲物を仕留めた喜びから来る笑いだったのだろうか。
一つ確かな事は、操はこの醜悪な怪物の術中にまんまと嵌まってしまったという事だ。
ショットガンを握る手から力が抜け、そのまま手を放してしまう。
いまだに体を貫いたままの槍を手で掴み、体を前に進める事で槍から逃れようとする。
「あ、ぐ……ぎ、あ」
意識が飛びかける程の激痛が体を駆け巡るが、そのまま歩みを進める。
「おえああ」
唐突にそんな声を怪物が上げた。
そして、呆気なく操の体に刺さった槍を勢いよく抜いた。
「あ」
ぶしゅう、という音と共に、槍が抜き取られた傷口から勢いよく血が噴き出した。
掴んでいた槍が抜かれた事で空を切った両手で傷口を押さえる。
しかし、とめどなく吹き出す血は瞬く間に操の両手を血に染めていった。
やがて、よたよたと数歩歩いた所で両足から力が抜け、その場で崩れ落ちる様に膝を付く。
「…………ごふっ」
喉の奥からこみあげて来た熱い血の塊が、空気と共に口から大量に吐き出された。
全身に力が入らなくなった操は、そのまま前のめりに床へ倒れ込む。
傷口から溢れ出る血の温かさと、体から血液が失われて行く事による寒さを操は同時に感じていた。
(だ……め……私は、ま…………だ……)
遠くなって行く意識の中で、何とか立ち上がろうとして体に力を籠める。
しかし、いくら力を入れようとしても、体は動かず、辛うじて左手が前方に向けて伸ばされただけだった。
「いや……だ……こんな……とこ…………ろ………………で……」
目が霞む。
背後で怪物が天井から降りようとしている音がする。
左手が動かなくなる。
怪物が笑い声を上げながら足音を立てて近づいて来る。
音が聞こえなくなる。
怪物が操の顔を覗き込むような動きをして…………………………
そこで操の意識は暗闇に包まれた。
(…………寒い)
体が凍り付いてしまったかのように冷たい。
意識を失った操は、何処とも知れない真っ暗な場所に倒れていた。
先程まで感じていた傷による痛みや血の熱さは感じられない。
相変わらず体は指一本動かせないし、目を開ける事も出来ない。
だが、操にはここがどこか懐かしい気配を漂わせているようにも感じられた。
(私……死んだの?)
先程操は、怪物の槍で体を貫かれ、恐らく心臓等の重要な臓器を激しく損傷してしまっていた。
いかに今の自分が人間離れして来ていようとも、致命傷となる傷だ。
今迄は傷がすぐに再生して大事には至らなかったが、あれほどの重傷を負っては同じ様にはいかないだろう。
(大丈夫なんて言ったけど……結局、私程度がどうにか出来る相手じゃなかったんだ……)
そう考えた所でライナの事が頭に浮かぶ。
(ライナは……どうしてるかな。 心配してるかな……)
操がこのまま戻らなかったら彼はどうするだろう?
どこか胡散臭い雰囲気を漂わせつつも、恐らく本質的にはお人好しなのであろう彼は…………。
(この病院に探しに来ちゃうかな…………あんな恐ろしい化け物がいるのに…………)
帰って来ない自分を彼が探しに来てしまうのではないか。
そう考えると、あの恐ろしい怪物が徘徊するこの場所へは来て欲しくない。
自分のせいであのお人好しの青年を危険に晒したくない……。
(あんな…………危険な、化け物に…………会わせ、ちゃ…………)
暗闇の中にある操の意識が、そのまま闇に溶けて行こうとするかのように遠くなって行く。
(化け物……そう、あんな、バケモノに……)
『これじゃ、化け物みたいなものですよ』
突然、声が響く。
(え……? 誰……?)
聞き覚えのある声は操の疑問には答えず、声を続ける。
『桜木博士、悪い事は言いません。 これ以上はこの『花』には関わらない方が良い』
(これは……クロフォード医師……?)
『……確かにあの花は普通の花じゃありません。 でも……』
続けて聞こえて来たのは、操の声だった。
(前に見た夢の続き……?)
声の感じからして過去の操とクロフォード医師が、再度会話をしているようだ。
『普通の花ではないからこそ、理解してあげる事が必要なんだと思います。それがどんな生命であっても、悪しき物は無いはずです』
『しかし……』
『危険なのは承知の上です。 あの子が私に何をするつもりかは分かりませんが、悪意あっての事だとはどうしても思えないんです』
『……あの子?』
『あ、ええと…………と、ともかく! 検査結果に異常があると言っても今現在私自身に命の危険があるわけじゃないんですよね?それなら、まだ結論を出すのは早いと思います。 もっと具体的な成果が見えてくるまでは……』
『………………ふぅ。 やれやれ、君は本当に相変わらずだな』
『あれ? 敬語はやめたんですか? クロフォード先生?』
『若くして博士号を取得し、将来を嘱望される君に対して敬意を表する意味での敬語だったんだけどね…………君があまりに以前のままだから、何だかバカバカしくなってしまったよ』
『ふふっ。 私も前と同じようにしてもらえた方が嬉しいです。 先生に教えを受けた時の事を思い出しますよ』
『ああ、私もだ。 君はあの時から本当に変わっていないな…………良い意味でも悪い意味でも、ね』
どうやら操とクロフォード医師は旧知の間柄だったらしい。
グリーンフォレストの医師である彼と操にどのような関わりがあったのだろうか。
『そりゃあ、数年しか経ってませんからね。 私自身も、私の考え方も変わりません 』
そう言いつつも操は、何処か昔を懐かしむように目を細める。
そして、クロフォードも操の言葉に同意するように頷く。
『君の考え方……か。 それがどのような存在であれ、生命に善悪は無い……だったかな?』
『はい。 あの花の事もそうですが、この世界に生きる生命体に上下も優劣もありません。そんな事に拘っているのは人間くらいですよ』
操はそう言い、寂しそうな表情を浮かべた。
『人間は自分達の物差しで物事を測りがちです。 けれども、どんな生き方をしていたとしても、その生命体にとってはそれが普通の事。 …………要は私達人間が「受け入れられるか」なんだと思います』
『…………それが人間にとって危険な事でもかね?』
クロフォードがそう問いかけると、操は苦笑して答える。
『「自然と共存する」って本来そういう事じゃないですか? それに、人間にとって危険だから排除するっていう事なら、まず真っ先に人間を排除しないといけなくなっちゃうと思いますよ』
『ははは……確かにな。 未知の植物などより、我々人間の方が余程危険……か。あの青い花……アレもまた同じだというんだね?』
『そうです。 あの花も生物の死体に寄生して自分の器官の一部として利用する、という生態は悍ましくも見えます。けど、それは人間から見た場合でしかありません。 彼らにとっては当たり前の事なのです』
そう言った操は愛おしそうに自身の腕を撫でる。
『だからきっと、この子にとっても「これ」は普通の事なんだと思います。 それを私が受け入れられるかは…………まあ、やってみないと分からないですけどね』
『…………君は本当に研究者向きだな。 まぁ、世の中の研究者の中にはそれで命を落とす者も多いんだけどね』
そう言ってクロフォードは意地の悪い笑みを浮かべた。
『ちょ……私今、良い事言ってたのに! 怖い事言わないで下さいよ!』
『ははは、悪い悪い。 一応先達としては忠告めいた事を言いたくなるのさ。まあ、何となく君なら大丈夫そうな気もするがね…………。』
そんな事を言いながら楽しそうに笑う過去の操とクロフォード。
その会話を操は他人事のように聞いていた。
(どんな生命も……受け入れられるかどうか……。 どんな生き方も、その生物にとっては普通の事……)
操は人間だ。
しかし、今の操は青い花に寄生されている影響で、まともな人間とは言い難い体になっている。
青い花の能力を用いる事で、地獄のような有様になっているグリーンフォレストで生き延びる事が出来ているとはいえ、新たな能力を得る度に徐々に人間から遠ざかっているように思えてならなかった。
その為、無意識に花の能力を用いる事を避けていた。
必要に迫られれば使用してはいたが、逆に言えば必要に迫られる程追い詰められてようやく使用しているという事でもある。
それは人外の存在となってしまった自分自身を拒絶しているという事だ。
だが、先程のクロフォードとの会話の中で過去の操は、生命の在り方はそれぞれであり、そこに優劣は無いと語っていた。
だとするなら、今の操は?
人ならざる者になってしまった自分も同じなのだろうか?
(体がどうなろうと、私は私……。 例え人間でなくなったとしても、私には私の生き方がある。そこには人間だとかバケモノだとかは関係ない……。 青い花の力を含めて…………今の私なんだ)
操は自分の存在をそう結論付けた。
そして、ある事に気付き目を見開く。
(そうだ、だったら私はまだ全力を出していない! 生きて自分の無くした記憶を取り戻すまで、私は死ぬ訳にはいかないんだ!)
操は決意を込めて心の中で叫ぶ。
そうして操が再び戦う事を選んだ為か、暗闇に包まれていた視界に徐々に白い光が差して来た。
既に過去の操とクロフォードの声は聞こえていない。
あれは走馬灯の類だったのだろうか? それとも……。
「クロフォード……先生……」
そう呟いた操の脳裏に浮かぶのは、恐ろしい怪物の姿ではなく、大らかに笑う恩師の姿だった。
「まだ……全部思い出せたわけじゃないけど……「また」助けられました。 ……ありがとうございます」
操がそう言って微笑むと、視界が一気に明るくなり……。
『彼女』の戦いが再び始まった。
操が意識を取り戻して最初に視界に入ったのは、花弁のような4つに裂けた口を大きく広げた怪物の姿だった。
現在の操は左腕に怪物の触手を巻き付けられて持ち上げられ、宙吊り状態にされていた。
どうやら動かなくなった操を捕食しようと、体を拘束した上で食らい付こうとしていたようだ。
しかし、そんな目と鼻の先に迫る悍ましい光景を目にしても、不思議と操は冷静だった。
拘束されている左手は無視し、自由になっている右手だけを素早く動かしてホルスターからハンドガンを抜く。
そして大雑把に狙いを付けると、無造作にトリガーを引いた。
「ん゛け゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!???」
連続して放たれた銃弾は、大きく開かれた口腔内に着弾し、どす黒い血を撒き散らす。
突然の銃声と痛みに怪物が悲鳴を上げて仰け反った。
その際の僅かな隙に、拘束されたままの左腕を渾身の力を込めて無理やり捻る。
左腕の関節部から激痛と共に、骨が砕け筋肉が千切れる嫌な感触が伝わって来た。
しかし操は、歯を食いしばって痛みに耐え、もがき苦しんでいる怪物の胴体を思い切り蹴り飛ばした。
「け゛へ゛っ!!??」
操の蹴りを食らった怪物はその巨体とは裏腹に軽く数メートル先まで吹き飛び、周囲にある物を巻き込んで転倒した。
宙吊り状態から怪物を蹴り飛ばした反動を利用してその場から飛び退いた操は、空中で体を捻る。
そして床に着地すると、すぐさま胸の傷と折れ砕けた左腕を再生させるべく意識を集中させる。
(今迄は自分とは別の物として青い花を意識していた)
傷の位置を意識すると共に、「自分の中の青い花」を意識するのではなく、「青い花と共にある自分」を意識する。
(でも今意識する形は、青い花も含めた自分自身……!)
操がそのように自分と青い花を意識すると、今まで感じた事が無い程の力が全身に漲るのを感じた。
次の瞬間、操の胸の傷と左腕から青緑色の蔦が伸び、負傷した部分に絡み付いて行く。
そして、体と左腕に絡み付いた蔦からは、瞬く間に青緑色の葉と青く輝く花が生じた。
花の輝きを操が認識した時には、既に傷の痛みは無くなっていた。
「……私はもう、人間である事に拘らない」
誰ともなしに呟くと、操は手にしていた銃を床に放り捨て、口元に付いた血を乱暴に手の甲で拭った。
そして、両の手を『籠手』で覆うと、息を整えた後に身構えた。
操が戦闘態勢を整えている間に、のたうち回っていた怪物の方も体勢を整えて起き上がって来た。
その顔は人間の原型を留めていないが、怒りを湛えているようにも見える。
しかし、怒りに任せて飛び掛かって来るような事は無く、こちらの出方を伺っているような素振りを見せている。
やはり他の怪物達に比べて知能が高いように思える。
そんな怪物を前にして、操は左腕から『荊の鞭』を生やした。
『籠手』に覆われた左腕から湧き出る様に生えた『荊の鞭』は腕全体に絡み付くように広がる。
そして、手の甲を経由して手の平で合流すると、そこからただ伸びるのではなく鞭同士が絡み合い、一つに纏まって行く。
そうして出来上がったのは、一本の太い『荊の鞭』だ。
数本の荊の鞭を束ねて作られている為、以前の物よりも直径が太く、表面の棘同士が噛み合う形で強固に結びついている。
操は出来上がった新たな荊の鞭を、使い心地を確かめるように一振りした。
すると、パンッ!という破裂音と共に、鞭で叩かれた床のタイルが砕け散った。
……どうやら威力も申し分なく、問題なく動かせるらしい。
その様子を見た怪物が警戒感を強めたのか、大きく口を広げて威嚇の声を上げた。
しかし操はそんな怪物を意に介さず、怪物を見据えると、鞭を生やした左腕を後方に引いて行く。
そして、次の瞬間、ギリリッっと音がする程に体を引き絞り、渾身の力を込めて怪物めがけて勢いよく荊の鞭を振り抜いた。
バンッッ!!という、先程以上に大きな破裂音を炸裂させながら、強化された『荊の鞭』が怪物に向かって「撃ち」出される。
活性化した青い花の力ゆえか、強化された操の筋力を持って全力で放たれた鞭の一撃は、高速で飛ぶ矢の如き鋭さで怪物に襲い掛かった。
「げぎぎっ!?」
しかし、常人なら反応するのも困難な速度の一撃を、怪物は反応した上で飛び退き、紙一重で躱して見せた。
完全には躱せなかったようで、鞭が霞めた所が切り裂かれて赤黒い血が飛び散る。
狙いを外れた鞭は怪物の横を通り過ぎて行く。
だが、壁に突き刺さる直前で、複数の蔦同士が結び付いて出来た鞭の先端の結び目が解ける。
そしてそのまま、怪物の背後の壁に解けた蔦が広がり、壁面を掴むように取り付いた。
操はその瞬間に蔦を全力で腕に巻き取ると、その勢いを利用して前方…………怪物へ向かって跳んだ。
鞭の攻撃を飛び上がって躱していた怪物に操が一瞬の内に接近する。
操はそのまますれ違いざまに、籠手に覆われた右腕の拳を怪物の胴体へと叩き込んだ。
「……ふっ!!」
「ぐぎゃべぇ!!!?」
さしもの怪物も身動きの取れない空中では操の攻撃は躱せず、強化された操の『籠手』の一撃をモロに受けて吹き飛んで行った。
蹴り飛ばされた時とは比べ物にならない勢いで飛んで行った怪物は、周囲の物を巻き込んで吹き飛び、それらの残骸の下敷きになって動きを止める。
しかし、怪物を殴り飛ばした反動を利用してその場に着地した操は、油断なく怪物を睨み付けた。
「……まだ生きてるでしょ? 死んだふりなんかしてももう無駄よ。 分かるから、そういうの」
操がそのように言うと、弾き飛ばされた手術台や崩れた棚の残骸の下から、忌々しそうな呻き声が聞こえる。
残骸を押しのけながら起き上がった怪物は、ガチンガチンと花弁のような口を打ち鳴らして怒りを露わにしていた。
しかしそんな様子の怪物を見ても、操は冷静なままだった。
…………いや、むしろ怪物以上に怒っていたせいで、逆に頭が冷えていたのかもしれない。
「怒ってるの? 怒ってるのはこっちもよ。 恩師の遺体を好き放題辱められて怒らないわけないでしょ?」
言いながら『籠手』に覆われた右手の平から『棘』を出現させる。
「これ以上好きにはさせない。 ……クロフォード先生は返して貰う」
そう宣言し、体の重心を低くした操は、決意の表情で怪物をしっかり見据えながら床を蹴った。




