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白楽天 舞夢訳  作者: 舞夢
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讃李杜詩集 因題巻後

讃李杜詩集 因題巻後


翰林江左日  員外剣南時  不得高官職  仍逢苦乱離


暮念逋客恨  浮世議仙悲  吟詠流千古  聲名動四夷


文場供秀句  楽府侍新辞  天意君須会  人聞要好詩


(賀監知章目白為謫仙人)


李白と杜甫の詩集を読み、巻末に書きつける。


翰林供奉(かんりんきょうほう)であった李白が江州をさまよいあるいた日々。

工部員外郎であった杜甫が剣南に仮住まいをした時。

両方とも、高い官職を得ることはできず、そのうえ、混乱の時代に苦しんでいた。

老年になっても都に戻ることができなかった杜甫の苦しみ。

下界に追放されたままの仙人李白の悲しみ。

しかし、その詩は千年を過ぎても、人々に愛され、

その名声は周辺の蛮国まで、知れ渡っている。

かれらは、文学という世界に素晴らしい詩を捧げ、楽府においては新鮮な言葉を待ち焦がれていた。

これは、天からの意思であることを、あなた方は理解するべきなのだ。

人間の世には、すぐれた詩が必要であることを。


(秘書監の賀知章、李白を仙界から追放された仙人とみなしていた)



※翰林(かんりん):天宝元年(742)玄宗皇帝が新設した翰林院に李白が供奉(ききょうほう)

(宴席で詩筆を揮う仕事)したことを表現する。政治的には中枢から外れている。

※江左:江東、長江下流地域。朝廷から追放された李白が放浪生活を送った地域。

※員外:成都滞在中の広得二年(764)検校工部員外郎となった杜甫を示す。

※議仙:李白のこと

※文場:文壇


〇元和十年(815)、長安から江州への旅路での作。

〇白楽天は、李白、杜甫を唐代最高の詩人として評価し、積極的にその評価を広めた。

〇我が日本における李白、杜甫の詩が伝わった要因の一つに、白楽天による評価を抜きにしては考えられない。

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