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第47話 最悪の絶望を共有しながら千夏は廃材置き場へと駆け抜ける。


 ドゴッ!


 鈍い音とともに、神悟の身体が大きく宙を舞い、廃材の山に叩きつけられた。  


 口の中に血の味が広がる。肋骨が何本か折れたかもしれない。


 息をするだけで激痛が走った。


「はっ! 口先だけのジジイが、偉そうに交渉ぶってんじゃねえよ!」  


 健介が鉄パイプを肩に担ぎ、神悟の足元に転がった紙袋を拾い上げる。


 中に入った百万円の札束を確認し、下品な笑い声を上げた。


「これで全部俺のモンだ。てめえはそこで野垂れ死んでろ」


 薄れゆく意識の中で、神悟は血まみれの口元を歪めて笑った。


(……これで、いい)  


 全財産を奪われ、暴力で尊厳を粉々に砕かれ、孤独に死んでいく。


 これ以上の「絶望」はない。  


 千夏が抱える絶望の濃度を、自分のそれがはるかに上回ったはずだ。これでバグは終わり、彼女は自由になる。




 だが、その時だった。


「……ふざけん、な……!」


 夜の闇を切り裂くような、女の怒声が響き渡った。  


 息を乱し、肩で息をしながら、廃材置き場の入り口に千夏が立っていた。


 その額には、走ってきた汗とともに、神悟と同じ「激痛」に耐えるための脂汗がびっしりと浮かんでいる。


「ち、千夏……!? なんでてめえがここに……」


 健介が驚いて後ずさる。


 千夏は健介には目もくれず、地面に這いつくばる神悟に向かって大股で歩み寄った。  


 そして、胸ぐらを力任せに掴み上げた。


「……痛えんだよ、馬鹿野郎!!」


「……千夏、さん……逃げ、て……バグが、終わらなく、なる……」


「うるさい!!」  


 千夏の目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


「あんたが一人で地獄に落ちて、私の頭の中に『あんたの死ぬほどの孤独と痛み』が流れ込んできたら、私が幸せになれるとでも思ったのか!? あんたが壊れたら、私も壊れるんだよ!!」


 神悟は目を見開いた。  


 千夏の胸の奥から流れ込んでくる感情。


 それは、恐怖でも絶望でもなかった。  


 自分という「何の価値もないと思っていた中年男」が傷つくことを、心の底から悲しみ、怒り、絶対に失いたくないと叫ぶ、強烈なまでの『執着』だった。




「お、おい! 何やってんだてめえら!」


 状況が飲み込めない健介が、苛立ち紛れに鉄パイプを振り上げた。


「俺の邪魔をするなら、女だろうが容赦しねえぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間、千夏は神悟をかばうように前に立ちふさがり、健介を凄まじい眼光で睨みつけた。


「やってみろよ、この粗大ゴミ」  


 千夏の声は、地を這うように低く、そして絶対に折れない強さを持っていた。


「こいつが受けた痛みは、全部私が知ってる。……今度は、私とこいつで、お前にその何倍もの痛みを教えてやる」


 背後で倒れる神悟と、彼を守るように立つ千夏。  


 二人の「絶望」は、決してずれることはなかった。


 むしろ、互いを守りたいという強烈な意志によって、かつてないほどの完全な共鳴(シンクロ)を起こし始めていた。




続く

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