第42話 深夜のビジネスホテルで極上の安らぎを共有する
午後十一時半。
神悟の軽自動車は、国道沿いにある古びたビジネスホテルの駐車場に滑り込んだ。
「……着きましたよ、千夏さん」
「ああ。夜の運転、ご苦労だったな、ジジイ」
後部座席では、拓也がまだスースーと寝息を立てている。
千夏はフロントへ向かい、健介から取り返した百万円の束から数枚を引き抜き、部屋のカードキーを二つ受け取ってきた。
「ほら、お前の部屋の鍵だ。隣同士にしておいた」
神悟は驚いて、慌てて手を横に振った。
「いや、僕は車の中で寝ますよ。君たちのお金なんだから、無駄遣いは……」
「馬鹿言うな」
千夏は問答無用で、カードキーを神悟の胸に押し付けた。
「あんたが風邪ひいて熱でも出したら、繋がってるこっちの体調まで最悪になるんだよ。今は一蓮托生だ。さっさと熱いシャワーでも浴びて、ふかふかのベッドで寝ろ」
「……ありがとうございます」
それぞれの部屋に入り、ドアが閉まる。
神悟は狭いユニットバスのバスタブに熱いお湯を張り、冷え切った身体をゆっくりと沈めた。
「……ふぅぁぁぁ……」
思わず、腹の底から情けない声が漏れる。
義母や妻に気を遣い続けた三十年間の重圧と、昨夜からの極度の緊張。そのすべてが、熱いお湯の中にじんわりと溶け出していく感覚だった。
その頃、壁一枚隔てた隣の部屋。
拓也をベッドに寝かしつけた千夏は、窓際のソファに深く腰を下ろしていた。
ふと、彼女の身体に「温かいお湯に包まれるような、極上の心地よさ」が流れ込んできた。
凝り固まっていた肩の筋肉がほぐれ、冷え切っていた足先までドクドクと温かい血が巡っていく感覚。
(……あいつ、バスタブに浸かってやがるな)
千夏は、思わず声を出して笑った。
これまでは、ぎっくり腰の激痛だの、極限の便意だの、ロクでもないものばかり共有させられてきた。
だが、初めて共有した「安らぎ」は、悪くない……いや、最高だった。
三十分後。
今度は千夏がシャワーを浴びる番だった。
すでにベッドに横たわっていた神悟の身体に、再び心地よい疲労回復の波が押し寄せる。
「……お互い様、ですね」
神悟は目を閉じ、泥のように深い眠りに落ちていった。
千夏もまた、拓也の隣に潜り込み、久しぶりに一度も目を覚ますことなく眠りについた。
絶望のバグで繋がった二人が、初めて共有した穏やかな休息。
だが、彼らはまだ気づいていない。
互いの感覚の共有が「快楽」や「安らぎ」の領域まで深まってしまったことが、次にどんな恐ろしい事態を引き起こすのかを。
続く




