第24話 台車で運ばれる肉塊と、連鎖する激痛
イエローマートの搬入口は、野戦病院のような有様になっていた。
「救急車呼ぶか!?」
「いや、動かすな! 腰はやばいぞ!」
社員たちが怒号を飛ばす中、コンクリートの床には二つの「肉塊」が転がっていた。
海老反りのまま硬直した早乙女千夏。
中腰のまま石像化した伊集院神悟。
千夏は、脂汗にまみれた顔で、目の前の男を睨みつけていた。
(……殺す。動けるようになったら、このジジイをシュレッダーにかけてやる……)
だが、殺意を実行しようと指一本動かすだけで、神悟の腰から転送されてくる「雷撃」が、千夏の脊髄を焼き尽くす。
「あぐぅっ……!」
千夏が呻く。
すると、リンクして神悟も「ひぎぃっ!」と悲鳴を上げる。
完全に「痛みの無限ループ」だ。
「とりあえず、邪魔だから休憩室に運ぶぞ!」
店長(事なかれ主義)が叫んだ。
「そこの台車持ってこい! 荷物みたいに乗せろ!」
「は、はい!」
若手バイトたちが、本来は段ボールを運ぶための「平台車」を二台持ってくる。
ここから、地獄の搬送作業が始まった。
「いいか、揺らすなよ! 絶対揺らすなよ!」
神悟が涙目で叫ぶ。
「僕の腰はいま、積み木崩しのラストワンなんだ! 振動ひとつで半身不随だぞ!」
「うるせえ! さっさと乗れ!」
轟運送の同僚ドライバーたちが、神悟のベルトと襟首を掴み、ドサッと台車に乗せた。
ビキィッ!!!
「ギャアアアアア!!!」
神悟と千夏、二人の絶叫が完璧なハモリを見せて響き渡る。
「なんで早乙女さんまで叫んでるんだ?」
「見て! 早乙女さんもタイミング合わせて台車に乗せるよ!」
千夏もまた、パート仲間たちによって「壊れ物」のように慎重に台車に乗せられた。
まるでマグロの競り市場だ。
ゴロゴロゴロ……。
薄暗い従業員通路を、二台の台車が並んで進んでいく。
仰向けに乗せられた千夏と、横向きに乗せられた神悟。
二人の顔が、至近距離で並ぶ。
周りの社員たちは「大変だなぁ」と話しながら台車を押しているが、この距離なら小声で会話ができる。
「……おい」
千夏が、蚊の鳴くような声で言った。目は据わっている。
「……慰謝料……請求するからな……」
「……ごめんなさい……」
神悟は泣いていた。
「……でも……不思議だね……」
「……あ?」
「……君も一緒に痛がってくれてると思うと……なんか……一人じゃないって……安心感が……」
「……ふざけんな……」
千夏は、動かない手で神悟の顔面に唾を吐こうとしたが、首が回らず断念した。
「……あんたの孤独を……私の痛みで埋めんじゃねぇよ……」
休憩室に到着すると、二人は長椅子に並べて寝かされた。
湿布の臭いが充満する部屋。
店長たちは「救急車は呼ばなくていいな? とりあえず安静にしてろ」と言い残し、仕事に戻っていった。
静寂。
二人きりの休憩室。
神悟の腰がズキズキと脈打つたび、千夏の眉間にも皺が寄る。
地獄のシンクロ・ナップタイム(お昼寝)。
「……なぁ、ジジイ」
天井を見上げたまま、千夏が呟いた。
「……はい」
「……私、今日……息子の誕生日なんだよ」
「え……?」
「……早く帰って……ケーキと唐揚げ……作るはずだったんだよ……」
千夏の目尻から、悔し涙が一筋こぼれた。
「……動けねぇじゃねぇかよ……どうしてくれんだよ……」
神悟は、自分の腰の痛みが急にどうでもよくなった。
代わりに、胸の奥がズキッと痛んだ。
自分の不注意のせいで、この不器用そうな母親から、息子を祝う時間を奪ってしまった。
(……なんとかしなきゃ)
神悟は、砕けそうな腰に力を入れた。
物理的には動けない。
だが、今の二人には「スマホ」がある。
「……千夏さん。スマホ、取れる?」
「……あ? ……指先なら……なんとか」
「……僕の『とっておき』を教えるよ」
神悟は脂汗を流しながら、必死に画面をタップした。
「……高島平で一番うまい……出前の中華屋だ。……僕が奢るから……息子さんに、最高の唐揚げと炒飯……届けてやってくれ……」
それは、ただの罪滅ぼしかもしれない。
だが、動けない肉塊となった二人の間に、ほんの少しだけ、湿布の臭いと共に「温かいもの」が流れた気がした。
続く




