↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/43

第24話 台車で運ばれる肉塊と、連鎖する激痛


 イエローマートの搬入口は、野戦病院のような有様になっていた。


「救急車呼ぶか!?」


「いや、動かすな! 腰はやばいぞ!」


 社員たちが怒号を飛ばす中、コンクリートの床には二つの「肉塊」が転がっていた。


 海老反りのまま硬直した早乙女千夏。


 中腰のまま石像化した伊集院神悟。


 千夏は、脂汗にまみれた顔で、目の前の男を睨みつけていた。


(……殺す。動けるようになったら、このジジイをシュレッダーにかけてやる……)


 だが、殺意を実行しようと指一本動かすだけで、神悟の腰から転送されてくる「雷撃」が、千夏の脊髄を焼き尽くす。


「あぐぅっ……!」


 千夏が呻く。




 すると、リンクして神悟も「ひぎぃっ!」と悲鳴を上げる。


 完全に「痛みの無限ループ」だ。


「とりあえず、邪魔だから休憩室に運ぶぞ!」


 店長(事なかれ主義)が叫んだ。


「そこの台車持ってこい! 荷物みたいに乗せろ!」


「は、はい!」


 若手バイトたちが、本来は段ボールを運ぶための「平台車」を二台持ってくる。


 ここから、地獄の搬送作業が始まった。


「いいか、揺らすなよ! 絶対揺らすなよ!」


 神悟が涙目で叫ぶ。


「僕の腰はいま、積み木崩しのラストワンなんだ! 振動ひとつで半身不随だぞ!」


「うるせえ! さっさと乗れ!」


 轟運送の同僚ドライバーたちが、神悟のベルトと襟首を掴み、ドサッと台車に乗せた。


 ビキィッ!!!


「ギャアアアアア!!!」


 神悟と千夏、二人の絶叫が完璧なハモリを見せて響き渡る。


「なんで早乙女さんまで叫んでるんだ?」


「見て! 早乙女さんもタイミング合わせて台車に乗せるよ!」


 千夏もまた、パート仲間たちによって「壊れ物」のように慎重に台車に乗せられた。


 まるでマグロの競り市場だ。


 ゴロゴロゴロ……。


 薄暗い従業員通路を、二台の台車が並んで進んでいく。


 仰向けに乗せられた千夏と、横向きに乗せられた神悟。


 二人の顔が、至近距離で並ぶ。


 周りの社員たちは「大変だなぁ」と話しながら台車を押しているが、この距離なら小声で会話ができる。




「……おい」


 千夏が、蚊の鳴くような声で言った。目は据わっている。


「……慰謝料……請求するからな……」


「……ごめんなさい……」


 神悟は泣いていた。


「……でも……不思議だね……」


「……あ?」


「……君も一緒に痛がってくれてると思うと……なんか……一人じゃないって……安心感が……」


「……ふざけんな……」


 千夏は、動かない手で神悟の顔面に唾を吐こうとしたが、首が回らず断念した。


「……あんたの孤独を……私の痛みで埋めんじゃねぇよ……」


 休憩室に到着すると、二人は長椅子(ソファ)に並べて寝かされた。


 湿布の臭いが充満する部屋。


 店長たちは「救急車は呼ばなくていいな? とりあえず安静にしてろ」と言い残し、仕事に戻っていった。




 静寂。


 二人きりの休憩室。


 神悟の腰がズキズキと脈打つたび、千夏の眉間にも皺が寄る。


 地獄のシンクロ・ナップタイム(お昼寝)。


「……なぁ、ジジイ」


 天井を見上げたまま、千夏が呟いた。


「……はい」


「……私、今日……息子の誕生日なんだよ」


「え……?」


「……早く帰って……ケーキと唐揚げ……作るはずだったんだよ……」


 千夏の目尻から、悔し涙が一筋こぼれた。


「……動けねぇじゃねぇかよ……どうしてくれんだよ……」




 神悟は、自分の腰の痛みが急にどうでもよくなった。


 代わりに、胸の奥がズキッと痛んだ。


 自分の不注意のせいで、この不器用そうな母親から、息子を祝う時間を奪ってしまった。


(……なんとかしなきゃ)


 神悟は、砕けそうな腰に力を入れた。


 物理的には動けない。


 だが、今の二人には「スマホ」がある。




「……千夏さん。スマホ、取れる?」


「……あ? ……指先なら……なんとか」


「……僕の『とっておき』を教えるよ」


 神悟は脂汗を流しながら、必死に画面をタップした。


「……高島平で一番うまい……出前の中華屋だ。……僕が奢るから……息子さんに、最高の唐揚げと炒飯……届けてやってくれ……」


 それは、ただの罪滅ぼしかもしれない。


 だが、動けない肉塊となった二人の間に、ほんの少しだけ、湿布の臭いと共に「温かいもの」が流れた気がした。




続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。