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第23話 特売コシヒカリと、硝子の腰椎


 午後三時。


 伊集院神悟(54歳)が運転する轟運送の2トントラックは、ある店舗の搬入口にバックで入ろうとしていた。


 行き先は、コンビニ『イエローマート』。


 そう、早乙女千夏の職場だ。


(ふふん……さっきは僕の「土下座スキル」で彼女を救ってやったからな)


 神悟はハンドルを切りながら、少し鼻高々だった。


 いつもは「キモい」「汚い」と罵られているが、今日こそは働く男の背中を見せて、名誉挽回するチャンスだ。




 トラックが停止する。


 搬入口のプラットホームには、検品係の社員と並んで、千夏の姿があった。


 彼女は気怠そうに伝票をチェックしている。


(よし、見てろよ相棒。僕だってやるときはやるんだ)


 神悟は颯爽と運転席から降りた。


 今日の荷物は、明日の特売用のお米。『新潟県産コシヒカリ 10kg』の山だ。




「ういーっす、轟運送でーす」


 神悟は努めて低い声で挨拶し、荷台を開けた。


 チラリと千夏を見る。彼女はこちらに背を向け、台車の整理をしている。


(気づいてないな。……よし、今のうちにカッコよく積み下ろして、驚かせてやる)


 神悟は気合を入れた。


 10kgの米袋を、一度に三つ(計30kg)。


 若手なら余裕の重量だ。


 神悟は深く腰を落とさず、手だけでヒョイと持ち上げようとした。


 カッコつけて、勢いよく。




 その瞬間だった。


 メキョッ。


 神悟の腰の奥底、第四腰椎と第五腰椎の間で、乾燥した小枝が折れるような、嫌な音が響いた。


「…………あ」


 神悟の動きが停止した。


 米袋を持ったまま、中腰で固まる。


 痛みはない。まだない。


 だが、神悟は知っていた。これは「痛みが来る前の予兆(サイレン)」だ。脳が痛みを処理するのにタイムラグが発生するレベルの、破壊的断層ズレだ。


(……やばい)


 そして、爆発は起きた。


 ズガアァァァァン!!!!!


 雷が背骨を直撃したような激痛。


 神悟の視界が真っ白になった。


 ぎっくり腰だ。しかも、重度(ヘビー級)の。




 ――同時刻。搬入口のプラットホーム。


 千夏は、空の段ボールを拾おうとして、軽く前屈していた。


 何の変哲もない動作だ。




 だが次の瞬間、彼女は「見えないスナイパー」に背後から狙撃されたかのように、白目を剥いてエビ反りになった。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」


 千夏の絶叫が搬入口に響き渡る。


 彼女はそのまま、生まれたての子鹿のように足をもつれさせ、コンクリートの床に崩れ落ちた。


「さ、早乙女さん!? どうした!?」


 社員が慌てて駆け寄る。


「こ、腰が……! 腰がぁぁ……! 折れた……これ絶対折れた……!」


 千夏は脂汗を流し、這いつくばって悶絶した。


 わけがわからない。段ボールを拾おうとしただけで、なぜ脊髄にダイナマイトを仕掛けられたような痛みが走るのか。




 その時、千夏の視界の隅に、トラックの荷台で「奇妙なポーズ」のまま石像化している男が映った。


 中腰で、米袋を抱えたまま、プルプルと震えている伊集院神悟。


 千夏は悟った。


 犯人は、あいつだ。


 『……おい……クソジジイ……』


 千夏はスマホを出す余裕もなく、殺意だけの念を送った。


 『テメェ……私の腰で……何しやがった……!!』


 神悟は涙と鼻水を流しながら、心の中で懺悔した。


 『ごめんなさい……カッコつけようとして……脊椎(せきつい)が……逝きました……』


 『動けません……助けて……』


 搬入口という公開処刑場で、54歳の男と35歳の女が同時にうずくまる。


 轟運送とイエローマート、双方の業務が完全に停止した瞬間だった。




続く

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