第21話 二日酔いの英雄と、記憶にない伝説
翌朝、午前八時。
轟運送の事務所に、ゾンビのような男が現れた。
伊集院神悟である。
顔色は土気色。目の下には濃いクマ。
頭の中で小人が工事をしているような激しい頭痛。
(……気持ち悪い……吐きそう……)
神悟は死に体だった。
昨夜の記憶が、ほとんどない。
覚えているのは、亀山社長の怒鳴り声を聞いた瞬間、急に体が熱くなり、そこから意識が飛び飛びになっていることだけだ。
気づけば自宅のベッドで、スーツのまま寝ていた。
(やらかした……絶対にやらかした……)
神悟は震えながらタイムカードを押した。
きっと、あのヤクザのような社長に暴言を吐いて、契約を切られたに違いない。
今日は「クビの宣告」を聞きに来たようなものだ。
「おい、伊集院!!」
事務所に、権田所長の怒鳴り声が響いた。
ビクゥッ!
神悟の心臓が縮み上がり、そのショックで胃酸が逆流する。
「は、はいぃぃっ! すいません! すぐ荷物まとめて出て行きますからぁ!」
神悟は涙目で叫び、頭を抱えてうずくまった。
ドンッ!!
背中に凄まじい衝撃が走った。
権田に殴られた――と思ったが、痛みにしては重い。
恐る恐る顔を上げると、権田がニカッと笑って、神悟の背中をバシバシ叩いていた。
「ガハハハ! 何言ってんだ水臭い! やるじゃねえか伊集院!!」
「……は?」
神悟はポカンと口を開けた。
「さっき亀山社長から電話があったぞ。『昨日の伊集院さんは最高だった』『あんなに骨のある男は久しぶりだ』って大絶賛だ!」
権田は上機嫌で続ける。
「しかも、『今後、ウチの配送は全部伊集院に任せたい』だとよ! お前、あの気難しいジジイに何をしたんだ!?」
「え……あ、あの……焼き鳥を、食べて……」
「焼き鳥だけであそこまで気に入られるかよ! お前、意外と『接待の鬼』だったんだな! 見直したぞ!」
バシバシバシ!!
権田の祝福の張り手が、二日酔いの神悟の背中を破壊していく。
――そして、その衝撃は当然、Wi-Fiに乗って飛んでいく。
同時刻。イエローマートの裏口。
ゴミ出しをしていた早乙女千夏は、突然背中に走った衝撃に「ぐふっ!」と声を漏らし、ゴミ袋の上に倒れ込んだ。
「……あのクソジジイ……! 朝から何させてんだよ……!」
千夏もまた、死んでいた。
昨夜、神悟に勇気を送るために空けたテキーラのボトル。そのダメージがダイレクトに残っている。
それに加えて、神悟自身の「二日酔い」もリンクしているため、今の千夏は「二倍の吐き気」と戦っていた。
ブブブッ。
スマホが震える。
『英雄』扱いされて困惑する神悟からだ。
『お早うございます。なんか、褒められました。僕、昨日何をしたんでしょうか?』
千夏は震える指で返信した。
『知るか。……ただ、あんたは昨日、私の「魂」を使って戦ったんだ』
『感謝するなら、今すぐソルマックと、ウコンの力を転送しろ。……吐きそうだ』
神悟はトイレの個室に駆け込みながら、そのメッセージを見た。
昨夜の熱い感覚が、ぼんやりと蘇る。
自分の意思じゃない、でも確かに自分の体から湧き上がった、あの無敵の万能感。
(千夏さんの……魂……?)
神悟は気づいてしまった。
この「シンクロ」は、ただ痛みを共有するだけの呪いじゃない。
千夏の持つ「度胸」や「強さ」を、僕が借りることができるシステムなんじゃないか?
逆に言えば、僕の持つ何か(・・)も、千夏さんの役に立つ時が来るのかもしれない。
……今のところ、役に立っているのは「僕の給料で買う、ソルマックとウコンの力」だけだが。
神悟はコンビニへ走った。
見えない相棒への、せめてもの差し入れを買うために。
続く




