第92話 ブロックA
丸い窓が、コロの岩肌に並んだ。ブロックAは、南棟の外壁の先、岩が平らに張り出した場所に据えられた。コロに曳いてくるまでに三日かかり、寄せるまでに一日かかった。最後の数メートルを引いたのは、倉庫Bの巻き胴だった。二重の綱が倉庫の大扉から外へ出て、ブロックの曳航金具に掛かり、テツが操作席の把手を、指一本分ずつ押した。ブロックの縁が、コロの接続口の枠に、音を立てずに収まった。
ヴィクが接続口の密閉を確かめ、若い保守員が蓋の裏に書き、テツが署名し、ヴィクが一番下に名前を書いた。ケイは、その紙を、最後に読んだ。
「読んだかい」ヴィクが言った。
「読んだ。字が、四人分ある」
「四人分あれば、一人いなくても、誰かが読める」ヴィクは紙を蓋の裏の留め具に挟んだ。「あんたの字も、その中の一つだよ」
* * *
ユイは、テープの巻きを三つ抱えて、ブロックAの廊下の入口に立っていた。「ここから、延ばすよ」ユイは巻きの一つを、ケイの胸に押しつけた。「持ってて。管理人は、テープ持ち」
「放送は」
「夕方。今日の一通は、もう決めてある。丸い窓の家が来た、って、キサの子が書いてきた」
コロの床のテープは、客の廊下を越え、二本目の口の廊下を越え、六十四人棟の廊下とトバの宿舎の玄関を越えて、南棟の外れまで来ていた。そこから先は、丸い窓の廊下だった。客船の廊下は、コロの廊下より幅が広く、床に古い絨毯の跡が残っている。ユイは膝をつき、絨毯の跡の縁に沿って、白いテープを貼り始めた。
最初に越してきたのは、キサの鉱夫の一家だった。前に、住みたいと言いながら、部屋がなくて乗り換えの客のまま帰った家族だった。父親が荷物の箱を抱え、母親が子供の手を引いて、丸窓の部屋の前で止まった。窓の外に、コロの岩肌と、その向こうの星が見える。
「窓が、丸い」子供が言った。
「客船の窓だからな」父親が言った。「採掘の町には、丸い窓の船は来なかった」
「前に来たとき、部屋がないって言われた」母親が、ケイに向かって言った。責める声ではなかった。「乗り換えの客のまま、帰ったの。あのとき、あの人が、次は窓のある部屋って」
「窓は、ある」ケイは言った。
「丸いのね」
「丸いのしか、なかった」
子供は、黄色いマーカーを受け取って、白いテープの十センチを塗った。はみ出した。母親が笑って、隣の十センチを丁寧に塗った。
その日のうちに、丸窓の部屋に、灯りが幾つも点いた。避難艇のラックの検査も通った。ブロックの底に、客船の救命艇が並んで収まっている。ヴィクの規則どおり、避難の席は、部屋の数より先に増えていた。
「救命艇、古いけど、扉のゴムは替えた」ヴィクは言った。「二号艇のときと同じ目には、遭わせない」
* * *
精算は、食堂の奥の卓でやった。主機を失った分、見込みは痩せていた。船団は、外した部品を売った金を、道具を置いた場所ごとに分けた。タルクは吊った重さで、コマは外した数で、ブンは継ぎ目に最初に入った分を上乗せして。コロの分は、ブロックAそのものを現物で受け取り、残りを金で受け取った。金は、その日のうちにアーチ口座へ入れた。アーチ口座の数字は、倍を越えた。
「主機があったら、三倍だった」トレイの船長が、鉛筆で自分の紙の数字を叩いた。
「あったら、な」ケイは言った。
「なかった分、帰りの荷が軽かった」トレイの船長は鉛筆を耳に戻した。「空荷は嫌いだが、軽いのは、嫌いじゃない」
画面の掌が、指を二本立てた。重さの取り分に、文句はないという意味らしかった。
「付け、払う」コマが、オトの配膳台の前に立った。チョークの『コマ』の下の線が、十日分、増えていた。
「払い終わったら、消す?」オトが言った。
「消さないで。次も付けるから」
オトは、線の横に、丸を一つ描いた。
ブロックBとCは、まだカノンの背骨から切り離しただけで、接続先がなかった。ケイは二つをコロの影の側に寄せ、岩の固定杭に索で留めた。仮の係留だった。人は入れない。電気も空気も通っていない。丸い窓の列が、影の中で暗いまま並んでいた。
ブンが、その晩から見張りに付いた。カンナを影の側に浮かべ、海図を膝に置いていた。ケイは断らなかった。回線の呼び出しも、開けたままにした。
「断らなかったな」ブンが言った。
「断らない」
「年寄りは、覚えがいい奴が好きだ」ブンは回線を閉じる前に、目を細めた。「夜は、俺が起きてる」
* * *
三日目の朝、ケイはハチで、仮係留の索を見回った。ブロックBの索は、杭に掛けたときのままだった。結び目も、張りも、ケイの手の癖のまま。ブロックCに回った。索を辿る。杭から、ブロックの曳航金具へ。金具の輪に、ケイの索が掛かっている。
その横に、もう一つ、鉤が掛かっていた。黒い鉄の鉤だった。コロの物にも、船団の誰の物にも、こんな形の鉤はない。鉤の先は曳航金具の輪の内側に、深く食い込んでいた。鉤の根元から、索が一本、影の側の闇へ伸びている。索の先は、見えなかった。
ケイは回線を開いた。「ブン。夜、何か来たか」
「来なかった」ブンの声は、眠っていない声だった。「灯り一つ、見なかった。……来なかったはずだ」
鉤の表面に、ハチの灯りが映った。削り跡が、鏡のように滑らかだった。
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