第9話 住民募集、ただし部屋あり
「管理人のケイです。コロには、窓があります」
「はい、カット。もう一回。目線、レンズ」
「見てる」
「金属を見てる」ユイが端末の脇から顔を出した。ケイが緊張をやり過ごそうと、レンズの横に置いた留め具の予備が、視線の先に転がっている。爪の形が目に入ると、どうしても指が動く。六回目の撮影で、ケイの目はやっとレンズの中央に来た。ただし、瞬きが止まっていた。「管理人のケイです」
「はい、そこまで。編集で何とかする」ユイはにこりともせず、映像を切った。
三十分後、端末に二つの映像が並んだ。一つは、空き部屋の窓。カメラは低い位置から、窓枠と、その向こうの星を映している。星は大きく、きれいだった。もう一つは、食堂の厨房で、オトが焼きパンを鉄板に押しつける手元が、湯気と一緒に映っている。ケイの出演は、窓の映像の頭に、三秒だけ入っていた。
「結果」ユイが、映像の下の数字を指した。「窓の星は、問い合わせが二件。食堂の湯気は、五件」
「星のほうがいいだろ。どこの家からも見える」
「どこの家からも見えるから、ここじゃなくていいの」ユイは映像を巻き戻し、鉄板の音の部分で止めた。じゅっ、と焼ける音が、端末から食堂に響く。「問い合わせに、音がいい、って書いてあった。音で来る人、いるんだよ。ケイの好きな音だ」
「金属の音のほうが好きだ」
「その金属の音も、撮る?」
「撮るな」六つの空き部屋の話なら、ケイにもあった。蝶番、鍵の噛み合い、寝台の脚の水平。どれも自分で直した。直した物の話は、直した本人にしか面白くない。映像の中では、湯気に負ける。
「広い部屋の映像は」
「広い『予定』を見せるなら、別の回。今日は、いる人と、いる部屋」ユイは、そういう線を引くのが得意だった。人口の欄には、住民だけを数える。来港客は、数えない。
「客を入れれば、二十人になる日もあるだろ」
「数えたら、私が嘘つきになる」
ユイは届いた返事を、一件ずつ読み上げた。『音がよかったので』『パンの湯気で決めました』『窓が普通で安心』。窓の映像に届いた二件目で、ユイの声が止まった。
「『管理人さんの目が、ずっと金属を見ていて、直す人だと分かったので』」
「星より、あんたの目線が効いた」
ケイは袖口で鼻の頭を拭った。六回のやり直しは、無駄ではなかった。耳の後ろが熱かった。
仮押さえは五人になった。三人家族と、一人暮らしが一人。それと、採掘艇で働くという男。船が来る日に合わせて、部屋を選びに来る。ユイは五人の名前を、机の上の付箋に並べて貼った。ケイの名前は、付箋の隅に、小さく書いてあった。
* * *
鉄板の前で、オトが手を止めていた。「パンに大事なのはね、寝かせる時間なんだよ。長すぎてもいけないし、短いと、焼いたとき音がしない。音がしないパンは、味も薄い。昔、宿舎にいた頃に、焼き方を教わって」
「オトさん」
「その人が、窓の外の星を見ながら生地をこねるのが好きで、寝かせ方も、星の見え方で決めてて」
「オトさん、パンは今、焦げます」ユイが鉄板を指した。オトは慌てて鉄板に向き直り、パンを返した。焼き色は、ちょうどよかった。
「ごめん。で、何の話だっけ」
「看板」ケイが答えた。接岸口の扉の脇に、名前が要る。K-441では舌を噛む。皆が呼んでいるのは、コロだった。
作業台に、アルミの薄い板を置いた。工具箱の底から、鉄の文字型のセットを取り出す。工具の識別に使う打刻用のポンチで、カタカナが二文字、直線しかない。コと、ロ。曲がった字は、一つもなかった。「この二文字なら、打てる」
「小さく、K-441も入れてよ。書類の人が探せるように」
「入れる」ケイは板を作業台にクランプで留め、一つ目のポンチを当てた。金槌を振り下ろすと、カン、と高い音が鳴って、板の面に『コ』の縦線が、深く刻まれた。二つ目。三つ目。線と線の角が合った。打つたびに、板の裏から作業台の天板を通って、足の裏へ音が来る。高さが揃っているので、板の裏に浮きはなかった。ユイが、息を詰めて見ている。オトも、パンを焼きながら、目だけこちらへ向けていた。
「ロは、四本」四角を打ち始めた。四本目の線が最初の線の端と合って、閉じた。「四角は得意だ」
「ロゴ、決まった」ユイが、端末を持ち上げた。オトはパンを一つ皿に載せて、二人の間に置いた。「その二文字、パンに押せる?」
「鉄だから、熱には強い。押せる」
「焼き印にしたい。コロパン」
「それは、依頼に数えていいのか」
「数えて。焼きたてで払う」オトが言った。板から目を上げると、コロの二文字が、灯りの下で、打った手の覚えより深く見えた。
夕方、オトは余ったポンチを火の上であぶり、寝かせた生地に押し当てた。焼き上がったパンの背に、コロの二文字が白く浮き出た。ユイが端末で撮り、オトが一つを口に入れ、ケイは、ポンチの先についた焦げを布で拭いた。
看板は、角をやすりで丸めてから、その日のうちに接岸口の扉の脇へ掛けた。子供の顔の高さだった。
最初の問い合わせは、翌朝、コロ宛てに届いた。宛名は『コロの修理屋さんへ』だった。
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