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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第7章 回収屋の小さな船団

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第87話 夜のうちに

 朝、カノンの形が違っていた。


 最初に気づいたのは、コマだった。ヤットコの窓から回線に、短い声が入った。「後ろ。後ろ、見て」


 ケイは座席を起こし、ハチを船尾へ回した。


 カノンの船尾には、昨日まで主機があった。客船を何十年も押してきた、推進の塊だった。背骨の後ろの端に、太い梁で抱えられていた。船団の見込みでは、居住ブロックより、この主機のほうが値が張った。売れる部品が、全部そこに詰まっていたからだ。


 主機のあった場所に、何もなかった。


 巨大な空洞だった。梁が、途中で切られていた。一本、二本、数えていくと、十四本。どの切り口にも、ハチの灯りが丸く映った。航路灯の石で見たのと同じ面だった。溶けた縁がなく、塗装も焦げていない。空洞の縁に沿って灯りを流すと、切られた管の口が、何十も黒く開いていた。空気も水も、もう何も流れていない管だった。


 昨日の夜、ここに、刃が十四回入った。


「……ちくしょう」トレイの船長が、鉛筆を折った音が回線に入った。「帰りの荷の半分が、飛んだ」


「半分より多い」ブンが言った。老人の声は静かだった。


 ケイはハチを空洞の中へ入れた。梁の切り口の一つに爪を当てた。冷たかった。切られてから何時間も経った冷たさだった。灯りを奥へ向けると、空洞の底に、索を掛けた跡があった。太い索が、梁の根元を一周して擦った跡だった。北の溝の杭に巻きついていた跡と、同じ幅に見えた。


「回線、夜中に鳴らしたんだ」ブンが言った。「三回。誰も出なかった」


 通信の記録を開いた。呼び出しは、朝まで切ってあった。夜の真ん中に、カンナからの呼び出しが三つ、並んで残っていた。


     * * *


 昼前に、管轄の巡視艇が来た。灰色の細い船で、船腹に管轄の紋が描いてある。操縦室の映像に、制服の男が映った。四十を過ぎた、髪の短い男で、襟の階級章が一つ多い。


「巡視係長のロクです」男は名乗った。「通報、受けています。状況を」


 ケイは話した。主機が夜のうちに消えたこと。切り口が、航路灯の台座と同じであること。ガルムという船が、下見の日に外板を剥いでいたこと。昨夜、カノンの反対側を灯りが回ったこと。


 ロクは、最後まで聞いた。途中で口を挟まなかった。聞き終えてから、手元の画面を二度、指で送った。


「回収権は、昨日の時点で、あなたがたの船団にあります」


「なら」


「主機が、昨日の時点で、この船に付いていたことを示すものはありますか。写真、記録。付いていた物が、外されたことを示すもの」


 ケイは点検機の記録を画面に呼び出した。下見の日の写真は、外板の剥がれた跡を撮った物ばかりだった。船尾は撮っていない。昨日の作業は、居住ブロックAの付け根だけを見ていた。


「それと、ガルムが持っていったことを示すもの」ロクは続けた。声は平らで、急いでも、面倒がってもいなかった。「切り口が似ている、というのは、あなたの見立てです。灯りが回った、というのは、そちらの方の見立て。ガラ場は漂流物の多い場所で、主機は、係留が切れた日に、先に外れて流れていたかもしれない。私はそう書かれた反論を、何度も受け取っています」


「流れた物に、刃は入らない」


「職人の方は、皆そうおっしゃいます」ロクは画面を閉じた。「証拠を持ってきてください。私は、それがあれば動きます。なければ、動けません」


「ガルムの船倉を、見てくれ」ケイは言った。「見れば、ある」


「船倉を開けさせるには、紙が要ります。紙には、探す物の番号が要ります」ロクの目が、初めて画面のこちらをまっすぐ見た。「主機の番号を、ご存じですか」


 知らなかった。客船の主機の刻印がどこにあるのか、見たこともなかった。見る前に、なくなった。


 巡視艇は、カノンの周りを一周して、去った。ガルムの影は、どこにもなかった。


     * * *


 午後、ケイは点検機の灯りを三つとも点けて、カノンを端から撮った。


 居住ブロックA、B、C。背骨。船首。剥がされた外板の跡。空洞になった船尾も、梁の切り口を一本ずつ、裏から撮り直した。昨日までに撮っておくべき物だった。撮っても、空洞に主機は戻らない。それでも、今日ここに何が付いているかは、今日のうちに残せる。


「そこ、撮り忘れ」ヤットコの窓から、コマが言った。ブロックCの底に、小さな排気口が並んでいる。「あたしなら、先にそこの金具を持ってく。小さいけど、高いから」


「撮る」


「撮るだけ?」


「今日は、撮るだけだ」


 コマは返事をせずに、ヤットコの灯りをブロックCの底へ向けて、点検機が撮りやすい角度で止めていた。


     * * *


 その晩、船団の窓が回線に並んだ。誰も、取り分の話はしなかった。卓に並べた道具のうち、いちばん値の張る物を置く場所が、図の上から消えていた。


 頭の中で、数えた。数えるのをやめようとして、やめられなかった。主機が消えた分、見込みの取り分は、半分近くまで痩せる。トレイの帰りの荷。コマの付けの払い。オトの包み。


「俺が、夜は休むと決めた」ケイは言った。「呼び出しも、切った」


 誰も、それに答えなかった。サワが魚を一匹、天井から外して、また掛け直した。


「今夜から、見張りを置く」


「置くなら」ブンが、老眼鏡を外して、布で拭いた。拭き終えて、掛け直してから、言った。「見張りは、年寄りの仕事なんだよ。次は、断るな」


読んでいただきありがとうございます!

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