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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第7章 回収屋の小さな船団

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第83話 有資格者が一人

「持ってるよ」ヴィクは、盤の蓋の裏を拭きながら言った。「残圧の点検の資格なら、二十年前から」


 窓棟三号の電気室だった。蓋の裏には、ヴィクの太い字と、それを真似た若い保守員の細い字が、交互に並んでいる。型番、日付、理由。扉の横に、札が一枚。『盤は保守員が触る ケイは触らない ヴィク』。若い保守員は脚立の上で、天井の配線の束に新しい番号札を巻いていた。


「なら、名簿に書いてくれ」


「書く。応札の名簿には、私の名前を書く」ヴィクは布を畳んだ。「作業の日も、一日だけなら出る。二日目からは、出ない」


「ガラ場まで、往復で四日だ。作業は十日はかかる」


「だから、一日だけ」ヴィクは蓋を閉め、留め具を指で順に押した。「設備主任が岩を二週間空けたら、何が起きると思う。盤がおかしくなった夜に、誰に聞くか分からなくなる。分からなくなった人は、自分で開ける。開けるのは、たいてい、あんただよ」


 ケイは札を見た。自分の名前が書いてある。脚立の上で、若い保守員の手が止まっていた。


「ここの仕組みは、私が居て回るところまでしか、まだ出来てない。あの子の字が、私の字の横に並ぶところまで」ヴィクは顎で脚立を示した。「私の資格を、ガラ場で使い潰すのは、あんたの星のためにならない」


「なら、有資格者を雇う」


「雇ったら、取り分が七つから八つになる。コマが怒るね。それに、雇った人は、入札が終わったら帰る。帰ったあとで、残圧の残った物は、この岩にも来る」


 言い返す前に、戸口で声がした。


「僕が、取ります」


 テツが、点検機を胸に抱えて立っていた。いつから聞いていたのか、耳の先が赤い。


「ナバで、九日後に筆記があります。通ったら、次の実技の枠が、たぶん二十日のうちに回ってきます。実技は、試験機の中を点検機で見る形式です。いつもやってることなので」


 ヴィクが、布を持ったまま、テツを見た。「残圧容器。抜く順番」


「表示を読む。表示を信じない。圧力計を自分の物に付け替える。逃がし弁の先を、人のいない向きへ。電源の側から切り離して、最後に弁」テツは点検機を抱えたまま、一息で言った。「抜いたら、針が零で十分待つ。戻ってこないのを見てから、署名」


「戻ってきたら」


「最初から」


「署名の書式」


 テツの口が、そこで一度止まった。「……日付、容器の番号、抜いた圧、立会い。立会いの欄が、どこに来るか、いつも忘れます。上か、下か」


「下だよ」ヴィクは布を棚に掛けた。「一番下。立ち会った人は、最後に名前を書く。書いたら、その後は書き足せない」


 テツは頷き、口の中で「下」と繰り返した。脚立の上の若い保守員が、番号札を巻き終えて、そっと降りてきた。ヴィクはまだ、テツを見ていた。止めも、許しもしない顔だった。


     * * *


 応札の書類は、その夜のうちに出した。点検者の欄に、ヴィクの名前。その下に、ユイが一行を足した。『交代予定 テツ(受験中)』


「受験中って書くと、落ちたとき恥ずかしくない?」ユイが言った。


「落ちたら、消す」


「消した跡、残るよ」


「残していい」ケイは送信を押した。


 テツの部屋の戸は、半分開いていた。壁は、一面、写真だった。


 どれも、点検機で撮った物だった。冷凍庫の脚の裏。窓棟の昇降台の床下。避難艇の蝶番。一枚ずつ、灯りの位置を変えて撮り直してある。同じ場所の写真が三枚、四枚と並び、そのどれにも、影が写っていた。脚の内側の影。留め板の陰。セト配送所で、拾えなかった角度ばかりだった。


「整理はしてあります」テツが寝台から立った。「上の段が、灯り一つ。次が二つ。下が三つです。三つでも消えない影は、右の端にまとめました」


 右の端には、七枚あった。


「毎晩、見てるのか」


「毎晩ってほどじゃないです。寝る前に、ちょっと」テツは点検機を机に置き、置いた位置を指で直した。「あの、筆記は、規則のところが厚いんです。残圧容器の分類と、抜く順番と、署名の書式。書式が一番出るって、ナバの講習の人が言ってました。講習は、半年前に一回受けてて、そのときの紙もあります。あと、ナバの試験場の食堂、揚げた魚が安いんです。安いけど、骨が多くて、試験の前に食べると喉に刺さるって有名で、僕は食べなかったんですけど、隣の人は食べてて、その人、試験の途中で水をもらいに行って、それで」


「テツ」


「はい」


「揚げた魚の話は、いま要るか」


 テツは口を閉じた。壁の写真を見た。右の端の七枚を、一枚ずつ見ていった。机の上の点検機の向きを、また指で直した。直す必要のない向きだった。


 ケイは待った。急かす言葉を探すより、手を膝に置いておくほうが、まだ上手くできた。廊下の奥で、誰かが夜の皿を洗う音がしていた。


「……半年前の講習は、受験の講習でした」テツの声が低くなった。「僕、一回、落ちてるんです」


読んでいただきありがとうございます!

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