第81話 消えた航路灯
航路灯の石は、ハチの灯りの中で、ゆっくり回っていた。
差し渡しがハチを二つ並べたほどの、灰色の岩だった。ナバからコロへ入る線の上には、同じくらいの石が間を揃えて浮かべてあり、その一つ一つに、灯りの台座が四本のボルトで留めてある。昨日の帰り、エマがポルカの操舵室の窓から指した位置がここだった。点滅は、岩の肌ごと消えていた。
ケイは石の回転に合わせてハチを回し、台座のあった面を正面に据えた。ボルトは岩に刺さったまま残っている。頭のすぐ上で、台座の脚が切り落とされていた。四つの断面は、同じ高さに並んでいた。
右の爪の先で、断面の一つを撫でた。ゴムの当て板越しに、何も引っかからない。灯りを当て直すと、断面にハチの灯りが丸く映った。黄色い艇体の端まで、小さく映り込んでいる。溶けた縁の盛り上がりがない。焦げた塗装の輪もない。脚の根元に残った塗料は、塗ったばかりの色をしていた。
「焼いてないな」
「何が」通信の向こうで、エマが言った。ポルカはナバ側の三つ先の石の横で、速度を落としたまま浮いている。客を乗せた船は、灯りの抜けた区間を普段の速さで通らない。窓に、乗り換えの客の顔が幾つか並んでいた。
「切ってる。熱を入れずに、一回で。脚は全部、同じ高さだ」
「壊れたのと、違うのね」
「壊れた物は、こんな面にならない」
ケイは腹の物入れから巻尺を出し、爪に挟ませて、ボルトの頭から断面までを測った。どれも、指の関節一つ分。刃を当てる高さを先に決めて、そこから一度も迷っていない。台座の本体は、石のどこにも残っていなかった。反対側に回ると、岩肌に細い擦り傷が二本、平行に走っていた。平たい物を、ここから引き剥がして滑らせた跡だった。
隣の石まで、ハチを流した。こちらの灯りは生きていて、一定の間で白く瞬いている。台座の脚に、小さな金属の札が鋲で打ってあった。刻印の番号が、瞬きのたびに浮かんで消える。末尾は十七だった。その先の石の札は、十九。消えた一つの番号は、札ごと持っていかれていた。
「管轄には、私から出した」エマの声は乾いていた。「灯りが戻るまで、この区間は半分の速さ。ポルカは毎回、十二分遅れる。マズルカもガボットも、コロで私を待つ。十二分待たされる乗り換えに、客は次から時刻を合わせてくれない」
「十二分か」
「あなたの港の前の線よ」
「分かってる」ケイは十七の札を写真に収め、それから切り口に戻って、断面を一つずつ撮った。どの写真にも、ハチの灯りが写り込んでいた。
* * *
食堂の掲示板の前に、ユイが画面を立てていた。管轄からの告知が一枚、大きく映っている。昼どきで、皿を持った人が画面の前で足を止め、読んで、席へ戻っていく。乗り換え待ちのキサの鉱夫が、子供を抱き上げて字を読ませていた。
「おかえり。石、どうだった」ユイは画面の角を指で押さえたまま、振り向いた。
「石は残ってた。灯りがない」
「灯りだけ持ってく人、いる?」
「いた」ケイは画面を見上げた。
告知には、白い船が写っていた。退役した客船だった。船体は細長く、背骨に荷を吊るしたように、箱形の膨らみが三つ並んでいる。膨らみの側面には丸い窓がびっしり開いていて、どの窓も暗い。古い船が流れ着くガラ場という宙域で、係留が切れて漂っているという。
『退役客船カノン 回収権入札のお知らせ』
「居住ブロックが三つ」ユイが指で膨らみを順に叩いた。「一つ百二十人。窓、数えたら一個に百十二あった。ねえ、一個ちょうだい」
「入札だ。拾う権利を、札で取る」
「じゃあ取って。夕方の放送で、もう言っちゃおうかな。丸い窓の家が来るかもって」
「条件を読んでから言え」
ユイは口を尖らせて、画面の下の細かい字を拡大しにかかった。ケイは卓の端に腰を下ろし、端末に航路灯の断面を出した。オトが皿を一枚、何も言わずに端末の横へ置いていった。肉を葉で巻いた、いつもの昼だった。
ヴィクが湯呑みを持って、隣に座った。画面を覗き込む。一枚目を見て、二枚目を指で送り、三枚目で止めた。
「刃は、何を使ったと思う」
「分からない。俺の持ってる物じゃ、この面は出ない」
「私のでも出ない」ヴィクは断面の拡大に、太い指を当てた。「脚の横の塗装、見な。熱が一つも回ってない。この高さで脚を合わせるのに、仮止めの跡もない。暗い中で、灯りの台座を、灯りを点けたまま切ってる」
「点けたまま」
「消してから切ったら、手元が見えないだろ。瞬く灯りの下で、瞬きの間に刃を進めてる。私なら、一本目で手が震える」
ケイは断面に映った自分の艇の灯りを見た。切った人間も、同じ位置で、自分の灯りを映して見ていたはずだった。刃を抜いたあとで、面の出来を確かめるくらいの余裕はあっただろう。どの脚も、同じ出来だった。
「札ごと持っていってるね」ヴィクが、十七の札の写真に指を移した。「番号の付いた物は、売る前に消す。消すなら、ゆっくり消せる所でやる」
「で、どう見る」
ケイは巻いた肉を一口かじって、飲み込んでから答えた。
「腕がいい。いい奴じゃない」
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