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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第6章 港より先に、航路を売る

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第79話 紙で出す

 提出の書類は、卓の上で、七つの山になった。


 一つ目の山は、乗り継ぎの記録だった。マズルカとガボットとポルカの、便ごとの時刻と、乗った客の数と、降りた客の数。ユイが、便の一つ一つに赤い丸を付けてある。赤い丸のない便が一つだけあった。三時間待たせた、最初の便だった。ユイは、そこだけ丸を付けずに、細い横線を引いていた。


「消さないの」ケイは聞いた。


「消さない。消したら、嘘の紙になる」ユイは横線の上を、指でなぞった。「それに、次の便から全部丸でしょ。横線が一本あると、丸が丸に見える」


 二つ目の山は、オルカ船舶の条件付きの契約。三つ目は、トバの職員の移住の申し込み。トキの名前が、一番上にあった。四つ目は、ホタの荷主たちの出荷の契約。契約を切って戻ってきた男の名前が、二枚目にある。五つ目は、コロの避難と容量の検査の合格書。ヴィクの字が、全部の余白に入っていた。六つ目は、人の数の推移だった。


 ケイは六つ目の山を、手の中で持ち直した。厚みは、エマの切符の束の三倍あった。


 購入の日の朝、黒い線は扉の敷居を越えて四区画延びた。今は、そこから二十メートル先まで延びている。角を曲がり、北宿舎の東の廊下の、新しい口の手前まで。紙の上の数字は、その距離を人の数に直しただけのものだった。


 七つ目の山は、写真一枚だけだった。


「これ、要る?」テツが、写真の端を摘まんで持ち上げた。「規則の書式には、写真の欄、ないですよ。僕、読みました。全部」


「要る」ユイが写真を取り返した。「シノさんは、物を数える人でしょ。だったら、数えられる物を見せる」


 写真は、床のテープだった。食堂の入口から、旅客の廊下を通って、扉の敷居を越え、客の廊下を越えて、角を曲がり、北宿舎の東の廊下へ入り、新しい口の手前まで。黄色が、途切れずに延びている。その下に、黒い細線。線は、途中から、知らない靴の跡で、ところどころ擦れていた。


     * * *


 資産課の部屋の前の廊下で、扉が内から開いた。出てきたのは、ラズだった。灰色の上着の脇に、薄い紙の束を一つ抱えている。ケイの腕の七つの山を見て、ラズは足を止めた。


「重そうですね」


「重い」


「私の紙は、これだけです」ラズは脇の束を、指で軽く叩いた。「分解の値は、紙一枚で足ります。使い道の紙は、何枚あっても足りない。そういうものです」


「待ってるのか」


「ええ。後ろで」ラズは一礼した。「待つのは、得意です。あなたの岩の百八十日も、待ちました」


 ラズは廊下を歩いていった。革靴が、樹脂の床の継ぎ目を、一つも踏まなかった。


 資産課の会議室の窓には、今日もアーチの脚が白く斜めに走っていた。


 シノは、ケイが持ってきた七つの山を、机の上に一つずつ移した。一つ目の山を、一枚ずつめくる。赤い丸と、一本の横線。シノの指が、横線の上で止まった。


「この便は」


「三時間、待たせた」ケイは言った。「環が冷えて縮んだ。違約金を満額払った。次の便から、影の時間に試験をしてる」


 シノは頷きもせず、次の紙をめくった。


 めくる手は、速くも遅くもなかった。一枚ごとに、同じ時間だけ目を止める。オルカ船舶の予約金の欄で、シノは紙を裏返し、裏に何も書いていないことを確かめた。トキの名前の上で、指が止まらなかった。止まらずに、次へ移った。


 七つ目の写真を、シノは長く見た。


「これは、書式の外です」


「分かってる」


「書式の外のものは、評価の対象になりません」シノは写真を、山の一番上に置き直した。「けれど、書式の中の数字と、写真の長さが合っているかどうかは、確かめられます」


 シノは、定規を出した。写真の隅に写し込んだ縮尺の目盛りに合わせてから、黄色の長さを測る。十センチが一人分。測った長さを、六つ目の山の数字と並べた。


「合っています」


 ケイは、膝の上で握っていた指をほどいた。掌に、七つの山を抱えてきた紐の跡が、赤く二本残っていた。


 シノは、書類の山を一つにまとめ、表紙を付けた。表紙に、受理の印を押す。印を押す手は、紙をめくる手と、同じ速さだった。


「利用の見込みを、受理します。トバ保守港の運営会社は、アーチの一体引き取りについて、あなたに優先交渉権を付与します」シノは紙を読む声で言った。「条件。最終期日は四百日目。それまでに、本体の代金と、曳航の計画を。どちらかが欠ければ、交渉権は失効します。分解売却の申し入れは、取り下げられていません。あなたの後ろに、残ります」


 ケイは、机の端の、別の紙の束を見た。表紙に、ラズの会社の名前がある。橙色の付箋が一枚、端から覗いていた。


「後ろ、か」


「後ろです」シノは、ケイの山の上に、ラズの山を重ねなかった。机の反対の端に、並べて置いた。


 ケイは受理の控えを受け取った。紙は、一枚だった。一枚にしては、手の中で重かった。


「ありがとう」ケイは言った。礼の言い方は、ここでも下手だった。


 シノは、礼に返事をしなかった。受理の控えの写しを引き出しに収めてから、顔を上げた。


「優先は、所有ではありません」


読んでいただきありがとうございます!

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