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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第6章 港より先に、航路を売る

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第73話 乗り換えの客

「客の部屋は、客の部屋!」


 ユイの声が、北宿舎の東の廊下に響いた。放送室の声より、一段高かった。ケイは工具箱を持ったまま、角を曲がったところで足を止めた。


 廊下の突き当たりで、ユイが扉の前に立ちふさがっていた。扉の札には、『客室 四』とある。その前に、キサの鉱夫の一家が立っていた。父親と母親と、子供が二人。父親は、三時間待たされた日にマズルカに乗っていた男だった。額の包帯は、もう取れている。


「住みたいって言ってるの。気持ちは分かる。私だって、住みたい人は全員住ませたい」ユイはケイを見つけて、手を振った。振った手で、そのまま札を叩いた。「でも、ここは客室。乗り継ぎの人が泊まる部屋。今週だけで、九人泊まった。来週は十二人。この部屋を住む部屋にしたら、来週の十二人は、どこで寝るの」


「廊下で寝る」父親が言った。「キサの宿舎より、ここの廊下の方が広い」


「廊下は駄目。避難の通路だから」ユイは即答した。「ヴィクさんに殺される」


 ケイは工具箱を床に置いた。父親の後ろで、下の子が、廊下の床のテープを指でなぞっていた。黄色の縁と、黒い線。線は、この廊下の途中で、止まっている。


「空いてる部屋は」父親がケイに聞いた。


「ない」ケイは言った。「住む部屋は、埋まってる。客室は、客の分しかない」


「医者が月に一度来る。船が七日に何本も出る。ここに住めば、あいつを」父親は、下の子の頭に手を置いた。「三つ先の港まで、貨物船の空き座席を待たずに済む」


 ユイが、札を叩く手を止めた。


「ケイ。客の部屋と、住む部屋。どっちが先?」


「住む部屋を増やす」


「どこから」


 ケイは答えずに、客室四の扉を開けた。中は、二段ベッドが二つと、小さな卓が一つ。窓が一つ。窓は、コロの外の星を向いていた。カーテンは掛かっていない。


「今夜は、ここに泊まってくれ。客として」ケイは言った。「料金は、客の料金だ」


「払う」父親は言った。


     * * *


 食堂では、オトが献立の板を書き直していた。


 板の上の段に、ホタの葉の名前が三つ増えていた。縮れた葉、赤い筋の葉、根の太い菜。下の段に、キサの塩が加わっている。鉱夫たちが、岩の中から掘り出した結晶を、砕いて持ってきた物だった。粒が粗く、灰色がかっている。


「この塩はね、焼く前に振ると駄目。焼いてから振る。焼く前に振ると、肉の汁が逃げる。焼いてから振ると、噛んだときに、ガリッて鳴る。ガリッて鳴る肉は、鳴らない肉より、一口多く食べられる。私の計算では」オトは板に、肉の絵を描いた。絵の横に、小さく『ガリッ』と書き足した。「ホタの葉は、汁物に入れると色が抜ける。だから最後に乗せる。乗せたら、すぐ出す。すぐ出さないと、葉が萎れて、ホタの人が悲しい顔をする。悲しい顔で食べる葉は、まずい」


「献立の話か」ケイは言った。


「献立の話。全部、献立の話」オトはチョークを置いた。「で、部屋の話は、ケイの話」


     * * *


 夕方、ケイは修理ベイの壁から、カーテンを一枚外してきた。


 壁に釘で掛けたまま、何十日も経っていた。窓の形をした布の下に、ケイの字の札が下がっている。『窓の合う人、募集。代金は相談』。窓棟二号から出ていった家族が、捨てていいと言って置いていった物だった。布の真ん中には、元の窓の桟の跡が、薄い線になって残っていた。


 客室四の窓に、当ててみた。


 幅が、ぴたりと合った。丈も、窓の下の縁で止まった。窓棟二号の窓と、北宿舎の窓は、同じ払い下げの型だった。ケイは金具を留めて、カーテンを掛けた。薄い青だった。桟の跡の線が、この窓の桟と、ずれずに重なった。星が、布の向こうで滲んだ。


 母親が、戸口で、それを見ていた。


「代金は」


「相談だ。出ていった家族と」ケイは札を外して、母親に渡した。「連絡先は、ユイが持ってる」


 母親は札を受け取って、裏返した。裏には、何も書いていなかった。母親はポケットから鉛筆を出して、そこに一行、書き足した。『窓の合う人、見つかりました』。字が大きかった。


     * * *


 夜、ユイが修理ベイに来た。


「キサから、あと三家族、住みたいって。ホタからも、二人。船の人から聞いた」ユイは、ケイの作業台の端に腰を掛けた。足をぶらぶらさせる。「乗り継ぎの客が、泊まって、見て、帰って、話すんだって。『あそこは、何もないけど、医者が来る』って。何もないって言われるの、私、ちょっと嬉しかった」


「嬉しいのか」


「うちは何もない。でもここにある」ユイは、自分が番組で言った台詞を、自分で言った。言ってから、足を止めた。「で、部屋、どこから持ってくる?」


 ケイは、上着の内ポケットに手を入れた。


 指に、紙が触れた。何度も折った紙だった。取り出して、作業台の上に広げる。折り目が、写真の真ん中を十字に通っていた。


 リムの保守施設の、大きな棟の写真だった。窓が二列、並んでいる。六十四人分。賃料はコロより三割安い、と書いてある。購入より前に、出ていかずに残った住民の父親が持ってきて、ケイが預かったまま、返しそびれた紙だった。


読んでいただきありがとうございます!

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