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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第6章 港より先に、航路を売る

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第71話 冷える時間に試す

 ケイは、謝りに行く前に、隙間ゲージを取りに行った。


 修理ベイの壁の工具板から、薄い鋼の葉を束ねた道具を外す。葉の一枚一枚に、厚みが刻んである。いちばん薄いのは、紙より薄い。ポケットに入れて、それから北宿舎の東の廊下へ歩いた。マズルカの客は、客の部屋に泊まっていた。ケイは扉を一つずつ叩いて、頭を下げた。包帯の男は、扉を開けて、ケイの顔を見て、閉めた。閉める前に、小さく頷いた。


     * * *


 影の時間まで、あと三時間あった。ケイはハチで新しい口の外へ出た。環の外周に灯りを当て、船の接続輪が当たる面に、ハチの指で隙間ゲージの葉を差し込む。日の側では、いちばん薄い葉が、入らなかった。二番目も入らない。環と、試験用に借りた当て輪が、ぴたりと合っている。ケイは記録を取って、そのまま待った。


 コロが回る。北の稜線の向こうへ、星の光が消える。溝の口の岩肌が、黒くなる。ハチの外の温度計が、見ている間に下がっていった。環の外周を指で撫でると、指の付け根の温度計の数字が、日の側の半分以下に落ちていた。


 一時間後、もう一度、葉を差した。いちばん薄い葉が、すっと入った。二番目も入った。三番目で、止まった。


 ケイは座席の中で、葉の束を持ったまま動かなかった。影の側で、環が縮む。縮んだ分だけ、パッキンが船の輪から離れる。日が戻れば、元に戻る。二回目の試験に『十二時間後』とあったのは、据付けた時と違う温度で、もう一度見るためだった。コロには、影の時間が来る。手順書は、それを時間の数字でしか書いていなかった。


「……冷えるのか」


 通信に言うと、ヴィクが画面の向こうで、ペンを置いた。


「トバのアーチの中は、昔、保温されてたからね。あっちで使ってた環は、冷えるのを知らない」ヴィクは言った。「縮むなら、温めな。外周に保温帯を巻いて、盤から一系統。電気は私が見る。巻くのは保守員」


「俺が巻く」ケイは言った。指が、もう工具袋の留め具に掛かっていた。


「あんたは見てな」


「俺の環だ」


「あんたの環に、あんたしか知らない巻き方をされたら、次に冷えた日に誰が直すんだい」ヴィクは画面の向こうで、指を一本立てた。「保守員が巻いて、保守員が蓋の裏に書く。あんたは、巻くところを見て、間違ってたら黙ってな。本人が気づくまで」


「気づかなかったら」


「そのときは、言いな。一回だけ」ヴィクは指を下ろした。


     * * *


 保温帯は、若い保守員が巻いた。ハチが保守員を乗せた作業籠を支え、保守員が、環の外周に帯を一周させて留めていく。ケイの手は、籠の支えにだけ使った。帯を留める手つきを、横で見ていた。一周目の継ぎ目が、ずれていた。ケイの指が、籠の縁で一度動いて、止まった。保守員は自分で気づいて、留め具を外し、やり直した。


「……ずれてました」保守員は、帯の端を押さえたまま言った。「見てましたよね」


「見てた」ケイは籠の支えを動かさなかった。支えの先で、帯の端が、まだわずかに浮いていた。


「言わないんですね」


「一回だけ言っていいと言われてる。まだ使ってない」ケイは籠の支えを握り直した。保守員の肩が、ヘルメットの中で揺れた。笑ったのだった。


 二回目の試験は、影の時間にやった。テツが紙を持ち、ヴィクが電源を入れ、保温帯が温まってから、圧を掛けた。針は白い線を越えて、止まり、下がらなかった。


 霜は、付かなかった。影の側で、環だけが、ハチの灯りの中で鈍く光っていた。ケイは灯りで、その縁を一周なぞった。どこにも、白い物は付いていない。


 保守員が、新しい口の制御盤の蓋を開けた。蓋の裏に、ペンで書き込む。頭灯の光で読める大きさで。


『密閉試験は影の時間に。二回。理由:環が冷えて縮む。保温帯を入れてから』


 最後に、日付を書いた。テツがその横に、試験の紙の番号を書き足した。二人の字が、蓋の裏で並んだ。


 違約金は、運転口座から払った。二便分、満額。エマの請求書は、朝のうちに届いていて、支払いの欄の下に、『受領後、控えを返送のこと』とだけ書き添えてあった。


     * * *


 ホタへは、ガボットに乗って行った。契約を切った荷主は、港の端の倉庫で、傷んだ箱を積み上げていた。葉は、箱の中で黒く縮れていた。根菜は、まだ持ちそうだったが、一緒に積まれた葉の汁で、表面が湿っていた。荷主は四十過ぎの男で、爪の間に土が入っていた。


「捨てる前に、見に来たんですか」男は箱から目を上げなかった。軍手の指先が、葉の汁で黒く染まっていた。


「運びに来た」ケイは言った。「捨てる場所まで」


 男は、ケイの顔を見た。ケイは箱を一つ持ち上げた。濡れた段ボールの底が、手の中で柔らかく沈んだ。持つ場所を変えて、両手で底を支え、倉庫の奥の処分口まで運んだ。戻って、次の箱を持った。七つ目で、男が口を開いた。


「そっちの港の口は、直ったんですか」


「直した。冷えると縮んだ。温めてある」ケイは箱を下ろした。「次の便から、保冷箱を貸す。三十個。無料だ。返すときに洗ってくれればいい」


「船賃は」


「変わらない。船賃は、船の物だ」


「船長に値切れと言っても、無駄ですか」


「無駄だ」ケイは言った。「俺も、値切って断られた」


 男の口の端が、わずかに動いた。男は残った箱の山を見て、それから、ガボットの船腹の方へ目をやった。船腹に、ホタの港の印が、雑に貼ってあった。


「箱は借ります」男は言った。「契約は、次の便を見てから」


 男は軍手をはめ直して、箱の山の反対側へ回った。ケイが持ち上げた八つ目の箱の底を、言われる前に下から支えた。


読んでいただきありがとうございます!

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