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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第6章 港より先に、航路を売る

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第67話 どこに口を開けるか

 ハチの灯りを消すと、コロの北側は、岩の形だけになった。


 星の光が、稜線の縁を細く光らせている。その下は、黒い。ケイは灯りを一つだけ点け直し、ゆっくり岩肌に沿って流した。凹み。張り出し。古い掘削の跡が、鱗のように重なっている。丸い口のある南側と違って、こちらの岩は誰にも手を入れられていなかった。


「そこは駄目だ」ヴィクの声が、通信に入った。「盤から遠い。枝を引くと、北宿舎の下を抜けることになる。与圧の監視線と電源の幹線が、同じ溝を通る。あんたがそれを嫌がる顔、今から見える」


「嫌がる」


「なら、もっと東」


 ケイはハチを東へ滑らせた。岩肌が、急に落ち込む。溝の口だった。旧採掘の溝が、コロの北の腹に細長く切れ込んでいて、その入口の両壁に、錆びた固定杭が並んでいる。杭は等間隔で、どれも岩から腕一本分ほど突き出していた。昔、採掘艇を繋いだ杭だ。


 ハチの右の指で、手前の一本を掴んだ。握り込んで、揺する。動かない。指の付け根の荷重計が、じわりと上がって止まった。岩の奥まで、杭の根が入っている。


「ヴィク。溝の口の、東の壁」


「待ちな」画面の向こうで、紙をめくる音がした。「……北宿舎の盤から、三十メートル。枝は一本で届く。循環の戻りも、宿舎の既設に抱かせられる。杭は」


「生きてる。三本、掴んだ。三本とも動かない」


「環の支えに使えるなら、架台を一から組まなくていい」ヴィクの声が、半音上がった。機嫌がいいときの高さだった。「そこにしな。私の都合と、あんたの都合が、珍しく同じ場所にある」


 ケイは杭と杭の間に、ハチを止めた。岩肌は、ここだけ平らに削られている。削った誰かも、ここに何かを付けるつもりだったのかもしれない。


     * * *


 環は、トバで買った。


 シノの資産課が、閉鎖で外す接岸環の一覧を送ってきていた。ケイは、その一覧を開く前に、別の画面を二つ閉じた。ナバの解体場の中古。リムの払い下げ。どちらも安かった。一つは、径が指二本ぶん大きい。もう一つは、座金の穴の数が違う。当て板を挟めば付けられる。どちらも、付けられる。


 指が、安い方の画面へ戻りかけた。ケイは端末を伏せて、天井を見上げた。修理ベイの天井には、配管が三本、平行に走っている。一本だけ、ほかより新しい。自分が継いだ管だった。


 安いから買う人は、安いから手放す。シノの声が、紙を読むような平らさのまま、耳の奥に残っていた。


 トバの一覧の三行目に、コロの岩の厚みに合う環があった。径も、座金の穴も、杭の間隔に合う。値段は、ナバの中古の倍近い。正規の値で、値引きの欄はなかった。


 申込みの前に、シノへ通信を入れた。画面に出たシノは、読みかけの紙に指を挟んだまま顔を上げた。


「規則から申し上げます。閉鎖設備の払い出しは、現状のまま。保証は付きません。据付に所有者の人員は出しません。引き渡しは、そちらの船で、こちらの港の外まで」


「値段は、一覧のとおりか」


「一覧のとおりです。交渉の欄は、ありません」シノは紙を一枚めくった。「一つだけ、規則の外のことを申し上げます。この環は、アーチの第三整備区画で、十一年使っていました。外すのは、トキです」


「トキが外すなら、傷の場所が分かる」


「傷の場所は、紙でお送りします」シノは言った。「結論は、紙で」


 通信が切れたあと、ケイは申込みの欄に数を入れ、運転口座から払った。口座の数字が細くなるのを、目で追わずに端末を閉じた。


『受理しました。引き渡しは十日後。据付の図面は、所有者の側では用意しません』シノの返事は、それだけだった。


「用意しない、って書いてあるね」ユイが肩越しに覗いた。


「用意してあったら、驚く」


     * * *


 十日後、ボウが環を曳いてきた。


 輪は、ハチを二台縦に並べたより大きかった。外周に、据付用の爪が十二、等間隔に付いている。ボウの船体の腹に吊られて、輪は、ゆっくり回りながら近づいてきた。


「これ、請求は重さ? 径?」サワの声が笑っていた。


「重さで出せ」


「径で出すとね、うちの船が三隻分」


 ケイはハチの腹から、磁石の目印を取り出した。赤い円盤で、裏に磁石が埋めてある。岩肌に、環の外周の円を写す。爪の位置に、一つずつ貼る。一つ目を貼った。岩に鉄分があって、磁石は、指を離しても落ちなかった。二つ目。三つ目。四つ目の位置に、固定杭の一本が重なった。目印を杭の根元へずらすと、円がわずかに歪む。ケイはハチを一度引いて、全体を見た。歪みは、杭の太さの半分もなかった。


 十二個目を貼り終えると、闇の中に、赤い点が円を描いていた。三十二人棟の置き場を決めた夜にも、同じ目印を岩に貼った。あのときは、一つ貼るたびに間隔を測り直した。今日は、一回で決まった。


「円、見えてるよ」ユイの声が、放送室の回線から入った。背後で、番組の音楽が小さく鳴っている。「ねえ、その口、中から見たら、どこにつながるの」


「北宿舎の東の廊下。突き当たりに、倉庫が一つある」


「倉庫の上は」


「古い監視室。窓がないから、誰も住んでない」


 一拍、間があった。ユイが何かを書きつける音がした。


「放送室、ここの上にして」


読んでいただきありがとうございます!

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