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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第5章 港ごと、いくらだ

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第58話 手の内

 シノの返事は、紙で届いた。


 正確には、紙の形をした文書だった。署名欄があり、日付があり、資産課の印が刷られている。修理ベイの作業台の上で、それを開いた。ヴィクとテツが、両脇から覗いた。


 一枚目。『一体引き取りの申込み(主構造のみ・分割)について、受け付けないことを通知します』。理由は三行だった。付属品を引き取らない場合、それを別途処分する費用が当方に生じる。分割払いの担保がない。利用の見込みが記されていない。


「全部、当たってる」ヴィクが言った。


 返事をせずに、二枚目をめくった。


 二枚目は、ラズの会社の改訂案の要旨だった。申込者全員への開示、と欄外に小さく刷ってある。主構造は、鉄として重さで。そこまでは前と同じだった。変わったのは、整備腕だった。『稼働可能な整備腕二本は、関節および駆動系が良好な状態にあることが第三者の調査記録により確認されているため、他港への移設を前提とし、一体の設備として評価する』。固定架の爪も、『右列、左列とも、関節の動作が確認されている』。


 評価額が、上がっていた。前の案より、はっきりと。


 添付の図面を開いた。アーチの全体図。その上に、橙色の線が引かれている。前と同じ場所に、同じ手つきで。そして線の横に、赤い丸が並んでいた。


 一本目の腕に、赤丸。二本目の腕に、赤丸。右列の爪に、赤丸が十二。左列にも。


 ケイが床に膝をついて付けた丸だった。形まで同じだった。二本目の腕の丸は、一度ペンを止めたせいで、始まりと終わりが重なっていない。その隙間まで、写っていた。


「第三者の調査記録」テツが小さく読んだ。「……ケイさんのですよね、これ。第三者って、ケイさんのこと第三者って言ってますよ。ケイさん、第三者じゃないですよね。買う側ですよね。こういうの、ずるくないですか。ずるいですよね、たぶん。書類の上ではずるくないのかもしれないですけど」


「俺のだ」


 端末を引き寄せ、自分の提出画面を開き直した。注意書きの三行。一行目、締め切り。二行目、書式。三行目。


『提出された調査資料は、資産の記録として、申込者全員の閲覧に供します』


 ヴィクは何も言わなかった。言わないことが、いちばん重かった。


     * * *


 シノとの通信は、短かった。


「通知のとおりです」シノは、両手を机の縁に揃えていた。「アサノさんの調査記録は、正確でした。当方でも、確認の手間が省けました。ありがとうございます」


 礼を言われて、ケイは作業台の縁を握った。


「分解の方の評価は、アサノさんの記録で上がりました。当方にとっては、良い知らせです」シノは一枚の紙を画面に掲げた。今度は、本物の紙だった。「一体引き取りの申込みは、今後、利用の見込みを紙で示せる方に限ります。どこに据え、どの船が、どれだけ使うか。示せない場合、当方は分解の案で売却を進めます」


「期日は」


「二百七十日目」


 頭の中で、今日の日付を引いた。七十五日。


「アサノさん」シノは紙を下ろした。「当方は、安い申込みを悪いとは申しません。ただ、経験から申し上げます。安いから買う人は、安いから手放します。この枠は、一度、手放された物です。二度目は、要りません」


 通信が切れた。


 端末が、もう一度光った。ラズからだった。事務の文で、三行。『調査記録の開示を拝見しました。正確な記録に感謝します。当社の評価に反映いたしました』。四行目は、なかった。嫌味の一行でも書いてあれば、まだ楽だった。ラズは礼だけを書いて、それ以上は何も足さなかった。


 作業台の上に、紙が二枚、残っていた。赤丸の写った図面を、ケイは畳まなかった。畳めば、折り目が丸を割る。テツが、そっと点検機の電源を切った。


 ヴィクが湯呑みを持って立ち上がり、出口で振り返った。「あんたの丸、きれいだったよ。あいつが欲しがるくらい」


     * * *


 その夜、ハチの座席に座った。


 修理ベイの灯りは消してある。計器盤の小さな光だけで、作業腕の付け根を見た。右。左。操縦桿を倒すと、右が動き、左が半拍遅れて動く。いつもの遅れだった。いつもの遅れの間に、今日の三行目が挟まっていた。二行目まで読んで、指を下ろした。遅れたのは、腕だけではなかった。


 洗濯ばさみに挟んだトバの入港手順の紙を、抜いた。裏返して、ペンで書いた。『注意書きは、三行目まで』。挟み直した。紙が、計器盤の縁で、噴射もないのに微かに揺れた。自分の息だった。


 赤丸の図面は、修理ベイの壁に貼った。剥がすまで、毎朝これを見る。貼り終えてから、壁の暦の前に立った。まだ何も書いていない升目を、指で七十五、数えた。途中で二度、数え直した。


 数え終えた升目に、赤いペンで丸を一つ書いた。その下に、数字を書いた。


 二百七十日目。


読んでいただきありがとうございます!

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