第56話 分けたほうが、高い
トバの資産課は、職員の更衣室の奥にあった。
トキが先に立って、細い通路を案内した。両側に、鉄の戸棚が並んでいる。扉に名札を差す枠があり、枠の半分以上が空だった。空の枠には、名札を抜いたときの爪の跡だけが、白く残っている。トキは一つの戸棚の前で歩幅を緩め、また戻した。その戸棚の名札は、まだ差さっていた。
「俺のだ」トキは振り向かずに言った。「閉鎖の日に抜く」
会議室は細長く、窓の外に、アーチの脚の一本が白く斜めに走っていた。シノは長い机の端に座り、両手を縁に揃えていた。机の上には、今日も何もない。
ラズは、先に来ていた。部下を二人連れている。一人は図面の筒を、一人は重さの目録を抱えていた。三人とも、灰色の上着だった。
「分解での買い付けの申込者です」シノが言った。「一体引き取りを検討中の方が同席されることは、双方の了解を得ています」
「了解しました」ラズはケイに一礼した。「放熱板をありがとうございました。いい板でした。もう次の買い手が付いています」
ケイは頷いた。ヴィクは壁際の椅子で、腕を組み、背を壁につけていた。
部下が筒を開け、アーチの全体図を机に広げた。ユイが食堂から廊下まで貼ったのと同じ図を、一枚の大きな紙に縮めて刷ってある。机の端から端まで届いた。
「当社の案は、三つに分けます」ラズは上着の内ポケットから、太いペンを一本出した。蓋を外す。橙色だった。ケイの指が、膝の上で握られた。
ラズは図の上に、ペンを置いた。主構造の梁の付け根から、真っ直ぐ横へ引く。迷いのない線だった。紙の上で、枠の脚が二つに割れた。次の梁も、同じ高さで、同じ速さで。リムの資材所で、ラズの会社の作業員が、缶の橙で六十四人の家の窓の列を横に切ったときと、同じ色で、同じ速さだった。あの印を付けさせたのは、この手だった。
「主構造は、鉄として、重さで売ります。整備腕のうち動く物は、他の港が欲しがる。固定架の爪は、一つずつ外せば、中型の港でそのまま使える」ラズはペンを止めずに言った。「動かない物は溶かす。動く物は、動く所へ。確実な値です。トバさんの帳簿にも、閉鎖の日までに入ります」
部下が目録を開き、主構造の重さを読み上げた。桁が多かった。ヴィクが壁際で、小さく舌を鳴らした。
「整備腕は、枠に付いてるから整備腕だ」ケイは言った。「外したら、ただの長い腕だ」
「他の港には、枠があります。腕の足りない枠が」ラズはペンの尻で、図の外の余白を軽く叩いた。「当社は、三つの港から問い合わせを受けています。どこも、腕が一本折れて、替えが作られていない型です。この腕は、そこへ行けば、また腕になります」シノは、何も書かずに聞いていた。
「一体で動かすなら、何が要りますか」ラズはペンの蓋を閉めた。「大型の曳航が、最低三隻。着け先の岩の補強。受電の設備。据え付けの人手と、その間の保険。それをお持ちの方は、今、この部屋に何人いらっしゃいますか」
ヴィクが、椅子の上で脚を組み替えた。音だけがした。
「今は、ない」ケイは言った。
「今は」ラズは頷いた。「いつ、揃いますか」
「揃える」
「揃える、は予定です。シノさんは、予定を記録に載せません」ラズは図の上の橙色の線を、指先で一本ずつ押さえていった。乾いたかどうか確かめるように。「私はこの枠が嫌いで分けるのではありません。分けたほうが、高い。高いほうが、トバさんのためになる。それだけです」
「アサノさんの案は、紙で拝見できますか」シノが聞いた。
「まだ、ない」
シノは頷き、机の縁から手を離さなかった。記録には、何も載らなかった。
* * *
会議室を出ると、窓の外の脚が、夕方の港の灯りを受けて赤くなっていた。「言い返す物が、ないね」ヴィクが通路で言った。責める声ではなかった。「あいつの言ったこと、全部本当だよ。曳航三隻も、補強も、受電も」
「知ってる」
「知ってて、黙ってた」
「喋ると、足りない物が増える」
ケイは歩きながら、上着のポケットの中で指を開いたり閉じたりした。橙色のペンの動きが、指の中に残っていた。紙の上を、横へ。迷わずに。
更衣室の前を通ると、トキが自分の戸棚を開けていた。中には、作業服が二着と、布に包んだ工具が一本。トキはその包みを取り出しかけて、戻した。会議室の方から、ラズの部下が図面の筒を抱えて出てくるのが見えた。筒の口から、橙色の線の端が覗いていた。
「分けるってか」トキは戸棚の扉を閉めた。「腕を一本ずつ、よその港へ」
「そういう案だ」
「よその港にも、腕を握る奴はいる。そいつの手に合えばいいがな」トキは名札の枠を、親指で一度撫でた。「把手は、握った奴の手の形に減る。次の奴は、前の奴の手で握ることになる」
通路の角で、ラズが待っていた。部下は先に帰したらしく、一人だった。
「一つだけ、伺ってよろしいですか」
「何だ」
「悪く取らないでください。私も、あの枠が鉄になるのを見たくて申し込んだわけではない。値がつくなら、どちらでも構わない」ラズは窓の外の脚を見た。脚は、もう半分、影に入っていた。「ですから、値のつく方を教えていただきたいんです」
ケイは答えを待った。ラズは、急がなかった。
「あなたの岩に、船は、週に何隻来ますか」
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