第55話 使える骨、外せる肉
ヴィクは、骨から叩いた。
主構造の梁に、ハンマーの柄の尻を当てる。当てて、耳を寄せる。宇宙服の兜越しに音は届かないから、ヴィクは梁に兜の横を押しつけ、振動を骨で聞いていた。叩く。押しつける。三十歩ほど進んで、また叩く。
「どうだ」
「響きが長い。割れてる所は、響きが途中で切れる」ヴィクは次の継ぎ目へ移った。「これは、長い。これも長い。……ここ、塗装の下で錆が膨れてる。膨れてるだけ。肉は残ってる」
主構造は、生きていた。叩いた所から、長い響きが返ってくる。ヴィクの手帳に、丸が増えていく。丸の横に、場所と、叩いた回数。字は大きく、頭灯で読める。
整備腕は、四本あった。一本目は、トキが昨日座った腕だった。関節の油は古いが、軸は滑らかに回る。二本目も、同じだった。三本目は、関節を覆う箱の中で、駆動の歯が何枚も欠けていた。ヴィクは欠けた歯の破片を拾い上げ、袋に入れて、何も言わずにテツへ渡した。テツは袋に日付を書いた。
「死んでる」ヴィクは言った。「替えの歯はない。この型は、作ってた所がもうない」
四本目のブレーキが、怪しかった。電源のない腕は、ブレーキで止まっている。ブレーキを外すには電気が要り、電気がなければ、腕は今の形のまま固まっているはずだった。四本目の関節には、新しい擦れ跡があった。固まっているはずの腕が、誰も触っていないのに、ほんのわずか、動いた跡。
「滑ってる」ヴィクは擦れ跡を指でなぞった。「荷重がかかると、ブレーキが負ける。どのくらい負けるかは、かけてみないと分からない」
「かける」ケイは言った。
「あんたなら、そう言う」ヴィクは手帳を閉じずに脇へ挟んだ。「落ちたら、落ちた長さを覚えときな。私は目盛りを見る。あんたは体で見る」
* * *
ハチを四本目の腕の先端へ運び、索を一本、腕の先の吊り金具に掛けた。もう一方の端を、ハチの腹の固定具へ繋ぐ。腕の下へ回り、索が真っ直ぐ伸びる所で止まる。そこから噴射を下へ吹かせば、ハチの推す力がそのまま索に乗り、腕を引く。トキが外装板を吊っていたときの荷の重さに、目盛りを合わせた。
「テツ、灯りを関節へ。二つ。一つは横から」
「はい」
「ヴィク、関節の目盛りを見ててくれ」
「見てる。いつでも」
ケイは噴射を、一段ずつ上げた。
ハチが、索の先で腕を引いた。座席の背に、体が押しつけられる。索が張り、軋む音が、腹の固定具を通して座席の骨組みまで上がってきた。腕は、動かなかった。ハチは、窓の外の梁と同じ高さで、索に繋がれたまま止まっていた。
十数える間、何も起きなかった。索の軋みが一定になり、腕の関節の灯りの中で、埃が一粒、動かずに浮いていた。次の瞬間、座席ごと沈んだ。
胃が浮き、ベルトが肩に食い込み、窓の外の梁が上へ流れる。落ちたのは、ほんの一瞬だった。関節の奥で、ブレーキの面がずるりと滑る音が、索を伝ってきた。そして、止まった。何かに引っかかったように、急に。ハチが、索の先で小さく揺れた。
ケイは、動かなかった。落ちた長さを、体が覚えていた。座席に押しつけられていた背中が離れて、また押しつけられるまでの時間。窓の外の梁の継ぎ目が、上へ一つ半、流れた。継ぎ目の間隔は、昨日トンネルの中で歩いて数えてある。ケイはその数を、腹の中で掛け算した。
「ヴィク、目盛りは」
「一段。ちょうど一段、落ちて、次の段の歯で止まった」ヴィクの声が硬い。「ブレーキは、段ごとに引っかかってる。段と段の間は、何も効いてない」
「一段は、梁の継ぎ目の一つ半だ」
「……体で測ったの」
「体で測った」
テツが灯りを持ったまま、長く息を吐いた。「ケイさん、今、落ちるとき、声出してませんでしたよ。僕だけ出てました。今の、記録に入ってますか。入ってますよね。消せますか」
「消さない」ヴィクが言った。「測ったのと同じくらい、大事な記録だよ」
ケイは噴射を戻し、索を緩めてから、金具を外した。腕の先端が、落ちた一段ぶん、他の三本より低い。並んだ腕の中で、一本だけが、首を垂れているように見えた。
「この腕は使わない」ケイは言った。
「使えない、だよ」ヴィクは手帳に、四本目の腕の絵を描き、関節の所に大きく×を付けた。「言い方を間違えると、次の誰かが使う」
* * *
電源は、全滅だった。
制御室の配電盤の蓋を開けると、中の配線の被覆が粉になって、盤の底に積もっていた。ヴィクは指先でそれを摘み、指の間で擦り潰した。粉が、兜の前を漂いながら落ちていった。
「受電の設備ごと替え。盤も替え。……いいんだよ、これは。どうせ替える。問題は、替えた後に流す量」
ヴィクは手帳の最後のページを開き、計算を始めた。生きている腕二本、固定架の爪、照明、与圧、制御。順に書き出して、横に数字を並べる。ペンが止まり、また動き、止まった。
ケイは、ヴィクのペンの先を見ていた。書かれていく数字の桁を、見ないようにしていた。テツが、盤の底の粉を点検機で撮り、撮り終えても画面を下ろさなかった。制御室の窓の外で、首を垂れた四本目の腕が、灯りの端に白く浮いていた。ヴィクが、手帳を閉じた。
「これを動かすのに要る電気は、今のコロ全部の、四倍」
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