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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第5章 港ごと、いくらだ

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第53話 溝の上を通って

 ポルカの荷室は、今日も白かった。


 床の固定具が、等間隔に並んでいる。ケイはその間隔を目で測り、ハチの脚の幅と比べた。載る。二列ぶんの固定具を使えば、斜めにせずに載る。


「載らない」エマが、荷室の入口で言った。手には、今日の積荷の一覧を持っている。


「載る。測った」


「寸法の話はしてない。荷室は、客の物」エマは一覧を指で弾いた。「今日のトバ行きの荷は、先週から予約が入ってる。空いた所にあなたの艇を載せたら、次の港で私は、客の荷の隣に黄色い物がある理由を説明することになる。説明の時間は、客の時間」


「荷の料金で払う」


「重さで取るよ。ハチの重さなら、客の荷を三つ降ろさないと載らない。三つ、誰の荷を降ろす?」


 ケイは一覧を見なかった。見れば、名前が書いてある。


「自分で行く」


「そうして」エマは一覧を脇に挟んだ。「向こうで会ったら、港の外で手を振る。料金はかからない」


     * * *


 ヴィクとテツは、トバへの連絡便に乗った。定員の小さな船で、座席が硬い。テツは出発前に、点検機と灯りの入った袋を二度数え直していた。


「ケイさん、ハチ一人で大丈夫ですか。いや、大丈夫なのは知ってます。知ってますけど、連絡便の方が速いんで、着いたら僕、入口で待ってます。待ってるときに何してればいいですか。点検機、先に温めときますか。温めといた方がいいですよね」


「温めとけ」


「はい」


 連絡便の方が速いのは、航路を真っ直ぐ行けるからだった。ハチは、コロの北側を回らなければならない。岩の外周を半分回って、ようやくトバの方角が開ける。


 ハチの座席に一人で収まると、計器盤の縁の洗濯ばさみが目に入った。何を挟むために付けたのか、もう覚えていない。今日は、トバの港の入港手順を刷った紙を一枚挟んだ。紙が、噴射のたびに小さく震えた。


 通信に、ユイの声が入った。「外周、回るんでしょ。何時間? お昼の放送でハチの位置、言っていい?」


「北の溝を抜ける」


「溝? あの、地図の端っこの黒いとこ?」ユイの声が、半音上がった。「通れるの? 通れるって、誰が決めたの」


「幅は、古い図面に書いてある」


「古い図面って、古いじゃん」


 返事をせずに、ケイは北へ出てから、進路を岩の内側へ寄せた。


 旧採掘の溝が、岩肌に黒く口を広げている。昔、ここで何かを掘り、掘り終えて、そのまま捨てた。溝の口は細く絞れていて、ハチの灯りを一つ点けると、両側の壁がすぐそこに浮かんだ。細い所を抜ければ、中は広い。ハチを三台並べても、まだ壁に触れない。その先は、灯りが届く所まで、まっすぐ伸びていた。溝を抜ければ、外周を回るより早く、トバの方角へ出られる。


 ハチを溝へ入れた。


 灯りの輪が、壁を撫でて進む。右の壁に、鉄の杭が一本、岩から突き出していた。古い固定杭だった。頭が平たく、索を掛ける溝が一周刻んである。灯りの輪の中にそれが入り、抜けていく。数を数えるほどの間を置いて、次の杭が入ってくる。左の壁にも、同じ間隔で、同じ杭が並んでいた。


 ケイは速度を落とした。


 杭の間隔は、ハチの全長のちょうど何倍か、きっちり揃っている。誰かが、巻き尺と錘で打った杭だった。溝の底には、細い筋が幾つか残っていた。岩を運び出したときの、何かの跡。灯りの輪の中を、杭がひとつ、またひとつ、流れていく。音のない列柱の中を、黄色い艇が一台で進んでいた。


 溝の奥で、壁の質が変わった。削った面の上に、もっと古い、ざらついた面が出ている。ケイは右の爪を伸ばし、杭の一本に触れた。冷たい。触れた所から、細かな粉が離れて、灯りの中で浮いた。何十年も誰も触っていない物の、粉の厚さだった。


 次の杭も、その次の杭も、同じ厚さの粉を被っていた。


 帰りに、口へ戻る途中だった。口から数えて三本目の杭で、ケイは爪を止めた。


 杭の頭の溝に、粉がなかった。一周ぐるりと、銀色の地金が出ている。擦れた跡は新しく、縁に、黒い繊維の屑が一本だけ引っかかっていた。索の屑だった。灯りを近づけると、屑の先が、ハチの噴射の名残で微かに揺れた。


 ケイは記録を回した。杭の頭。溝の擦れ。繊維の屑。爪の先で屑を摘もうとして、やめた。触れば、自分の跡が混ざる。代わりに、擦れの幅を爪の開きで測った。ハチの索より、太い。タルクの曳き索と同じくらいか、それより太い。重い物を、ここで止めた者がいる。


 灯りを溝の奥へ向けた。光は闇に吸われて、何も返さなかった。噴射を一つ吹かして振り返ると、溝の口の細い所が、星を背に、黒い喉のように絞れていた。来るときには、ただの入口だった所だった。


 通信を開きかけて、ケイは手を止めた。溝の中で呼べば、電波は壁を跳ねて、外へも漏れる。記録の保存を二度確かめてから、ハチを溝の出口へ向けた。出口の向こうに、トバの港の案内灯が、小さく並んでいた。


 誰かが、最近、ここに索を掛けた。


読んでいただきありがとうございます!

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