第42話 冷凍庫三基の依頼
大鍋を抱えた夫婦が、修理ベイの入口に立っていた。二人の間の台車には、ケイの肩幅ほどもある鍋が載っている。食堂の厨房には備品の鍋が別にあって、これは夫婦が前の港から抱えてきた物だった。
「前に住んでた港から、長い仕事の話が来て」夫が言った。「親の近くにもなる。戻ろうと思ってる。買う前に、悪いね」
「悪くない」
ケイは鍋の把手を掴み、持ち上げた。重かった。二人で持つと高さが合わないのだと、前に妻が言っていた。低く持ち替えると、指がちょうど、把手の凹みに収まった。期限まで残ってくれれば、という言葉が、口の中まで来ている。言えば、二人は鍋より先に、ケイの顔を気にして荷造りをするだろう。
「向こうでも使うんだろ、その鍋」
「まだ使う。重いけどね」妻が笑った。
ケイは台車に鍋を戻した。十二あった余裕が、八に減る。ラズの見立ては十五だった。数えるのをやめて、鍋の底の埃を払うと、夫が声を掛けた。
「出る日に、ユイに言って。あいつ、テープを剥がすのを、自分でやりたいって言ってたから」
「言っておく」ケイは鍋から目を上げて、二人の顔を見た。台所の煙の匂いが、二人の袖に染みついていた。
* * *
その日の午後、画面に窓が五つ並んだ。左上のタルクの窓は暗かった。重曳航艇の船長は、画面の端に手しか映さない。スコップほどの掌がカップを包んでいて、湯気だけが動く。右上のボウの窓では、サワの頭の上に、干した魚が天井から三匹ぶら下がっていた。トレイの窓には荷物の一覧の紙が壁一面に貼られ、鉛筆を耳に挟んだ船長が、その前で計算をしている。下段のリレーの窓は白板で、太い矢印が何本も引いてあり、番号が振ってあった。ケイの窓には、ハチの座席の背もたれと、後ろに積んだ工具箱が映っていた。
「箱、写ってる」ボウが言った。
「どける」ケイは工具箱を足で座席の下へ押し込んだ。
依頼主はタナの会社だった。セト配送所の冷凍庫三基を、食品を入れたまま移す。配送所は集約で閉まり、庫はタナが譲り受ける。空にして借り倉庫へ入れれば、倉庫代が庫の値打ちを食う。冷やしたまま動かせば、荷主は品物を一つも動かさずに済む。七十二万。半分が着手金で、運べないと分かれば、そこまでを精算して止める条件がついていた。
「順番を確認する」リレーの船長が、白板の一つ目をペンの尻で指した。「一、俺の電気を庫の脇まで引く。二、現地の有資格者が、俺の線を庫につなぐ。三、配送所の電源を外す。四、庫を出す。三と四を逆にしたら、俺は降りる」
「逆にしない」
「もう一つ。三の切り替えで、庫の圧縮機は一度止まる。計画書に無停電と書いてあるが、あれは嘘だ」
ケイは計画書の見出しを見た。無停電と書いたのは自分だった。三時間暗かった夜が、指の裏に残っている。「どれくらい止まる」
「最短で四秒。庫の中身は、四秒で温度が動く物じゃない。四十秒になったら別の話」
「止めたくない」
「止めたくないのと、止まらないのは別だ。病院の予備電源を運ぶときも、俺は同じことを言う」リレーの船長は画面の中で、見出しの上に線を引いた。「無停電を消して、『切り替え四秒』と書け。その四秒を一秒でも延ばさないのが、俺たちの仕事」
ケイは見出しを書き換えた。書き終えると、四秒が、思っていたより長い時間に見えた。
トレイの窓で、鉛筆が止まった。「俺の条件は一つ。三基を下ろす時刻は動かせない。空荷で帰るのは嫌いなんでな。帰りに別の荷主の荷物を載せる約束がある。遅れたら、頭を下げるのは俺で、その分はあんたに請求する」
「請求は、見る」
「見るだけじゃなくて、払え」
「うちの請求も見て」ボウの窓で、魚が揺れた。「高いよ」
「もう見た」ケイが答えると、タルクの掌がカップを置いた。
「重い庫は、俺が持つ」
それだけだった。それで割り振りは決まった。タルクが庫を支え、ボウが横の振れを抑え、トレイが受ける。リレーが線を引き、ハチは切り離しと接続の確認に入る。
「四秒か」ボウが、干した魚の下で言った。「あくびが、一回できる」
「俺の前でするな」タルクが言った。画面の五つの窓のうち、四つが笑った。
* * *
会議のあと、テツが、タナから届いた庫の写真を壁の画面に並べた。前から一枚、横から一枚、上から一枚。
「裏が、ないです」
「庫は壁際に据えてある。裏は撮れなかったんだろ」
「でも、この影」テツは右奥の隅を指した。庫の底と床のあいだに、細い影が一本、余分に落ちている。「前の写真と横の写真で、形が違います。何かが、下に出てる気がします」
ケイは影を見た。ほかの三つの隅と、確かに違った。どの図面にも載っていない何かだった。
「行って撮れば分かる」
「点検機、持っていっていいですか。庫の下は狭いので」
「点検機が入る隙間なら、ハチも入る」ケイは言った。「トレイの船に乗れ。灯りは、そこから入れてくれ」
「はい」テツは頷いてから、小声で足した。「写真は、裏も撮らないと」
ケイは返事の代わりに、テツの乗船の申請書を、ヴィクへ回す準備を始めた。影の一本が、ケイの目の裏に、しばらく残った。
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