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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第4章 あと二百人、その先の四人

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第38話 電源が落ちた夜

 音が消えて、目が覚めた。


 暗闇の中で、ケイは天井のあるはずの方向を見ていた。壁の向こうで一日中回っている循環ファンの唸りが、寝台の下から抜け落ちている。人は静けさでは起きない。慣れた音が止まると起きる。頭灯を手探りで掴んで床へ足を下ろした途端、溜めた部品箱の角に脛をぶつけた。箱が鳴り、中で何かが崩れた。確かめている暇はなかった。


 廊下に出ると、頭灯の輪が人の顔に当たった。三人、五人。誰も口をきかず、目だけが光を返してくる。扉が次々に開いて、寝間着の子供が親の腰にしがみついたまま廊下の突き当たりを見ていた。


 丸い窓だけが、明るかった。


 外の星の光が窓の形のまま床に落ちて、淡い円になっている。人がそのふちに集まっていた。灯りを持たない者は、光のある方へ寄る。三十人ほどの影が円を囲んで立ち、誰かの肩の上で、子供の頭がゆらゆら揺れていた。ケイは頭灯を消し、その後ろを走り抜けた。


「空気は止まってません。止まったのはファンだけ!」暗闇の奥から、ユイの声が響いた。放送室の手回し機だ。声量は普段の半分で、速さは倍になっている。「三時間は平気。毛布は各階の当番が配ります。子供は親のそばから離れない。以上。何かあったら大きい声で!」


 南棟の機械室は、扉が半分開いていた。ヴィクが床に膝をつき、若い保守員が手元を照らしている。予備発電機は、鉄の塊になって黙っていた。


「上流の遮断器が落ちた。そっちは別の話」ヴィクは顔を上げなかった。「予備が起きなかった。起動リレーの盤。あんたが換えたやつ」


 ケイは盤の前にしゃがんだ。扉の内側に、見慣れた結び目が並んでいる。三週間前に自分の手で継いだ配線だった。前のリレーは接点が焼けていて、正規の交換品は八千クレジット、届くまで十日と言われた。回収品の山に、同じ形の物があった。コイルの定格が二割違うだけで、抵抗を一つ噛ませれば動く。動いた。三週間は。百日目の廊下で聞いた、半音低い唸りを思い出した。


「コイルの電圧が合ってない。抵抗を足せば戻る。三十分」


「規格の物に戻しな。棚に別型式がある。この盤の配線図は」


「頭の中」


 若い保守員が、盤の内側をおずおずと照らした。「この継ぎ方、どの規格書に載ってますか」


「載ってない」


「ですよね」保守員は謝るように頭を下げた。読めない物を前にした人間の顔だった。手には、手動始動の手順書を持っている。盤の前が空きさえすれば、すぐ始められる並びに書いてある。ケイの背中が、その盤を塞いでいた。


「戻す間に、手動で回す。どきな」


「三十分で戻る」


 ケイは動かなかった。半田ごてを電池につなぎ、抵抗の足を継ぎ目に当てた。手は震えていなかった。三週間、この盤は自分の手の中で動いてきた。


 最初の三十分で、抵抗は付いた。リレーが鳴る。閉じて、開いて、閉じて、細かく震え、起動モーターが唸りかけて止まった。次の三十分で抵抗の値を替えた。三度目に閉じたリレーは、開かなかった。継ぎ目の被覆が縮み、焦げた匂いが暗い機械室に立った。二十八日目に、同じ棟で嗅いだ匂いだった。盤の奥で、基板の小さな部品が、ぱちんと割れた。


「……あ」


 ヴィクは盤から目を上げなかった。手順書を持った保守員は、その間ずっと、順番を待っていた。ケイは半田ごてを置いた。置いてから、指先が細かく揺れているのが見えた。


「どきな」


 今度は、聞いた。盤の前から一歩下がる。それだけのことに、思ったより時間がかかった。


 手動始動は、四十分で済んだ。ケイは保守員の横に立ち、言われる前に工具を出した。「十九」「はい」「二十二」「はい」。名前だけ言って、渡した。保守員はそのたびに小さく礼を言い、それがいちばん堪えた。レバーが引かれ、ヴィクがバルブを開け、誰かが秒を数える。発電機が咳をして、回り出した。ファンが戻り、ケイの足の裏へ床の振動が這い上がってくる。廊下の灯りが、奥から一列ずつ点いた。丸い窓の円は、光に紛れて、ただの星空に戻った。円のふちにいた人たちは、眩しそうに目を細めてから、それぞれの扉へ帰っていった。最後まで残った子供が、誰かに抱えられたまま、窓の向こうへ小さく手を振った。


 暗かった時間は、三時間と少しだった。


 夜明け前の食堂で、ヴィクは基板の破片を掌に載せた。制御ユニットの中枢が、真ん中から割れている。


「これは戻らない。新品で六万。資格のある技師付きで、明日の便に載る」


 運転の口座は、窓棟三号の代金で空だった。ケイは星の口座を開いた。三十二万八千。動かさないと決めた金だった。百日かけて積んだ数字が、指一本の操作で減るのに、三秒もかからなかった。二十六万八千になった数字から、ケイはすぐに目を外した。


「十日待って規格品を付けていれば、八千で済んだ」ヴィクは破片を握った。


「聞いてたら、断ってた」


「知ってる」ヴィクはケイの目を見た。「あんたが直せる物じゃなくて、あんた以外の人が直せる物を選びな。今夜、この機械室に、あんたの結び目を読める人間は一人もいなかった」


「ああ」


 ケイは盤の蓋を裏返し、太いペンを取った。型番、交換した日、交換した理由。頭灯の光で読める大きさに書いた。暗闇の中で誰かが読むときに、読める字が要る。最後の行には、自分の名前を入れた。


 横から覗いた若い保守員が、頭灯を点けて字を追った。


「読めます」


「暗くても読める大きさだ」ケイはペンの蓋を閉めた。


読んでいただきありがとうございます!

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