第36話 同じ窓から、違う家
ハチの窓に映る二軒が、そっくりだった。
九十日目。窓棟一号の隣へ、もう一棟が運ばれてきた。同じ型の外壁で、遠目には、一号がそのまま横へずれたように見える。近づけば違った。一号の窓には、カーテンが掛かっている。二号は、窓の奥まで空だった。
ケイは二号の受け架へハチを回し、運搬艇と最後の位置を合わせた。目印は、一号の陰に隠れない場所へ、前もって貼り替えてある。同じ物が来るからといって、前と同じ写真で済ませるわけにはいかなかった。
「荷を渡した。次は、そっちの工事だな」運搬艇の船長が言った。
「ありがとう。返す金具は、まとめてある」ケイは返却の箱を、荷台の目印の上へ載せた。
相手の船が離れても、家は二つ並んだまま、動かなかった。
* * *
二号の内側で、ヴィクが若い保守員に鍵を渡した。
作業の範囲は、一号から分けた水の配管と、二号の洗面所。電気を入れる操作は自分がやる。終えたら呼べ、と言う。保守員は、船の配管を扱っていた男で、この棟の系統を触るのは、今日が最初だった。受け取った鍵を、掌の上で一度、握り直した。
「本当に、見なくていいんですか」
「見たから任せる。終わった物は見る」ヴィクは隣の区画へ向かって歩き出した。「弁の順番を間違えたら、私を呼ぶ前に、閉め直しな。呼ぶのは、そのあと」
「あんたは、見に来る側じゃない」通路の壁にもたれていたケイに、ヴィクは振り向かずに言った。「荷物を置いて、通れる道を空けな」
ケイは荷物を階段の下へ置き、二人が通れる道を空けた。保守員はテツに、配管の裏を撮る位置を指した。テツは点検機を通し、一度だけ行き過ぎて、戻した。今度は、何があったか聞かれる前に、自分で撮り直した。ヴィクの手が増えたわけではなく、ヴィクを呼ばなくても進む所が、増えていた。
九十二日目、二号の検査が終わった。前の棟の署名を写さず、この家で試した記録を、外部の担当へ渡した。傷んだ洗面所の栓は替え、閉まりの重かった扉も直してから通した。使用可の署名が届いて、容量は二百六十になった。
窓の下に、鉢を置ける床がある。ケイがヴィクを探すと、先回りして、寸法を測っていた。
「今度も、共用の分だけだよ」
「何も言ってない」
「顔が言ってた」
新しい鉢ではなかった。最初に共同室へ持ってきた、十八年ものの、あの大きな葉だ。普段は元の場所へ戻すが、今日は新しい窓の光の向きを見に来たのだという。ヴィクは葉の影を確かめ、台車を半回転させた。もう半回転させて、戻した。機械を増やすだけの人は、あんなに長く窓を見ない。
* * *
九十四日目のポルカで、新しい住民が降りた。
三人家族が、鍵を握って案内板の前に立った。『二号』の札の下の入口へ入っていくと、中から声がした。「あの、ここ、うちですけど」
札が、逆に掛かっていた。二号の受け渡しの日に貼り替えたのは、ケイだった。「一号と二号、逆だぞ」と言うと、ユイが冷たい目で札を入れ替えた。「貼ったの、ケイでしょう」
三人家族は、二号の角の部屋を選んだ。窓の下端に、子供の背が届く。母親が、その高さを、掌で測っていた。同じ形の窓が並ぶ二軒でも、中の暮らしは、もう別々に始まっている。居住は、二百二十一になった。
ユイは床のテープの前に、屈んでいた。
白い十センチの区画が、食堂の入口から、接岸口の扉へ向かって伸びている。住民の分だけ、黄色に塗ってある。今日の分を塗り終えると、黄色は通路の曲がり角を二つ越え、突き当たりの手前に届いた。ユイは黄色の下に、細い黒の線を、もう一本引いていた。
「黄色は、住んでる人。黒は、六十日、数え終わった人」ユイは、線の端をペンの先で押さえた。「購入に使えるのは、黒のほう」
黒は、黄色のずっと手前で途切れていた。先に来た人たちが六十日を満たすたびに、ユイが黒を伸ばしてきた。九十八日目、黒は九十人分になった。黄色の、半分にも届かない。ケイはテープの脇に立って、黄と黒の長さを比べた。
「この間の白は、誰の分だ」
「暮らしてるけど、まだ数え終わってない人。全員、顔がある」ユイは黒のペンの蓋を閉めた。「六十日は、誰にも縮められない。ケイにも」
「縮めたいとは、言ってない」
「聞こえた」ユイはペンを耳に挟んだ。
「今から来る人が、数え終わるのは、いつだ」
「百二十日目までに来た人は、百八十日目に間に合う。それより遅く来た人は、間に合わない」ユイは黒の端を、指でなぞった。「だから、私は、百二十日で締める」
ケイは、黄色の帯の先を見た。扉までの白が、まだ廊下の奥に残っていた。
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