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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第3章 ここに住む理由

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第29話 でかい依頼

 画面の端に、人が立っていた。それで初めて、橋の大きさが分かった。人の背丈が、橋の足の関節ほどしかない。


 ボウの船長、サワから届いた映像は、港の荷役橋だった。両端の足の間へ貨物を入れ、上の台車でつかんで運ぶ、鉄の長い梁。レールが端まで一本通っている。家を二つつないだ長さより、まだ長い。テツが背中から画面を覗き込み、口を開けたまま閉じなかった。


「うちには置けないぞ」ケイは画面に向かって言った。


「あなたの買い物じゃない。客が買った物を、運ぶ仕事」サワの声は、映像より疲れて聞こえた。「トバ保守港の整理で売却が決まって、タナの荷役場の会社が引き取る。組んだままだと、古い支柱と作業床の間から出せない。切って運べば、向こうで組み直しと調整に何日も食う。その間、荷が止まる」


「だから、そのまま出す」


「そういうこと。うちの船じゃ、曳ける量に届かない。主に引くのは、もっとでかい船を別に頼む。うちは後ろの動きを抑える側で見積もる」


 ケイは橋の腹へ、画面を寄せた。下面の低い位置に、金具が二つ並んでいる。太く、古く、傷が深い。金具の両側に、ハチの指が入る幅の隙間があった。まっすぐ力を掛けられるのは、あそこだけだ。その前を、古い床の骨組みが斜めに横切っている。大きな船の綱は、あの骨組みを通れない。小さい物だけが、あの下へ入れる。「金具の周りの寸法をくれ。触っちゃいけない場所も、先に」


「いつもそれを言うね、あなたは」サワは、呆れた声で寸法の頁を開いた。


 運搬費の枠を見たとき、ケイの指が止まった。五十万を超える数字が入っている。家が、買える。そう思った直後に、別の値段が出てきた。六十万。あの岩の値段だ。画面の数字は、そのまま懐に入る金ではない。船を頼み、人を払い、無事に返すだけの準備が要る。ケイは金額の画面を脇へ寄せ、橋の腹を、もう一度見た。「あの金具の奥へ、手を届けたい」


「ケイさん、顔が、家を見るときと同じです」テツが言った。「口の端が上がってます」


「うるさい。寸法を数えてる」ケイは口の端を掌で押さえた。


     * * *


 六十五日目。食堂の隅の端末に、二隻の船長が映った。


 タルクの船長は、昼飯の最中だった。画面の後ろで、乗員が太い綱を束ねている。腿ほどの綱が、船腹の壁に何重にも掛けられていた。ハチの腕より太い。


「全部で何日使う」大きな男が、匙を止めずに聞いた。


「移動と返却まで入れた枠が八日。現場で予定が変わったら、黙って延ばさずに、止めて相談する」ケイは卓の上の紙に、日数を書いた。


「そこはいい。俺が出す力を、お前の腕へ全部渡すのは、なしだ。あの腕は、俺の綱の一本も持たん」


「渡されたら、ハチが先に壊れる。曳くのはそっち、後ろの揺れを止めるのがボウ。俺は下へ入って、低い所の綱を扱う」


「入るのはいい。戻れるのか」男の匙が、皿の上で止まった。タルクの船長は、食べながら、質問の一番痛い所を選んでいる。橋の腹の下に入ったハチは、向きを変える余裕がない。前から入れば、出るときは後ろから下がる。「戻れる。後ろへ下がる」


「そこが聞きたかった」男はようやく匙を置いた。「下がる距離は、先に測れ。測らずに入るなら、俺は頼まん。現場で一日待たされるのは、俺の船が一番高い」


「現地で測る。数字は先に送る」ケイは紙の日数の横に、測る、と書き足した。


「この人は、測ってから入る」サワが、茶をすすって笑った。「図面は信じるが、現物のほうをもっと信じる」


「図面を信じすぎる日も、ある」


「そのときは、後ろから引っぱる」タルクの船長は、匙を取った。飯の続きが、返事の代わりだった。


 その晩、契約が決まった。組んだ橋をタナの受け架へ据えるまでで、五十一万。船を借り、現地の有資格者を頼み、燃料と治具と保険を入れて、二十二万四千を経費の枠に取った。現場を見て続けられなければ、そこまでの実費で止まる条件も入れてある。分からなかった物を、根性で引かずに、止めて考える契約だった。客が署名して、着手金の十八万が届いた。その欄は、すぐ作業費用に分けた。買い物に使える金は、まだ一枚もない。


 受領を返した直後、画面の中でタルクの船長が二杯目をよそった。「大きい船の人間は、食わなくていいと思ったか」


「思ってない。皿が空くのが早いなと思ってた」ケイは冷めかけた自分の皿を、手前へ戻した。


     * * *


 六十六日目、ポルカの後ろの連絡艇から、荷物の多い四人が降りた。サナは仕事の端末を二つ抱え、ミナの袋には本が入っている。ソウは寝台の下へ隠す予定のぬいぐるみを、胸に抱えていた。住むと決めた連絡は、六十三日目に来ていた。家賃が軽くなれば、アラタが毎週全部の仕事を取らなくても回る。サナは元の入力の仕事を続け、午前を短くする日を勤め先と決めた。窓の景色もハチも、決め手の内には入っていない。


「ここなら、四人で寝る場所と、働く場所を分けられるので」サナは東の部屋の鍵を受け取った。


「窓は、前に見た部屋のほうが好きだった」ミナが口を尖らせた。


「机は、こっちのほうが広いよ」アラタは袋を持ち上げ、娘の肩に片手を置いた。


 四人の好みは、揃っていない。揃わないまま住む四人の背中は、悪くない眺めだった。荷物の紐を解くのを手伝っていると、ソウが袖を引いた。


「今度は何を持ってくるの?」


「今回は、人の物を運ぶ。持って帰るのは、代金だ」


「お金? つまんない」ソウは大げさに口をへの字にした。


「つまらなくない。大きいぞ」ケイは腕を広げてみせた。腕は、ハチの半分にもならなかった。


「家は?」


「家は、もう少し待ってくれ」


 ソウはうなずいて、東の部屋の寝台の下へ、ぬいぐるみを先に押し込んだ。


読んでいただきありがとうございます!

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