第28話 戻した部屋
東の廊下は、灯りを全部点けても狭かった。ケイが寝台を担いでいるせいだ。
「脚、そっち回してください。壁が出っ張ってます」寝台の向こう端で、テツが取付図を掲げた。十七歳が二十八歳を誘導している。
「見えてる。出っ張ってるのは壁で、俺は悪くない」ケイは脚を持ち上げた。寝台の角が、壁の縁を舐めるように通り抜けた。
「はい。だから壁を避けてください」テツは図に印をつけた。
六十一日目の午後、東の旧宿舎は最後の家具を待つだけになっていた。床の四角い跡は、掃除で消えている。それでも寝台の脚を下ろす位置と、壁の接続口の高さは、ケイの図に写した跡のとおりにした。脚が四つ、見えない四角の内側へ収まる。横になった人の手が、灯りの開閉器にちょうど届く高さだった。この部屋を作った誰かは、そこまで考えて壁に穴を開けたのだ。
「ケイさん。この短い四角は、どうします」テツが図の隅を指した。長い四角二つの間の、小さいやつだ。
「小さい寝台の枠がある。腕二本ぶんの」ケイは図の小さい四角を、指で押さえた。
「どこに」
「俺の……山の中に」ケイは自分の靴の先を見た。
「その山、どこにあるんだい」廊下の先で、ヴィクの声がした。
* * *
三番の非常口の前に、山があった。戸棚の扉が積まれ、ロッカーの側板が立てかけられ、錆びた寝台の枠の隙間に、蝶番を詰めた箱が三つ挟まっている。ケイが東の棚から外して、使えそうな物を脇へ寄せた結果だった。こっそり、と言うには、山は大きすぎた。
ヴィクは腕を組んで、山の上から下まで眺めた。目の下に薄く隈がある。昨夜、一人で全部の灯りと湯沸かしを同時に入れる試験をして、点かない非常灯を一つ見つけ、朝までに直したのだ。ケイはそれを、今朝、テツから聞いた。
「私は四十六日目に、何て言った」
「使えるかどうかは、見てから言う」ケイは山の一番上の扉に、手を置いた。
「あんたは、見た」
「見た。全部使える」
「出口は出口。あんたの倉庫じゃない」ヴィクはその扉を、指の背で弾いた。「午後三時に、外部の検査担当が来る。非常口の前が塞がってたら、その時点で今日の検査は終わり。次の枠は十日後」
「半分は残す」ケイは箱を一つ、胸に引き寄せた。
「ゼロ」
「蝶番だけでも見てくれ。同じ型がこれだけ揃うことは、もうない」
「見せな」ヴィクは箱を開け、蝶番を一つずつ指先で回した。軸の動きを確かめ、頷いた物だけを右の掌へ載せる。三つ。四つ。箱を三つ調べ終えると、掌は蝶番でいっぱいになった。「これは使う。非常口の扉が渋くなってた。残りは捨てる」
「そっちの半分も、動く」ケイは残りの箱を、指で揺すった。蝶番が、箱の中で鳴った。
「動くのと、要るのは別」ヴィクは山の底に目をやった。錆びた大きな枠の陰に、短い枠が挟まっていた。ケイが腕を突っ込んで引き出すと、腕二本ぶんの長さで、脚が低い。ヴィクが横から手を出して、その枠を取り、軸を確かめた。「これは使える。あれだけ。あとは三時までに、全部」
「俺の部屋に入る分だけ、残していいか」
「入るならね」ヴィクは山の底の戸棚の扉を、もう一度弾いた。ケイが二度目に手に取った扉だった。「あんた、それ、何に使う」
「……何か」
「何かは、使い道じゃない」怒った声ではなかった。ケイが扉を脇に抱えても、ヴィクは取り上げず、山から離れていくそれを目で見送った。
* * *
昼を抜いて、ケイは運んだ。山を作るのに三日かけた。崩すのは、午前と午後で済んだ。捨てる箱に入れるたび、手が一瞬止まる。そのたびにテツが先に蓋を閉め、蓋の上に、自分の手を置いた。
ケイの部屋に、扉を閉めるための量は、もう残っていなかった。戸棚の扉が壁に立てかけられ、蝶番の箱が寝台の脚元に並び、ロッカーの側板が床に寝そべっている。短い枠だけは、東の部屋へ運んだ。
短い四角の跡があった位置に、短い寝台を置く。脚が床に触れて、こと、と鳴った。長い寝台が二つと、その間の低い一つ。部屋の中に、前にはなかった影の形ができた。
三時ちょうどに、外部の検査担当が来た。空気と水、電気と出口の順に見ていく。非常口の前には、床まで見える空間があった。担当は扉に手を掛けて、三回、開け閉めした。扉は音もなく動いた。
「この蝶番は、新しいですね」
「新品じゃない。うちにあった」ヴィクは横を向いたままだった。「山の一番上から出てきた」
「山、ですか」担当は手帳から顔を上げた。
「気にしないでください」ヴィクは検査表を渡した。
夕方に、使用可の署名が届いた。容量は百二十八から百七十二になる。まだ誰もいない東の窓に、灯りだけが点いていた。廊下の壁に手を当てて、部屋の中の寝台を眺めた。低い窓の下で、短い寝台が、短い四角のあった場所に収まっている。
窓口へ鍵を返しに行くと、ユイが端末の画面をこちらへ向けた。「今日で、ケイの六十日が満了。入ったのが一日目で、同じ時刻まで数えて、今日が六十日後」
「もうそんなにいるのか」
「出張で部屋を空けても、捨てたことにはならない。だから、そこで切れてない」ユイは画面の数字を指で弾いた。「認定、十六から十七」
港を開けて、家を二つ持ってきて、最初に増えたのは自分一人だった。その遅さを笑いかけて、ケイは十一日目に来た五人の名前を、台帳の次の行に見つけた。あの人たちの六十日は、十日先だ。
「部屋の扉、閉まる量になった?」ユイが聞いた。
「閉めてみる」
自分の部屋へ戻って、扉を引いた。扉は、閉まりきる手前で、立てかけた戸棚の扉に当たって止まった。
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