第24話 百二人の帰る場所
黄色いテープの端は、四十五日目の朝、食堂の入口からケイの歩幅で十四歩の所まで来ていた。黄色は共同室の前を過ぎ、最初の曲がり角の手前で止まっている。その先で、白が続いていた。黄色の倍近い長さの白が、角を二つ曲がって、接岸口の扉の前で終わる。ケイは黄色の最後の十センチに立ち、靴の先で継ぎ目をなぞった。糊が、まだ乾いていない。
ポルカが二度目の定期寄港で入り、十二人が下りた。ユイが表示を替える。九十が消えて、百二になった。荷物を抱えた新しい住民が、テープの前にしゃがみ込み、マーカーを受け取って、自分の分を塗っていく。子供が塗りすぎた分を、母親が指で押さえた。
「認定は、まだ十六」ユイが端末を見て言った。黄色の下の細い黒の線は、最初の十六区画で止まったままだった。「ケイも、あと半月で六十日」
「知ってる」
「知ってるなら、ちゃんと生きて」ユイは、ケイの肩を端末の角で小突いた。
帰りの荷が、船の腹へ積まれていく。マコの保冷箱が二つ、ケイが抱えて運んだ空箱と同じ形で、今は葉の詰まった重さで台車に載っていた。その上に、リムで直した機械の箱が重なる。乗員が箱の角を叩いて、積む向きを確かめた。
「帰りも積める便になった」エマは箱の札を一枚ずつ指で押さえた。「下請けの空きを待つ便じゃなくなったのは、いい気分」
「俺は、家を外す許可を大家に聞かなくて済む」
「まだ岩は買ってないでしょう」エマはそう言って、ケイを手招きして、声を落とした。「一番前の席に、変な客が乗ってた。着く前、ずっと窓の灯りを数えてた」
「変な客?」ケイは荷の札から目を上げた。
「名簿には、回収会社と書いてある。空席は空席で、乗った人は客。だから私は何も言わない」エマは腕を組んだ。「でも、あなたには言う。三十六まで数えて、手帳に書いた」
その客は、船の扉から下りてきた。革靴が、廊下の継ぎ目を一つずつ越えてくる。黄色の帯は踏まなかった。まだ白いままの区画の上を、迷いもなく選んで歩いている。空いている所を先に歩くのが、この手の人間の癖らしかった。後ろに、鞄を提げた男が二人、控えていた。
「お久しぶりです、ケイさん」ラズは黄色の手前で足を止めた。
「手帳には何が書いてある」ケイは壁から一歩離れた。
「窓の灯りの数です。二つの家と南棟で、点いている窓が、この前より多かった」ラズは手帳の表紙の端を、指で軽く叩いた。それから、ケイの脇の壁、二つ目の家を留めた継ぎ目のあたりへ、拳の側面を当てて、こつんと鳴らした。耳を寄せる。「いい音だ。切り離した継ぎ目が、きれいに接いである。誰がやったか、音で分かります」
「褒めても、部屋はやらない」ケイが言うと、ラズは首を横に振った。「今日は、お誘いに来ました。六十四人棟を、見に来ませんか」
「見に」ケイが聞き返すと、ラズは頷いた。「切る前に。窓の列も、装置も、金具も。あなたなら、見れば意味が分かる」
「見たら、買いたくなる」ケイは正直に言った。
「そうでしょうね」ラズは頷いた。ケイの答えまで、最初から勘定に入れてある顔だった。「だから誘っています」
ケイは黄色の端に足を置いたまま、動かなかった。窓の下に、ハチの指の幅に合う金具が八つ並んでいた家だった。ケイが引いた赤い縦の線を、橙色の横の線が、上から潰した。掌が、自分でも気づかないうちに握られていた。
「行かない」出た声は硬かった。
「そうですか。では、もう一つ」ラズは鞄の男から、薄い書類を受け取った。「空き部屋を、貸してください。二十六人分、空いているはずです。船が来ない日に遊ばせておくのは、惜しい」
「何に使う」ケイは書類に手を伸ばさなかった。
「私の会社の回収品を、一時的に寄せる置き場に。積み替えがコロで済めば、ナバへ戻さなくていい。あなたにも賃料が入ります」ラズは書類の隅の数字を、指で示した。「住民の賃料の、三倍です」
ケイは数字を見た。三倍は、運転資金の細い帯を、目に見えて太くする額だった。星の帯は、ようやく八千に届いたところだった。
「空き部屋は、住む人の分だ」ケイは短く言った。
「期限は百八十日。ただし、住んで六十日たたない人は数えられません」ラズは静かに続けた。「実際に人が来られるのは、あと七十五日。そこへ二百人弱。毎日、二人半です。週に一度、十二人を運ぶ船では、届きません。あなたは、数える前に動く人だ。私は、数えたあとで動く」
「数えるのは、あんたの仕事じゃない」ケイが言うと、ラズは書類を壁の棚に置いた。
「私の仕事は、数えたあとです。使える日が来たら、この紙を出してください。値段は、その日の私が決めます」
そう言い残して、鞄の男二人と、ポルカのほうへ戻っていった。革靴の音は、継ぎ目のどれも、乱さずに越えた。
* * *
紙は、壁の棚に置かれたままだった。ユイが端末を胸に抱えて、そばへ来た。「受けるの?」
「空き部屋は、住む人の分だ」ケイは繰り返した。
「じゃあ、その紙は」
ケイは棚の紙を折った。折り目は、ちょうど三倍の数字の真横を通った。上着のポケットに収めながら、工具箱の底の、袋のことを考えた。使い道のない透明な輪と、ねじの入った、あの袋を。
「その紙、いつ使うの」ユイが言った。
「いつか」
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