↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第2章 中古の家を引っ張ってこい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/26

第22話 曳く船、向ける船

 九十六人ぶんの家ができても、ケイの箱の置き場所は増えていなかった。


 三十五日目。南棟は、張り替えた床と新品の湯沸かし器で検査を通っていた。予備発電機も、三日の試運転を終えている。修理ベイの隅では、巻き取り機が壁との五ミリの隙間に収まり、その隣で、水を入れない湯沸かし器が三つ、銀色の胴を並べている。ケイの工具箱は、夕方の二時間だけ、時計屋の夫婦の作業台の下へ追い出されることになっていた。追い出される箱の側も、夫婦の側も、静かに互いの足を避けている。箱の蓋を叩くと、こつん、といつもの音がした。


「二つ目の家、行く?」ヴィクが点検表から顔を上げた。


「行く。今日出す」ケイは工具箱を持ち上げた。


 二つ目の棟の契約は、三万四千だった。今度は、マコの生産区画も一緒に運ぶ。機械と水を積んだ箱を足すと、ハチ一隻で安全に止められる重さを越える。見積もりには、補助の曳航艇を一隻入れてあった。


 相棒は、平たい曳航艇のボウだった。船体の幅だけで、ハチの倍以上ある。操縦席の窓は細く、その代わり、後ろの機械が大きい。船長のサワは、四十を過ぎたばかりの女で、リムの待機位置で顔を合わせるなり、記録を出せと言った。見せたのは、帯の使用歴だった。右の一本が、十二日前に毛羽立って、白く縒れている。サワはその一本を、指の腹で撫でた。


「これ、まだ使ってる?」


「使ってない。溜めてる」


「溜めるほうの人なんだ」サワは帯を返した。「私の船は有償。家を一軒曳いた実績があっても、値引きはしない」


「分かってる。俺が向ける。進めるのと止めるのを頼む」


「了解。勝手に回さないでくれればいい」


「そっちも、合図の前に引かないでくれ」ケイは言い返した。握手はしなかった。初対面の腕を、顔だけで信じるつもりは、お互いになかった。


     * * *


 リムの列から外された二つ目の家は、前の家と同じ型だった。その隣に、マコの生産区画が小さく寄り添っている。輸送用の押さえを掛けた棚に、育ちかけの葉が見えた。人は乗っていない。水を逃がさない準備は、済んでいる。


 これが加わると、重さは家の真ん中から外れる。家だけのつもりで引けば、軽い側が先へ出たがる。ボウが遠くから、長い帯を張った。ハチは反対側に置いた。


「今から浮かせる」サワの声が入った。左の角はこっちで持ってる、とケイは返した。家と区画が一緒に、支持具を離れた。ハチの腕に、前より強い戻りが来た。押し返さずに、ボウへ一度止めてもらった。出発側の広い場所にいるうちに、直しておく。


「止める理由は」サワは短く訊いた。


「軽い側が出たがる。帯の掛け位置を、重い側へ寄せる」


「了解。待ってる」サワはそれ以上聞かなかった。帯を掛け直した。位置を手の幅の三つぶん、区画から遠ざける。ハチ一隻で強く引く代わりに、力の掛かる所をずらして、初めからまっすぐ出るようにしたのだ。ボウがもう一度、前へ出た。今度は、ハチの横窓の中で、家の縁が同じ位置を保った。


「うちの噴射が、さっきの半分で済んでる」サワの声が、通信に入った。


「その半分は、最後の曲がり角に残してくれ」


 暗い宙を、三つの灯りが進んだ。先頭でボウの船尾灯が赤く、その後ろを、長い帯に引かれて家が来る。家の窓の覆いは白く、脇に寄り添う緑の箱だけが、押さえの隙間から薄い緑を漏らしていた。最後尾の脇腹に、ハチの小さな黄色い灯りが張りついている。赤と、白と、緑と、黄色。二隻の間の家から、ケイは目を離さなかった。ハチ一隻のときには選べなかった重さが、二隻の間で、静かに動いていた。


 途中で、コロからユイの写真が届いた。二十人が南棟の前で荷を分けている。四人家族が二組、三人家族が三組、単身者が三人。人口は七十六になったという。手前で、子供が靴を片方脱いでいた。写真の下に、ユイの一行が付いていた。


「靴の片方、誰か見た? 南棟、入居一日目。持ち主は裸足で走ってる」


 ケイは、向こうで何があったのかを想像して、笑った。


「向こうの写真?」サワが通信で聞いた。「人が増えてる」とケイが言うと、「いいね。荷が来る」と、彼女は真面目な声で答えた。


     * * *


 三十七日目、コロの丸い口が見えた。


 ボウは手前で速度を落とし、そこで大きく向きを変えなかった。最初の棟と、今度つける棟の間に、生産区画を置く場所がある。家を先に押し込めば、小さいほうを後から通せなくなる。


「外へ向ける。前進、待って」


「待ってる」サワは言って、間を置いた。「受け口の外に、岩の出っ張りがある。見えてる?」


「見えてる。窓の間を通す。前進はまだだ」


 ハチで家の端を送った。生産区画の細い窓が、岩の出っ張りをかわす。ちょうど向きが揃ったところで、ケイは止める側へ動いた。回し始めるより先に、止める準備をする。


「今。まっすぐ、ほんの一押し」


 ボウの帯が張った。二つの箱が、窓の外の印の上へ収まっていく。ケイは受け側へ渡すまで、どちらも勝手に離さなかった。固定が終わると、ボウの帯が巻き取られた。


「受領する」サワが言った。「次に同じくらいのを引くなら呼んで。大きさを変えるなら、先に写真」


「大きい方に変えたくなったら送る」


「今から変える気?」


 ケイは返事を遅らせた。大きい方は、もう他の誰かの物だった。窓に橙色の線が引かれた家の写真が、頭の隅に残っていた。ボウが離れたあと、ハチはすぐには固定架へ戻らなかった。二軒の家の間に、緑の箱が一つ、挟まっている。生産区画の細い窓に、ハチの黄色い灯りが映った。マコの棚は傾いていなかった。押さえて運んだ葉の先が、窓の内側で、みんな同じ方を向いていた。


読んでいただきありがとうございます!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、ブックマークや下の★★★★★で応援してもらえると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。