↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第2章 中古の家を引っ張ってこい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/30

第20話 安い機械と、高い葉っぱ

「買わない」ヴィクは値札を見もしないで言った。三つまとめて千二百。ナバの払い下げの一覧に、南棟の台所に据えるのと同じ型の湯沸かし器が並んでいた。新品なら、一つでその数倍はする。


 南棟の予備発電機には、ヴィクが朝のうちに新品の部品を頼んである。機械室の話は、それで済んだ。残っているのは、南棟の住人が朝に顔を洗う湯だった。写真を指で広げた。銀色の胴が、新品のように光っている。リムの台所で、置いていけと言われたあの湯沸かし器と同じ光り方だった。「今度のは底まで写ってる。白い筋はない」


「写真の底はね」ヴィクは端末を押し返した。「払い下げが三台まとめて出るのは、同じ水で、同じ年数、同じだけ使われたってこと。一台が駄目なら、三台とも駄目。新品の代金は、南棟の見積に入れてある」


 ケイは端末を引き戻した。「入れてある金を、使わずに済む」


「済まないよ」


 ケイは唇を結んだ。怒ると、口の代わりに手が動く。指が一覧の購入の欄に触れ、まとめての確定の表示が出た。ヴィクは表示を一瞥して、点検表へ戻った。止めはしなかった。


     * * *


 湯沸かし器は、翌々日の便で届いた。箱から出すと、写真よりも光っていた。胴を掌で叩くと、中身の詰まった、いい音がした。南棟の台所の壁にまず一つを据え、給水の管を継ぎ、継ぎ手にテープを巻く。モンキー、と言うと、テツが渡した。「光ってますね」


「光ってる。使える」ケイはテープの端を歯で切った。


 水を張った。胴が満ちていく音が、低い所から高い所へ上がっていく。ケイは圧を一段上げ、継ぎ手に指を当てた。乾いている。十分待って、もう一段。


 膝が冷たかった。


 しゃがんだ膝の下で、床が黒く濡れていた。濡れた色は壁際から扇の形に広がり、床板の継ぎ目へ吸い込まれていく。ケイは給水の弁を閉め、胴の底へ頭灯を向けた。底の合わせ目に、銀色の塗料が厚く盛ってある。その縁から、水が糸になって垂れていた。爪で塗料を剥がすと、下から白い筋が出てきた。縁に沿って、一周している。


「テツ、ヴィクを。それと布」


 テツが走った。上着を脱いで、継ぎ目に押し当てた。上着はすぐに重くなった。水は床板の上を流れず、継ぎ目の下へ潜っていく。床板の下には、断熱の下張りが敷いてあった。


 ヴィクは布の束を抱えて来た。床に膝をつき、継ぎ目に鼻を寄せ、床板を一枚、拳で叩いた。水を含んだ、鈍い音がした。


「塗ってあった」ケイは剥がした塗料の欠片を掌に載せた。「白い筋の上から」


「光ってたろ」


「光ってた。俺の買い物だ」


「そうだね」ヴィクは布を継ぎ目に並べていった。責める調子も、慰める調子もなかった。「床を三枚剥がして、下張りを乾かして、替える。循環に戻らない水の補充も入れて、四千八百。三十六人分を戻す日が、三日延びる」


「新品は」ケイは濡れた上着を絞った。床に落ちた水が、また継ぎ目へ吸われた。


「私が頼む。最初から、そういう話」


 ケイは発注の画面を開いた。払い下げの代金は、もう戻らない。床の行が、南棟の見積の下に足された。運転資金の帯は、見て分かるほど細くなった。星の口座には、指も触れなかった。


 外した一つと、箱のままの残りを、修理ベイへ運んだ。巻き取り機の隣に、銀色の胴が三つ並んだ。通りがかったヴィクが、足を止めた。「捨てないんだね」


「胴は使える。水を入れなきゃいい」ケイは一つ目の胴を、壁際へ半歩寄せた。


「置き場の代金も、あんたが払うんだよ」ヴィクは三つの胴を、順に指の節で叩いた。三つとも、いい音がした。


     * * *


 三十日目の昼を、食堂で食べた。マコが小さな箱を卓に置いて、葉を三枚並べていた。オトが一枚ちぎり、口へ入れ、値段を聞いた。


「この大きさで、その値段?」


「ここまで小さく作るほうが、手間なの」


「刻んで煮れば、同じじゃない」


「煮ないで」二人とも、笑っていなかった。皿へ伸ばしかけた手を、ケイは引っ込めた。今朝の床の冷たさが、まだ膝に残っていた。


「どっちが好き」オトが、値段の違う二種類を、ケイの前へ滑らせた。


「肉を挟むなら、こっち」ケイは噛みごたえのある片方を指した。オトは頷いた。マコは、不満げに唇を曲げてから、そちらの仕入れ条件を出した。


「小さい生鮮の区画を、買って、運んで、つないで八千。住居じゃなく仕事場。居住の数には足さない」ケイは条件を、卓に打ち込んだ。「設備は俺が買う。区画は、マコが借りる。作物と種は、あんたの物」


「収穫の代金も、まず私に」マコは指を一本立てた。


「最初の二十皿は、予約する」オトが、数字を紙に書いた。マコは、その紙を、自分の鞄へしまった。移住の書類ではない注文を受けた顔だった。


 ケイは八千の契約を、迷わず決めた。損をした日に、損をしない買い物がしたかった。ヴィクへ見せると、今度は通った。


「窓際には、鉢を置けるかい」ヴィクが、ケイのほうを向いたまま、生産区画の窓へ顎をしゃくった。


「置けないよ」マコが言った。


「あんたに聞いてない」


「顔で聞いてた」


読んでいただきありがとうございます!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、ブックマークや下の★★★★★で応援してもらえると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。