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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第2章 中古の家を引っ張ってこい

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第19話 ここ、俺の部屋

 検査官は、扉を一つ開けるたびに、記録と現物を見比べた。


 二十六日目。増築口の内側は、ポルカが運んだ部品で前の日につなぎ終わっている。外から来た検査官は、使う側の希望を先に聞く人ではなかった。台所の窓でケイが「ここからハチが見える」と口を開いても、「今は誘導灯を見ています」と答えただけで、廊下の突き当たりまで歩いていき、壁の非常灯を指の節で叩いた。それから、ヴィクに主電源を落とせと言った。


 廊下が真っ暗になった。非常灯だけが、床の矢印を緑に照らして残った。誰かが荷物を置いていれば、通路は狭くなる。矢印の先の通路は空で、検査官は暗闇の中で、手探りに次の扉を開けた。ヴィクは検査官の後ろについて、確認された所へ、順に印を入れていった。


 昼前に署名が届いた。玄関の札から、関係者以外の立入禁止を外した。その夜、ヴィクが卓へ鍵を一本置いた。木の札に、消えかけた字がある。長いあいだ閉まっていた旧い宿舎、南棟の鍵だった。


「予備の発電機が先。あれが戻らないと、南も、この先の増築も動かせない」


「見に行く。今日はこっちだ」ケイは新しい棟のほうへ顎を向けた。


     * * *


 翌日の最初の家具は、寝台ではなく円卓だった。


 玄関の、最後の曲がり角で、天板が止まった。ケイが持ち上げた縁の反対側が、壁に当たっている。通路の幅は、両手を広げた一人ぶんを、少し切る程度。天板の直径は、それを頭一つ越えていた。船からここまでは来られたのに、この角だけが通れない。


「回すと、反対側が当たる」ケイは天板を斜めに傾けたまま言った。腕が、そろそろ震え始めていた。


「脚が外せる型ですよ」持ち主の女が、天板の下を覗き込んだ。夫が袋から工具を出す。「前の家も、これで入れたのを思い出して」


「それなら先に言ってくれ」ケイは天板を降ろす場所を、足で探した。


 二十七日目、ポルカとは別の有料の連絡船で、十六人が下りてきていた。天板を一度床へ降ろし、脚を三本抜く。円い板を壁に立てかけると、裏に黒いペンの手形が四つ、大きさの順に並んでいた。子供二人が両側から転がしたがるので、縁を掴んで手を止めさせた。家ごとは運べたのに、食卓一つで、もう一仕事だった。


 別の三人家族では、祖母が先に部屋へ入っていた。窓を見ず、洗面所まで歩いて、壁を撫でる。


「杖を掛ける輪が欲しいね」


 ケイは金具の取付の高さを示した。祖母は杖を壁に当て、指三本ぶん、下へずらした。「ここ」ケイの見積もりより、指三本低かった。立って決めた高さは、測った高さと違った。


「船より揺れない」祖母が言った。ケイが「基地だからな」と返すと、「分かってるよ」と笑って、肩を軽く叩いた。


 夕方、新しい台所で湯が沸いた。


 据えたばかりの湯沸かし器は、底に白い筋を持っていない。円卓の母親が、蛇口の下へ最初のコップを差し出した。四人分の中でいちばん小さなコップだった。湯気が立って、窓ガラスの向こうの、まだ覆いの下りたままの隣の壁に、ぼんやり映った。湯がコップの縁まで来るのを、ケイは戸口から見ていた。


 窓の下の棚は、空のままだった。背後でヴィクが、紙コップを一つ持って立っている。中に、指ほどの長さの挿し木が刺さっていた。


「置かないよ。持ってきただけ」ヴィクはコップを胸の前に構えたまま言った。ケイが「見てるだけか」と聞くと、「見てるだけ」と答えて、棚の高さを目で測り、紙コップを背中へ回した。


 時計を直す夫婦は、小さな箱をいくつも持ってきた。リムの借りていた店の賃料が上がるので、コロの共用の作業台を、空いた時間だけ有料で借りたいのだという。「あなたの部品には、触らないから」と妻が言った。「時計は、待つのが仕事のようなものでね」と夫が続けた。「二時間、揺れない台があればいい」ケイは修理ベイの隅を思い出した。台の上には、昨日置いたばかりの工具の箱がある。


「動かす。先に約束する」ケイが言うと、妻は頷いて、条件を足した。「あなたの部品が、借りる場所に来ないなら」


「来ない。来させない」


「支払いは月末。遅れたら、台は片づけてもらう」ユイが割り込んで、部屋の契約とは別の、作業場所の条件書を送った。安い部屋へ来たからといって、何でもただで使えるとは限らない。夫婦は値段を見て、夕方の二時間を選んだ。


     * * *


 廊下の黄色が、十六人分伸びた。


 二十八から、四十四まで。塗り終えたマーカーを、子供が取り上げて、白い帯の上に勝手な絵を描きかけた。「食堂の壁にして」とユイが止めた。


 単身で来た六人のうち一人の男が、鍵を何度も回していた。閉まりが悪いのかと思って、ケイは近づいた。


「音、結構するなと思って」男は鍵を回す手を止めなかった。


「油を差そうか」


「いや。この音があれば、閉め忘れない」男は荷物を部屋へ入れた。服と、釣り竿に似た長い棒が一本。「映像を撮るときの棒。仕事は回線があればできる」


「ここに、釣る所はないぞ」


 男は部屋を一度見回して、靴を脱いだ。閉じかけた扉の隙間から、独り言のように言った。


「ここ、俺の部屋か」


「そういう契約にした」ケイは、鍵束の番号をもう一度確かめた。


「じゃあ、ちょっと待って」


 扉が閉まった。廊下で待つ間に、中から荷物を床へ降ろす音がした。その音が止んで、鍵が回った。一度。もう一度。


「どうも。もう大丈夫」扉が開いて、男が普通の顔で出てきた。


 何が終わったのか、ケイは聞かなかった。


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