第15話 買うのは、この家
食堂の卓に、四軒の家が並んでいた。端末の上の話だった。ケイが同じ型の棟を二つ寄せ、大きいのを隣に置いたところで、ヴィクがカップを卓へ下ろした。カップの底が食堂棟の写真を隠して、一軒が消えた。
「四つ全部買う気かい」
「並べたら、どう見えるか試しただけだ」ケイは端末の縁を指で押さえた。
「六十四のほうは、昨日も言ったよ。倍の人に、倍の電気」ヴィクはカップをもう一つの写真の上へ滑らせた。二軒目の同型も見えなくなり、卓の上には昨日見た棟と、大きいのだけが残った。その六十四に、ケイは赤い線を一本引いた。窓の列の真ん中を、縦に通る線だった。
「半分に切る」
「は?」ヴィクのカップが、卓の上で止まった。
「半分ずつだ。片方を使って、片方は」
「循環装置は切れない。一つしかないんだよ」ヴィクは赤い線を、爪で二度叩いた。
「使うのは片方だけでいい。もう片方は寝台を外して、置き場にする」ケイは赤い線を指でなぞった。窓の下の金具が四つずつ、きれいに二組に分かれた。ハチの指の幅に合う金具が、八つ。「死んだ家を引くことになるぞ、って顔だな」
「そういう顔。置き場、って何を置くの」
「道具を」
「工房だろ」
「倉庫だ」ケイは即答した。ヴィクは返事をせず、ケイの端末を手前に引き寄せて赤い線を見た。それから、見なかったことにするように、カップを持ち上げた。
「送るなら送りな。私は見てない」
ケイは売主へ申し入れを打った。六十四人棟を切り離して一棟、二分割。文面を三度直した。窓の列を割る線の位置を、寸法つきで添えた。送信の表示が出て、食堂の天井の薄緑が視界の端に入った。朝から、長い時間が経っていた。
返信は、すぐ届いた。
『売約済みです。三十分ほど前に契約が出ました。買い手は、回収会社』
ケイの指が、画面の上で止まった。
続けて、資材所の担当から映像が届いた。六十四人棟の足場に、作業員が立っている。手にした缶の口から、橙色の塗料が伸びて、窓の列の真ん中を横一文字に走った。一枚の窓が、その線で二つに割れた。次の窓も。二列とも。切る位置を示す印だった。ケイが引いた縦の線と、向きが九十度違っていた。
「早いな」自分でも驚くほど、平らな声が出た。指先は、まだ赤い線の上にあった。
「早い。あんたが線を引いてた間に、向こうは払ってる」ヴィクはそこだけ、遠慮なく言った。
端末が鳴った。番号は知らなかった。
「ケイさん。ラズです」廊下を歩く靴の音が、背後にあった。「六十四人棟のことで、お耳に入れておきたくて。今朝、契約しました。ご興味があったと伺ったので、先に」
「どうする気だ」ケイは席を立たず、卓の縁を握った。
「分解します。装置と配管と、窓の枠。窓が、一番高く売れます」
「窓だけでいい。外して、売ってくれ」
「窓だけ先に外すと、二列とも値が落ちます」ラズの口調は変わらなかった。断る理由を、書類を読むように並べた。「残念ですが、あの棟は一つの商品として買いました。循環装置は生きていた。一台余ります。市価でならお譲りできます」
「三万八千の中で足りてる」
「そうですか。では、また」
通信が切れても、端末は手から離れなかった。窓の列の橙色が、画面の中で乾いていく。あの窓の列が、窓だった物になる。
* * *
四軒は、一軒になった。残ったのは、昨日の午前に足場から見た棟だった。空気の装置は使える。コロの受け口に合う。寝台を外さなくても、ハチで曳ける重さに収まっている。ケイはそれをもう一度確かめてから、リムへ買う範囲を送った。居住棟の本体と、確認した循環装置。台所の水回り。寝台の枠。規格の合う接続部。机は残す。私物は残さない。あの湯沸かし器は、向こうで処分してもらう。
「代金は一万八千のまま。処分する人も要る」担当の返事は正しかった。腹は立たなかった。代わりに、余っている覆いを二枚つけてもらった。新品を買うほどではないが、帰り道に口を塞ぐのに使える。厚みを確かめたヴィクも、それには頷いた。
一万八千を送った。受領が返り、家はケイの管理するコロの物になった。まだ向こうにつながっている。
担当が映像を一本足してきた。三十二人棟の扉に、紙が貼られている。『売却済み。撤去予定。立入は担当へ』。その下に、ペンで行き先が書き足されていた。コロ。
「欲しい?」ユイがその映像を切り出して、記念の画像にして送ってきた。
「欲しい」
「仕事してるときより素直だね」ユイはそれだけ返して、窓口へ戻っていった。
鍵は、担当が一本ずつ卓に並べて見せた。玄関、機械室、台所の収納。名前の消えた紙札が付いたものが、六本混じっている。合わない鍵があるから明日一緒に確かめよう、と言われた。昔の住人が、念のためと言って置いていった分だった。自分の工具箱の底を、ケイは見ないようにした。使える鍵だけ残してもらい、数を記録し、窓口へ同じ一覧を回す。並んだ鍵は、部屋の数より多かった。
家を買った瞬間より、この鍵を人に渡す日のことを考えたときのほうが、胃が重かった。渡した鍵の数だけ、寝る人が増える。寝る人が増えれば、その人たちの分の空気と水と電気を、ケイが背負う。数えるほど、鍵は重くなった。
ケイは立ち上がった。買った家の鍵は、まだリムの側にある。取りに行って、外して、持って帰ってこなければ、窓の外は広いままだった。
空いた卓の真ん中に、オトが今日の鍋を置いた。「でかい家の話、食べながらにしてくれる?」
ケイは端末を持ち上げ、鍋の場所を空けた。
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