第13話 廃基地、営業中
巻き取り機は、三つ目の部屋の床に丸い跡を残していた。
四日ぶんの埃が、筒の底の形に抜けている。ケイは台車の爪をその下へ差し込み、樽ほどの胴を傾けて乗せた。輪を片方外して四センチ痩せても、持ち上げれば腰に来る重さがある。
「午後から人が入るから」ユイが入口で鍵束を回していた。「六人。ここは一人用」
「巻き取り機の入居期間は」
「仮だから期限なし。でも部屋は空けて」ユイは筒の胴に貼った札を指で弾いた。手書きの札の下に、印字の行が増えている。『転居先:修理ベイ』。今朝刷ったのだと言う。住所のない入居者は、名簿に載せられないらしい。
台車を押して廊下へ出た。共同室から食堂へ抜ける通路は天井が薄緑のままで、曲がる角は二つ減っている。床の白いテープは食堂の入口から黄色で始まり、台車の車輪は二十二人分の黄色を転がって、白に替わる継ぎ目でかたんと鳴った。その音に、別の音が重なった。
壁の向こうで、留め具が閉まる。一つ、二つ。ケイは足を止めた。三つ。壁を伝った振動が柄から掌へ上がり、筒の空洞が低く共鳴した。四つ目が閉まって、共鳴はやんだ。
「来たな」
「来たね。四つ目まで数えたろ」通路の先でヴィクが腕を組んでいた。「直しな、その癖。数えるのは私の仕事」
「数えたくなる音なんだ」
「ふうん。それ、修理ベイのどこに置く」ヴィクは台車の胴を顎で示した。ハチの架台と壁の間を指して、幅は七十ある、とケイは答えた。筒の直径は六十五。ヴィクは鼻で笑って先に歩いていった。
隅へ降ろすと、五ミリが両側に残った。床の継ぎ目を確かめて、車止めの木片を胴の下へ二枚噛ませる。壁との隙間に爪を差し入れてみた。入った。爪が入るなら、住める。
* * *
食堂の入口では、六人が順に鍵を受け取っていた。
三人連れの友人は、同じ部屋へ入るくせに荷札の色がばらばらで、先に分けておかないと誰の物か分からなくなるのだと説明した。仕事用の棚を抱えた男は、扉の幅を三回見た。残る二人は鍵を握るなり、空の部屋を見に走っていった。ユイがマーカーの束を床に置くと、六人は屈み込み、十センチずつの白を黄色に塗った。サエの子供が来て、隣の男の塗り残しを指差した。
「ここ、白い」
男は耳の後ろを掻いて、もう一度塗った。ユイが表示を二十八に替えた。使える寝台が、全部埋まった。黄色の端に立つと、白いまま残った二百七十二人分の帯が、ケイの靴の先から始まっていた。帯は廊下の曲がり角の向こうへ消えていて、消えた先の長さは、目で測れなかった。
「待ってる人が三組いる」ユイが端末を上へ滑らせ、断りの返信の一覧を見せた。どれも同じ文面で、部屋が空き次第ご連絡します、で終わっている。「二週間したら、みんな別の港の名前を言い出すの。待つ間に、別の家を探すから」
「二週間」
「二週間。だから今日の部屋は、今日埋める」ユイはケイの顔を見ずに言った。「三百人のうち二十八人で満足してる管理人が、いたらびっくりする」
「してない」
「顔に出てる。次の家の顔」
端末が鳴った。リム資材所の見積だった。三十二人棟が一棟、代金は一万八千。切り離しに四千。曳航の燃料と接続と検査と、壊れていたときの直しの余裕までを足して、三万八千になっていた。行数は前の注文の倍近い。その中に、ケイが飛ばした行は一つもなかった。
「予備、入れたね」隣の卓でヴィクが自分の端末を開いていた。
「さすがに学ぶ」
「空気を回す装置は、現物と記録を見る。それが違ったら、この額じゃ済まないよ」
「見てから決める」ケイは満室の表示を、指で隠さなかった。買った物は、まだ一つもない。今日の入金から経費を引いた残りのうち、二千を別の口座へ移した。星の帯の色が、もう一目盛りぶん伸びた。四千。六十万は、その先の遠いところにあった。
窓際で乗員と話していたエマから、短い文が届いた。「棟の寸法が出たら教えて。小分けにする荷は見積もる」棟そのものは自分の船でやって、と最初に言われたことを、ケイは読み直さずに覚えていた。
見積の下に、資材所の担当の一行が付いていた。
『立会いは明日の午前だけなら入れる。あと、六十四人棟は今日も見に来た人がいたよ。写真は撮らずに、床を叩いて音を聞いてた』
床を叩く。留め具の爪を指の節で鳴らした、あの男だ。食堂の床に片膝をつき、拳の側面でこつんと叩いてみる。板の下で、乾いた音がした。
「何してるの」皿を持ったユイが、通りがかりに立ち止まった。
「聞いてる。あっちの買い手が、何を聞いたか。明日、リムに行く」
ユイは皿を片手に持ち替えて、靴の踵で床を一度鳴らした。ケイの拳のときと、同じ音がした。
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