第12話 次はもっと大きい物を
画面いっぱいに、家が四つ並んでいた。
家と呼ぶには、平たい箱だった。ケイの端末の写真には、リム保守施設の売却リストが載っている。閉鎖される施設の従業員住宅で、一棟に三十二人分の寝台と、台所と、洗面所と、通路までが備わっていた。箱の側面には窓が一列。窓ごと、外して持ってこられる。
「これ、いいな」口に出してから、もう一度写真を見た。窓の下の壁に、固定用の金具が四つ並んでいる。ハチの指の幅で、ちょうど掴める位置だった。リストを送ると、六十四人分の棟があった。「こっち、もっといいな」その先の写真は、古い食堂棟だった。「これも」
足元を通ったテツが、画面を覗いた。「どこに置くんですか」
「外に置ける。中を狭くしない買い物だ」ケイは窓の列を、指で数えた。
「巻き取り機は」テツが遠慮がちに訊いた。
「壁際に寄せる」テツはそれ以上、聞かなかった。ケイの部屋の扉は、まだ閉まる量になっていない。
ケイは裏紙を引き寄せ、四角を四つ描いた。コロの外壁に沿って並べる位置を、寸法つきで。四つ目の隅に、小さな四角を一つ足し、中に『工房』と書いた。書き終えたところで、背後にカップの湯気が立った。
* * *
ヴィクは裏紙の四角を、ひと目で見つけた。
「居住棟が先」ヴィクは紙を爪で弾いた。「工房は、食堂棟でもいい」とケイが言うと、間髪を入れずに返ってきた。「食堂棟は、食堂」ケイは紙を折った。折り目は、工房の真横を通った。
ヴィクはカップを卓に置き、リストを頭から順に見た。三十二人棟の欄で、指が止まった。
「使う電気は、棟の設備が生きてれば賄える。生きてれば」
「生きてる写真だ」ケイは食い下がった。
「写真は生きてる。循環装置は点検記録を取り寄せる。湯沸かし器は、動かしてから言いな」ヴィクは六十四人棟の欄を開いた。写真は立派だったが、装置の欄を見て首を振る。「倍の人数で、倍の電気。この基地の肺は、そこまで大きく息をしない」
「値段は、そんなに変わらないぞ」ケイは写真の窓を、二列とも指でなぞった。
「値段は、あんたが払う。電気は、コロが払う」ケイは六十四人棟の写真を保存した。閉じる前に、指が、もう一度戻った。
写真に写っている物が、全部ついてくるわけではなかった。寝具と調理器具は別売りで、循環装置は含まれるものの、点検記録が要る。ヴィクは窓の数より、その裏の配管を長く見ていた。ケイの目には同じに見える二本の口を、別物だと言う。コロへつなぐ主要な口は、共通の型で合っていた。
「外して、運んで、つないで、試す。そのあとに、人を入れる」ヴィクは指を折った。「届いた日に満室の表示を消すのは、なしだよ」
「消さない。見てから、消す」ケイは端末の隅の、満室の表示を指で隠してみせた。
「なら、見に行く価値はある」ヴィクはカップを取り、湯気を吹いた。
エマにも写真を送ると、返事は早かった。ケイが端末を開くより先に、画面に短い一行が届いていた。
「荷室に入らない」
「棟は、ハチで曳く。運ぶ荷物と予備部品は、そっちで頼みたい」ケイは返信の速さに、一拍遅れて追いついた。
「小分けの荷は見積もれる。棟は、自分の船でやって」エマは、写真より先に、売主の名前を見ていた。ポルカは人と貨物を運ぶ船で、外側に建物を曳くための金具は付いていない。別の荷のために空けてある荷室へ、ケイの都合で割り込む余地もなかった。「燃料代だけで見積もれると思わないで。積み替えに何人使うか、そこも見る。立会いの日が決まったら、教えて。荷室に空きがある便なら、検討する」
検討する、とエマは言った。行く、とは言っていない。確認する項目が、ケイのメモに一つ増えた。
* * *
その夜、ケイはハチで外へ出た。
コロの外壁に沿って、低く滑る。灯りを一つだけ点け、岩肌をなぞった。ざらついた面が、灯りの輪の中で、白く浮いては暗がりに沈んでいく。接岸口を過ぎ、旅客の窓の列を過ぎると、外壁は、何もつけていない平らな面になった。ここだ。ここに、四つ、箱を並べる。
左の腕に磁石の目印を持たせて、岩の面に一つ貼った。右の腕で、二つ目。三つ目。目印の間隔は、三十二人棟の接続口の幅と同じにした。テツが、修理ベイのカメラ越しに、ハチの視点を見ている。
「小さいですね、ハチ」
「小さいから、こういう物の脇に入れる」ケイは右の腕を、目印の一つに添えた。
「全部、ハチが曳くんですか」テツの声が、通信の中で少し揺れた。
「この重さならな。もっと大きいのは、船から考え直す」目印の向こうには、何もない黒い空間が広がっていた。ハチの灯りを消すと、星の光の中で、貼ったばかりの目印だけが、三つ、小さく光っている。ここへ、窓を並べる。窓が並べば、その分だけ、誰かが朝、カーテンを開ける。
* * *
翌日の夕方、売却の担当へ通信を入れた。窓口の向こうで、書類の紙をめくる音が続いている。
「現物の確認なら、立会いを入れる。解体班が入ってるから、勝手には入れないよ」
「丸ごと持ち出す前提で、切り離しの費用も欲しい」
「ばらさずに?」担当の声が、一段上がった。
「ばらしたら、家に戻すのが大変だろ」担当は黙り、それから艇の種類を聞いた。ハチの資料を送ると、通信の向こうで、資料をめくる音がした。「三十二人棟なら、誰も見に来てない。安いから、しばらく待ってもいい。六十四人棟は、先週から、見に来てる人がいる」
「どこの人だ」ケイの手が、写真の上で止まった。
「回収会社の買い付けの人。名前は、聞かなかったな」ケイは、六十四人棟の写真を、もう一度開いた。窓が二列、並んでいる。並んだ窓の下の金具に、ハチの指は、まだ届くはずだった。
背後で、テツが椅子を引いた。「通ります」
足元に、巻き取り機があった。ケイはそいつを壁際に押した。もう片方の手は、六十四人棟の写真に置いたままだった。
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