第123話 客の窓
四十分で、距離は縮まらなかった。ケイはハチの中から、三本の線の方角を見ていた。ナバ線とキサ線とホタ線の航路灯が、闇の中に点々と並び、コロへ向かって寄っていく。その上を、何も通っていなかった。エマの板の細い縦の白が、今、あそこを通り過ぎている。二時間と、その先の何分かが、灯の列の上を空のまま流れて、終わった。
キサ線の遠い端で、マズルカの船首灯が一つ動き出した。時刻どおりだった。
「次は」ケイはポルカを呼んだ。「次の空白は、いつだ」
「計算した」エマの返事は、すぐ来た。ナバからの折り返しの途中だった。「次の空白は、二日後の夜。一時間五十分」
「短い」
「短いのしかない」エマは言った。「曲げない。私の板は、あなたが一度間に合わなかったくらいで動かない」
ケイは紙の写しを見た。一時間五十分。枠のいちばん幅のある所が三本の線を横切るのに、一時間四十分。回らないで進めば、十分余る。回れば、余りはない。
「回らないで、進ませる」
「それは、あなたの仕事」エマの声が言い終わると、回線が切れた。
* * *
枠は、三本の線から離れた闇で止まっていた。リレーの給電で、灯も爪も保っている。
ケイはブンを呼んだ。カンナが枠の梁に沿って、継ぎ目から継ぎ目へ移っていった。ブンは艇の小さな腕に隙間計りを握らせ、梁の継ぎ目に一枚ずつ差し、抜いて、厚みを読み、読んだ数を、ケイの画面へ手書きで送ってくる。タルクの索を軽く張ったまま測った。張った枠は、重い側の継ぎ目が、ほんのわずか開く。左の梁の継ぎ目は、どれも紙一枚も入らなかった。右の梁では、二枚目、三枚目の薄いのが入った。
「測る前に聞いとく」ブンが言った。「お前、図で決めたな」
「図で決めた」
「図は、腕が四本あった頃の図だ」ブンは次の継ぎ目へ艇を移した。「年寄りは、図より継ぎ目を信じる。継ぎ目は、今の重さしか知らん」
右の梁の三つ目の継ぎ目で、ブンの腕が止まった。「右が重い」ブンが言った。「寮の分だけじゃないぞ。寮は、爪の根元だ。開いてるのは、腕の付け根寄りだ」
「三本目の付け根か」
「その反対側だ」
テツが操作室を出て、梁の中のトンネルを這っていった。点検機の細い首を、腕の付け根の点検蓋から梁の中へ入れる。ケイの画面に、テツの灯が照らす梁の内側が映った。錆びた鉄の箱が、梁の奥にボルトで留めてあった。四角く、平たく、何枚も重ねてある。
「錘です」テツが言った。「三本目の腕の重さと釣り合わせるための錘が、反対側の梁の中に残ってます。腕は外したのに、錘だけ、残ってます」
ケイは図面を見なかった。見ても、錘は描いていない。
「曳航点を、一つ右へ移す。右列の四番の爪の根元だ」
「移すと、線が一度抜けます」リレーの船長が白板に書いた。『四秒』。
「抜いてくれ」
「操作室、灯が消えても慌てるな」ケイは言った。
「慌てるのは、四秒じゃ足りん」トキが言った。
ボウとヤットコが新しい曳航点に索を回した。リレーが太い線を咥え直すために船体を寄せ、白板の字が消えた。
枠の灯が、全部消えた。梁の点検窓も、爪の標識灯も、寮の百四十の窓も、同時に闇になった。四角い枠の形は、星が欠けた形でしか見えなかった。一秒。二秒。三秒。四秒目で、根元から灯が戻った。
「乗った」リレーの船長が言った。ブンが、右の梁の継ぎ目にもう一度、隙間計りを差した。一番薄い一枚が、入らなかった。
* * *
二日後の夜、空白の一時間前に、ポルカが来た。ナバ線の灯の列を、白い船体が真っ直ぐに辿ってくる。黄緑の線が一本、船腹を走っている。枠はナバ線のすぐ外で、線に平行に待っていた。ポルカは枠の横を通る。時刻どおりに。
「エマ。枠の横で、落とせるか」
「落とさない」エマは言った。「客が乗ってる。時刻どおりに通る」
ポルカは減速しなかった。枠の脇を、同じ速さのまま過ぎていった。客席の窓の列が、ハチの前を次々に横切っていく。窓という窓に、顔が並んでいた。額を硝子に付けた男。膝に子供を乗せた女。二人で一つの窓を分けている老人たち。どの顔も、窓いっぱいを横切っていく白い枠を、首を回して追っていた。窓の中の子供が、枠の下の方を指差して、隣の大人の袖を引いた。指の先に、黄色い艇が一つ浮いていた。
ポルカの船尾灯が、コロの方へ遠ざかった。それから、空白が来た。
「タルク、出せ」
枠が動いた。ナバ線の灯の列が、枠の下へ入ってくる。一基、二基。灯が梁の四角の中を下から上へ抜けて、枠の後ろへ出ていく。次にキサ線。据え直した三基の灯が、並んだまま枠の腹の下を過ぎた。最後にホタ線。テツが時刻を読む。傾きの針は、一度から動かなかった。寮の窓も、爪の標識灯も、線の真上を渡るあいだ、一つも揺れなかった。
枠のいちばん幅のある所が、ホタ線の最後の灯を越えた。空白の終わりまで、十一分が残っていた。
その十一分目に、ガボットの船首灯が、ホタ線の上を時刻どおりに通っていった。エマの声が入った。ポルカはもう、コロの丸い口に着いていた。
「通れたのね」
「今度は、測った」
「ぎりぎりは、値段に入ってない」
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