第122話 回る枠
小さくなっていったトバの基地は、いつの間にか後ろの星に紛れてどれだったか分からなくなり、その代わりに前の闇の奥で、コロの誘導灯が星の一つとして白く点き始めていた。
枠は、灯を全部点けたまま進んでいた。タルクの曳き索は棒のまま張り、ボウの索は枠の中ほどで緩い弧を描き、トレイは残骸の荷を膨らませて後ろに付き、リレーは脚の根元で太い線を二本咥えている。ケイはハチを枠の先頭に置いて、コロの灯とタルクの船首を一本の線で結ぶように艇の向きを保ち、計器盤の縁の洗濯ばさみに挟んだ紙の、エマの薄い縦線の写しを、ときどき見た。
枠の中を抜けて見える星が、梁の四角から四角へ移っていく。ずっと同じ向きに、同じ速さで移っていたその星が、あるとき、四角の中で斜め上へ滑った。
「傾いてる」トキの声だった。操作室のガラスの中で、トキは把手に手を載せたまま、足元のガラス越しに下を見ていた。「右が下がる」
「傾き、二度」テツが続けた。「三度。止まりません」
ケイはハチを枠の右の端へ飛ばした。寮を抱いた右列の爪の下で、固定架の標識灯の列が、じりじりと下へ沈んでいくのが見えた。枠全体が、長い辺を軸にして、右へ寝ようとしている。寮の四角い窓の列が、斜めに傾いたまま灯を点けていた。
「ボウ、左で持て。引き戻せ」
「引く」サワが言った。「重いね、これ」
ボウが左の横腹で推力を上げた。サワの索が弧を失い、一本の棒になり、枠の左の爪の根元がその棒に引かれて軋んだ。ケイはタルクに曳航点の反対へ船首を振らせ、ハチの両腕で右列の爪の縁を押し上げた。ハチの推力の針が赤へ寄る。押しても、枠の右の沈み方は、遅くなるだけで止まらなかった。
「四度」
ボウの索の、枠に近い所で、繊維が一本、光って弾けた。続いてもう一本。
「サワ、緩めろ」
言い終わる前に、索が切れた。切れた端が、ボウのほうへ鞭のように戻り、ボウの船腹の横を、灯を引いて跳ねていった。ボウは推力を落として後ろへ下がり、切れた索の残りが、闇の中で縮れて漂った。
「切れた」サワの声は、平らだった。「新しいほう。うちの継いだ所は、持った」
枠の右の沈み方が、支えを一つ失って速くなった。
ケイは操縦桿から、一度だけ力を抜いた。押して止まらない物は、押す向きが間違っている。逆へ噴かせば、索がもう一本切れる。
「全員、緩めろ。タルクもだ。回らせる」
「回らせる?」テツの声が上ずった。「操作室が、下になります」
「なる。一回りして、戻ってくる。座ってろ。ベルトを締めろ」
「締めてる」トキが言った。「若いの、把手に触るな。俺も触らん」
タルクの索が弛んで、線に戻った。リレーの船長の白板に、太い字で『寄る』と出た。ケイはハチを枠から離し、船団の灯を一つずつ目で拾った。タルク、ボウ、トレイ、リレー、ヤットコ、カンナ、そして自分。七つの灯が、枠から同じ距離を取って止まった。
枠が、回った。
右列の爪に抱かれた寮が、下へ沈み、枠の下へ潜り、反対側から上がってきた。操作室の三方のガラスが、星の方を向き、下を向き、また星の方を向いた。整備腕の梁の点検窓の列が、端から端まで光ったまま、星を背にして、ゆっくり大きな円を描いた。七つの灯が、その円に合わせて、枠の周りを回った。リレーの線だけが、枠の脚と一緒に回らなければならなかった。リレーは太い船体を傾けて、線が捩れない向きへ、枠の回りの外側を一周した。
寮の灯の窓が、ハチの正面を上から下へ通り過ぎた。百四十の窓の、どれも消えていなかった。
「半分」テツの声が、ガラスの中から来た。「今、真下です。星が、足の下です」
「そのまま」
枠の右列が、今度は上から、元の高さへ戻ってきた。沈んでいた標識灯の列が、ハチの目の高さを過ぎた。
「タルク。回りきるところで、回る向きに、そっと持て」
「持つ」画面の掌が、操縦桿の上で開いて、閉じた。
タルクの索が弛みを失い、枠の回る向きへ、わずかに張った。枠の回転が、索の張りに乗って遅くなり、さらに遅くなり、寮が元の高さの手前で、止まった。
「傾き」ケイは言った。
「……一度。一度で、止まってます」テツが言った。「トキさん、大丈夫です。僕も、大丈夫です」
「知ってる」トキの声が言った。「ガラスが、一周分の星を見せてくれた。四十年座って、初めてだ」
* * *
止まった枠の横で、ボウが予備の索を繋ぎ直した。
「請求は、二行になった」サワが言った。「一行目、索一本。二行目、振れた回数。一回」
「一回で済んだ」
「済ませたのは、あなたが引くのをやめたから」サワは継ぎ目を指で撫でて、新しい索の端を爪の根元に結んだ。「やめるのが、あと一分遅かったら、うちの継いだ所も切れてた。そうしたら三行目が要った」ヤットコとカンナが、切れた索の残りを回収して回った。寮の窓は一つも割れていなかった。当て木を噛ませた右の三番と五番の爪も、外れていなかった。
ケイはハチの中で、アーチの図面を開いた。ラズから受け取った原本の写しで、左右対称の枠に、曳航点の印が自分の赤で入っている。枠の真ん中に、左右の重さが釣り合う線が引いてある。
三本目の腕は、もう枠にない。
図面の中の腕は、四本とも揃っていた。外した一本の分を、赤い印は知らなかった。
「ケイ」テツが呼んだ。「索一本と、時間を」
「どれだけ」
「五時間です」テツは、紙に書いた数字を読むように言った。それから、もう一行を読んだ。「空白まで、あと四十分です。距離が、足りません」
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