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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第10章 港が帰ってくる

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第121話 曳き出す

 夜明けは、枠の上の端から来た。恒星の縁が、整備腕の梁の向こうから顔を出すと、白い塗装が一本ずつ光を返して、梁の点検窓の列が灯よりも明るくなった。ケイはハチを枠の先頭へ出し、振り返って、港の口に掛かっている索の数を目で追った。十一本。右列に六、左列に五。全部、トバの港の固定具に結んである。


「一本目、外す」コマの声だった。ヤットコが右列の端の索へ寄り、小さな腕が結び目の下に刃を当てた。


 切り口は、普通の切り口だった。熱で少し焼けて、繊維の端がほつれている。鏡のように光る切り口は、どこにもない。コマは切った端を丸めて、艇の荷台の籠に投げ入れた。


「二本目」今度はブンだった。カンナは左列の索へ回り、ほどける結び目はほどき、固く締まった物だけ切った。ブンの手は遅いが、一度決めた場所から刃がずれない。


 索が一本外れるたびに、枠の脚の固定具が小さく揺れて、その揺れが梁を伝い、点検窓の列の光が順に震えた。ケイはハチの計器で、枠の傾きの針を見ていた。動かない。まだ、港が枠を持っている。


「タルク、張れ」


「張る」


 画面の隅に、タルクの船長の掌だけが映った。厚い掌が操縦桿を握り直す。枠の前方、闇の中で、タルクの太い船体が向きを変え、曳き索が枠の先端の曳航点から伸びて、弛みを失っていった。索が張ると、それは線から棒になった。


 ボウが枠の横腹に付いた。サワの自分で継いだ索が、枠の中ほどの爪の根元に掛かっている。


「振れは、うちが殺す」サワが言った。「請求は、振れた回数で出すね」


「振らせない」


「なら、請求は一行で済む」


 トレイは枠の後ろで、トバの残骸を積んだ荷台を膨らませて待っていた。梁の切れ端、錆びた架台、配管の束。清算では処分費が掛かるだけの物が、トレイの荷台では荷だった。リレーは枠の脚の根元に船腹を付け、太い給電の線を二本、枠の盤へ繋いでいる。白板の画面に、船長の字で『肺』とだけ書いてあった。「肺、息してるか」ケイは聞いた。


「してる」リレーの船長が白板を消して、新しく書いた。『灯 全部』『爪 右列・左列』『寮 一系統』。「索が外れるたびに、枠が揺れる。揺れたら、線が抜けないように俺が寄る。寄るときに一度だけ乗せ替える。暗くなるのは」


「四秒」


「四秒だ。覚えてたか」


「覚えてる」


 枠の先端の操作室の、三方のガラスの向こうに、トキとテツが並んで座っていた。トキは把手に手を載せて、動かさずにいる。テツは膝の上に点検機を置き、梁の中の計器の数字を、紙に一行ずつ写していた。


「操作室、乗りました」テツの声は、いつもより硬かった。「枠の傾き、零です。トキさんが、腕は畳んだまま動かさないと言ってます」


「動かさない」トキの声が重なった。「腕を振ったら、港が泳ぐ」


 トレイの船長が、荷台の伝票を鉛筆で叩いた。「こっちは積み終わった。帰りの荷が、行きより重い。こんな曳航は、やったことがない。空で帰るより、ずっといい」


「三本目。四本目」コマとブンが、交互に索を外していった。十一本が七本になり、五本になった。枠の脚の固定具の揺れが大きくなり、傾きの針がわずかに寄って、ボウの索がそれを押し戻した。


 ケイは一度、基地を振り返った。トバの岩肌は、夜明けの光の中で灰色だった。窓の列はどこも暗い。その中の一つ、管制室のあった高さの窓に、人影が立っていた。灯のない部屋の窓際で、両手を窓枠の下の縁に揃えている。シノだった。紙も端末も持っていなかった。


 ケイは前へ向き直った。コマの艇が右列の索の上を跳ぶように移り、結束バンドで結んだ髪の先が、ヘルメットの中で揺れているのが見えた。


「残り三本」コマが言った。「帰ったら、オトの板に線を一本足してもらう。付けが、また延びる」


「延ばせ。枠の整備で払う」


「二本」


「一本。最後は右列の一番だ」ブンが言った。「ケイ、合図をくれ」


 ケイは枠の先頭で、ハチの両腕を上げた。灯を一つ、枠の曳航点へ向けて、タルクの船首へ向けて、それからコロのある方角の闇へ向けた。どっちへ行くかは、ハチが先に指していなければならない。


「タルク。持てるか」


 画面の掌が、操縦桿の上でわずかに開いて、閉じた。


「持った」


 その直後に、カンナの刃が最後の索を切った。索の端が、右列の一番の爪から、ほどけるように離れた。枠の脚の固定具が、何十年ぶりに何も掴まずに開いた。傾きの針が、今度はどこへも寄らなかった。タルクの曳き索が枠の重さを全部持って、枠が、港の口から、前へ滑り出した。


 枠の中を抜けて見える星が、順に角度を変えていった。梁と梁のあいだの四角い闇に収まっていた星が、隣の四角へ移り、その先の四角へ移る。爪に抱かれた寮の灯の窓が、ゆっくり前へ進む。後ろで、トバの暗い基地が、小さくなり始めた。


読んでいただきありがとうございます!

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