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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第10章 港が帰ってくる

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第119話 時刻表の空白

 時刻表の板は、ポルカの操舵室の壁に、三段に分かれて掛かっていた。上がマズルカ、真ん中がガボット、下がポルカ。横に一日、縦に時刻の細い目盛り。どの段にも船の便が色の帯で埋まり、帯と帯のあいだの白いところは、どれも狭かった。コロの欄の空白がいちばん短く、延ばさないように作ってある。エマの字で、どの帯の端にも小さく、乗継の客の数が書いてあった。


 ケイは航路図の写しを、板の下の計器盤の縁に広げた。トバからコロへ、ボウの船長が引いた曳航の道筋が赤で入っている。赤い線は、コロに入る手前で、三本の線を斜めに横切っていた。ナバ線、キサ線、ホタ線。コロへ寄っていく三本の線が、岩の手前でいちばん近づく所だった。


「ここを、枠が通る」


 エマは航路図を見て、それから板を見た。「見た。サワさんの赤い線、先週から私の机にもある」


「一度だけ、止めてくれ」ケイは言った。「三本とも。一日でいい」


「止めない」


 エマは板から目を離さなかった。制服の袖を肘まで捲り、壁の帯の端を、爪でなぞっている。


「客の時刻表は、曲げない。一度曲げたら、次の日から誰もこの表を信じなくなる。マズルカもガボットも、私の板に合わせて乗継を組んでる。キサの鉱夫は、乗り継ぐ時刻で弁当の数を決めてる」エマは指を止めた。「あなたの枠が大きいのは、私の客の都合と関係ない」


「関係はある。見に来る」


「見に来る客は、時刻どおりに来てほしい客よ」


 ケイは航路図の赤い線を、指で押さえた。押さえても、線はどこへもずれなかった。「一日止めたら、いくら掛かる」


「お金の話にしたいの?」エマはやっと振り向いた。「三本で、客が百人を越える。違約金は払える額よ。あなたが払うなら、私は受け取る。受け取って、次の日から、あなたの岩に寄る客にどう言うの。この港は、大きい物が来ると止まります、って?」


 ケイは口を閉じた。赤い線から指を離した。


「止めない」エマはもう一度言った。「その代わり、探す」


 エマは板の横の引き出しから、定規と、自分の鉛筆を出した。ケイの胸のポケットには、エマの別の鉛筆が入っている。それとは芯の色が違った。エマは定規を三段にまたがるように縦に当て、端から、右へ滑らせていった。上の帯の切れ目。真ん中の帯の切れ目。下の帯の切れ目。三つが、同じ縦の線に揃う所を、定規の縁が探している。


 定規が止まった。三段が同時に空いていた。上の段の白と、真ん中の段の白と、下の段の白が、縦に一本、細く通っている。板の上では、指の幅より細かった。


「空白」エマが言った。「三本とも、ここだけ同時に空く。二時間と少し」


 ケイは目盛りを読んだ。枠のいちばん幅のある所が三本の線を横切るのに、タルクの速さで一時間四十分かかる。空白に入るのが二十分遅れれば、出るときに誰かの帯に食い込む。前にずれても、同じだった。「ぎりぎりだ」


「二時間を越える空白は、この週、ここにしかない」エマは鉛筆の芯を、その細い白の真ん中に当てた。上の段から下の段まで、薄い線を一本、引いた。線は帯のどれにも触れずに、三段の白を縦に貫いた。消せる濃さだった。消すつもりのない手つきだった。


「これが、枠の分」


 ケイは線を見た。板の上で、アーチはこの細さだった。縦の一本の両側で、三つの船の帯が、どれも触れずに待っていた。


     * * *


 食堂へ戻ると、ユイが卓の端に、コロの窓の見取り図を四枚並べていた。「何を作ってる」ケイは卓の角に腰を掛けた。


「どの窓から、いつ見えるか」ユイは顔を上げずに言った。「だって枠が来るの、何時か分かったんでしょ。エマさんの板、テツが写真撮って送ってくれた。食堂の窓は北に向いてないから、最初に見えるのは空の端だけ。南棟は見えない。東宿舎の二階から先は見える。六十四人棟の上の列は全部。トバの宿舎は、たぶん真正面。丸窓は、BとCの廊下のほうが先。展望の窓は、いちばんいい」


「展望の窓は、席が一つしかない」


「分かってる。だから番号を振る。あの子が一番。文句は、放送で受け付ける」ユイは赤ペンで、見取り図の窓に小さな数字を書き込んでいった。「窓の数、多いね」


「数えるな」


「数えないと、表にならない」


 ケイは言い返さずに、見取り図の北の端を見た。岩の張り出しの線が、窓のない所で切れていた。そこから先は、誰の窓からも見えない。


 夕方、エマから通信が入った。ポルカはナバへ出るところだった。操舵室の窓の奥に、あの板が小さく映っている。薄い縦の一本も、まだ見えた。


「空白の時刻、キサとホタの港長にも送った。向こうの帯も、動かないって返事」エマは言った。「だから、条件を一つ足す」


「言ってくれ」


「遅れたら、ポルカは待たない。客が乗ってるから」


 回線が切れた。ケイは端末の中の板の写真を広げ、薄い縦の一本に、自分の指を当ててみた。指のほうが、太かった。


読んでいただきありがとうございます!

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