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星を買うには三百人  作者: 雅龍(がりゅう)
第9章 大きな買い物、小さな家

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115/130

第115話 三度目の折り目

 死んだ腕は、無傷のまま、ラズの会社の曳き船に渡った。受け取りの確認は、ラズ本人が、トバの操作室でした。関節の受けと、ピンの胴と、腕の付け根の座を、頭灯で順に照らして見た。ピンの頭の刻みの列の前で、頭灯が長く止まった。


「傷がありません」ラズは言った。「叩かなかったのですね」


「叩いたら、値が落ちる」


「落ちます」ラズは頷いた。「落ちたら、私は落とします」


 端末を出して、ラズは本体の請求の行に、腕の部品値を引く一行を足した。自分で付けた十二万。端数も付けず、丸めもしなかった。ケイは画面を覗き込んだだけだった。言っても、数字は動かない。それは、長い付き合いで分かっていた。アーチの口座と本体の値の間に、二万の隙間が残った。「四百日目まで、八日です」ラズは端末を閉じた。


 操作席で、トキが把手から手を離し、指を一本ずつ伸ばしていた。三日前の抜き取りから、指が握りの形を覚えたまま、まだ戻りきっていなかった。


「あんたらの話は、腕の値より長いな」トキは言った。


     * * *


 操作室の窓の外を、トレイの艇が、トバの梁の切れ端を積んで通っていった。橙の札は、もう外してあった。


 ケイは、トキの座る席の後ろに立っていた。足元のガラスの向こうに、アーチの爪の列が並んでいる。右列七番の爪の手回し軸に、トキのスパナで割った跡が、白く残っていた。


「紙を」ケイは言った。


 ラズの手が、上着の内ポケットの上で止まった。止まったのは、一呼吸だった。


「ここで、ですか」


「ここでだ」


 内ポケットから、紙が出てきた。半年前に、コロの食堂の卓で折り直して仕舞った紙だった。角が丸くなり、折り目の筋が白く毛羽立っている。


「捨ててなかったのか」


「紙は、捨てません」ラズは紙を計器盤の縁に置いた。「書いた数字は、その日の私の値段の記録です。三倍の日の私も、一・二倍の日の私も、ここにいます。捨てると、どちらの私が正しかったか、分からなくなる」


 指先で開かれた紙の真ん中に、折り目が一本。その上に、住民の賃料の三倍の数字。折り目を挟んで、一・二倍の数字。その横に、二本目の折り目。


「外壁と、倉庫Bの床」ケイは言った。「今の一年が切れた、その先の一年を、今、前払いしてくれ」


「今日の私の値で」


「今日のあんたの値で」


 紙を見下ろしたまま、ラズはポケットからペンを二本出した。黒と橙。橙の蓋に指を掛けて、外さずに仕舞った。黒の蓋を外した。


「今日のコロには、空いた部屋がありません。屋根のある所にも、ない所にも。それに、あなたは今日、急いでいる」ラズは言った。「急いでいる人から、高く取ることはできます。前にそうしました。今日は、しません」


「なぜだ」


「相場があるからです。外壁と床の相場は、前より上がっています。あなたの港に、船が来るようになったので」ラズは、二本目の折り目の横に、数字を書いた。書く手は、速かった。「相場どおりです。上げも、下げもしません」


 数字は、ちょうど二万だった。ケイは、その数字を長くは見なかった。動かないことを確かめてから、署名欄に名前を書いた。ラズはペンを受け取り、紙を折った。三本目の折り目が、二万の数字の真横を通った。


 内ポケットへ紙を仕舞いかけて、ラズは手を止めた。操作室のガラスの向こうで、爪の列の標識灯が、リレーの給電で一つだけ点いていた。「売りを、決めました」


 ケイは、ラズの顔を見た。ラズは、灯を見ていた。


「向こうの百六十万は、高い。高いのは向こうです。ただ、向こうの紙は、あなたの署名がないと成り立たない。北面の地上権を、あなたが貸さなければ、向こうの百六十は、零です。署名は、来ませんね」


「来ない」


「成り立たない百六十より、四百日目に入る百二十八です」ラズは言った。「高く、は向こう。早く、と、確実に、はあなた。二つを取った方に売ります」


 ケイは答えずに、右列七番の白い跡を見ていた。トキが、席の上で肩を動かした。


「もう一つ」ラズは紙を仕舞った。「単身寮を、お付けします。トバの独身寮。百四十人分。清算では、解体に費用がかかるだけの物です。期日までに持ち出すなら、零で」


「持っていく」ラズが言い終わる前に、ケイは言っていた。ラズは、口の端を、ほんのわずか上げた。


 操作席のトキが、窓の外へ首を回した。基地の外れに、四角い窓を縦横に並べた棟が一つ、灯を落として浮いている。トバの独身寮だった。


「あの寮に、俺は十九で入った」トキは言った。「三階の東の端の窓だけ、鍵が固い。四十年、誰も直さなかった」


「直す」ケイは言った。


「直すな」トキは窓から目を離さなかった。「固いのを知ってる奴が、そこに入ればいい」


 ラズは、内ポケットの上から紙を押さえた。「三度、紙を出させた方は、ほかにいません」


「三度目で、終わりだ」ケイは言った。


 ラズは内ポケットのボタンを留めた。紙は、もう出てこない所へ入った。


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