第114話 腕が腕を持つ
リレーの給電艇が、アーチの付け根に鼻先を付けていた。
太い線が、艇の腹から枠の受電口へ伸びている。リレーの船長が、窓に白板を立てた。『一 腕は一本ずつ 二 爪は触らない 三 四秒』。三行目だけ、字が大きかった。
操作室の三方のガラスの向こうに、トキが座っていた。把手を握る前に、手を膝の上で一度開いて、閉じた。
「抱えるのは、やったことがない」トキが言った。「持つのは、前にやった。ワルツの軸のとき」
「同じだ。下から持つ」ケイは言った。「腕の重さを、ピンから、あんたの腕へ移す」
「腕は一度に一本だよ」ヴィクの声が割り込んだ。「二本動かしたら、リレーの肺が潰れる。誰が何と言っても」
「潰れない程度に、俺が吹く」リレーの船長が言った。
「尻は、あたしが拾う」コマのヤットコが、関節の反対側へ回っていった。「抜けたピンが飛んでったら、拾えないから」
「一本目、起こす」
梁の点検窓に、根元から灯が点いていった。生きた腕が、関節ごとに唸りを上げて伸び、死んだ腕の下へ回り込んだ。巨大な腕が、もう一本の巨大な腕を、下から抱えにいく。爪が、死んだ腕の梁の縁に掛かった。
「抱えた」トキの声が、通信に入った。「持ち上げる。ゆっくりだ」
関節のピンが、腕の重さを背負っている。その重さを、下から順に抜いていく。ヴィクが手帳を開いたまま、生きた腕の付け根の荷重を読み上げた。三割。半分。七割。読み上げる声が、数字ごとに低くなった。生きた腕の関節が、唸りの高さを一段下げた。死んだ腕の先端が、髪の毛一本ほど浮いて、梁の影が星の上で動いた。
ブンのカンナが、関節の脇に浮いていた。ブンは宇宙服の手に隙間計りの扇を持ち、ピンの頭と受けの縁の間に、薄い一枚を差し込んだ。入らない。もっと薄い一枚。入った。
「遊びは、紙一枚」ブンが言った。「上は空いた。下は、噛んでる」
「叩きますか」テツの声だった。
「叩かない」ケイは言った。
叩けば、関節の受けに傷が入る。傷の入った関節は、部品の値を落とす。ラズは傷の分だけ、値を下げる。下がった分は、ケイの口座から出ていく。
「テツ。点検機」
テツが、若い保守員と一緒に、関節の点検口の蓋を開けた。点検機の細い首を、ピンと受けの隙間へ送った。画面に、ピンの胴が映った。茶色い斑が、胴の周りを輪になって巻いている。テツが首を回した。斑は、胴の下の一か所で濃くなっていた。ほかは、薄い。
「一か所だけです」テツが言った。「下の、この向きの、指の幅くらいで噛んでます。あとは、乗ってるだけです」
「その一か所を、揺らす」ケイは言った。「トキ。生きた腕で、死んだ腕を振ってくれ。上下に、指の幅ずつ。四秒ごとに」
「四秒」トキが言った。
「俺の船の数字だ」リレーの船長が、白板を叩いた。
* * *
揺れが始まった。
生きた腕が、死んだ腕を抱えたまま、上へ、指の幅だけ。止まる。下へ、同じだけ。止まる。梁の中のトンネルで、点検窓の列が揺れに合わせて上下し、窓の外の星が、窓ごとにずれた。ハチは関節の横に浮いて、ピンの頭の正面にいた。両方の爪を頭の縁に当てたまま、力は抜いてあった。
ケイの掌に、爪を通して、ピンの震えが来ていた。上へ行くとき、硬い。下へ行くとき、硬い。三度目も硬い。四度目、下から上へ返る瞬間に、震えの質が変わった。硬さの中に、ほんの一拍、柔らかいものが混ざった。
「今の」テツの声が上ずった。「今、画面で、斑が離れました。一瞬」
「次で押す」
ケイは両方の爪に、同じ瞬間に命令を送った。左が先に出る癖は、もう直してある。右と左が、同じ速さで、ピンの頭を押す形に構えた。
上へ。止まる。下へ。
柔らかくなった。
ハチの両腕が、同時に出た。爪がピンの頭を押した。噴射が全部後ろへ吹き、座席の背中に重さが来た。ピンが動いた。受けの縁から、頭が沈んだ。錆の粉が、関節の隙間から霧のように吹き出して、ハチの窓を曇らせた。
「出てる」ブンが言った。「反対側に、尻が出てる」
「トキ、動かすな」
「動かしてない」トキの声は、把手の向こうで平らだった。「揺らすのも、やめた。持ってるだけだ」
「コマ」
「構えてる。来い」
押し続けた。生きた腕は、死んだ腕の重さを抱えたまま動かなかった。トキの手が、把手の上で、微動もしていなかった。ピンは、ハチの胴ほどの太さのまま、関節の向こう側へゆっくり抜けていき、反対側でヤットコのコマが、出てくる尻に索の輪を掛けた。
最後の手応えが、ふっと消えた。
ピンが、関節から抜けきった。コマの索に吊られて、宙で一度だけ回った。
関節の受けと、死んだ腕の付け根の間に、隙間が開いた。指の幅。手の幅。腕一本分。死んだ腕が、何十年ぶりに、何にも繋がれずに、生きた腕の中に浮いていた。
操作室の三方のガラスの向こうで、トキの手が、把手の上に置かれたまま、止まっていた。
読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、ブックマークや下の★★★★★で応援してもらえると、とても励みになります。




