非通知発信、接続先は過去につき
わっー!こういうSF(?)もの初めて挑戦したのでドキドキです!読んでもらえたら嬉しいですっ!
「あーもしもし? だからさ、さっきから言ってるだろ。その『最新機種』って、僕からすればただの骨董品なんだってば」
僕は、誰もいない公園のベンチで、見知らぬ番号からの電話に呆れた声を返した。
『骨董品なんて失礼! ちゃんとこれ、お年玉貯めて買ったんだから。見てよ、このピンクのメタリックな感じ、超可愛くない?』
「……電話だから見えないよ」
受話器の向こうの女の子――アオイは、ぷんぷんと怒った声をあげた。さっき間違い電話がかかってきて以来、なぜか切るタイミングを失って、僕たちは小一時間も不毛な言い合いを続けている。
「だいたいさ、ホームボタンなんて今どき誰も使ってないよ。指で画面をなぞるだけ。アオイ、君、本当に2016年から電話してきてるんじゃないの?」
僕は冗談のつもりで鼻で笑った。 2026年の今、液晶の下に丸いボタンが居座っているスマホなんて、もはや歴史の教科書の世界だ。
『もう、馬鹿にしすぎ! じゃあ、今からそっち行くから、その『未来のスマホ』とやらを見せなさいよ。今、駅前のサティの時計塔の下にいるから。10分後、絶対に来てよね!』
「いいよ。どうせ暇だし、負かしてやるよ」
僕は笑って通話を切った。 話し相手は、少し意地っぱりで、やけに懐かしい言葉を使う面白い子だ。
僕はスマホをポケットにしまい、 ベンチに座ったまま、記憶の中にある今の駅前を思い浮かべた。
そこにあるはずの「サティ」――かつて街のシンボルだった赤いロゴの建物は、とっくの昔に取り壊され、今は巨大なガラス張りの駅ビルに変わっている。
「……サティなんて、もうどこにもないだろ」
僕のスマホの画面には、はっきりと【2026年5月1日】の日付が刻まれていた。 今、電話の向こうで彼女が待ち合わせ場所に指定した「時計塔」は、7年前の再開発で撤去されたはずだ。
嫌な汗がじわりと額ににじむ。 見慣れたはずの公園の景色が、急に自分だけを切り離して、どこか遠い世界の出来事のように見え始めた。
さっきまでの、あの生意気で少し幼いアオイの声。 「最新機種」とはしゃぐ彼女と、僕のスマホに表示された「2026」という数字。 その間にある、あまりにも残酷で、物理的に不可能な、十年の空白。
「……まあ,なんかの冗談でしょ」
僕は独り言をこぼし、震える手でスマホを握りしめた。 ただの悪質ないたずら、あるいは僕の脳が見せている幻覚。そう片付けるのは簡単だ。でも、あの通話の向こうから聞こえてきた、僕の記憶にある十年前の街のざわめきだけは、どうしても無視できなかった。
ありえない。絶対にありえない。 これは誰かが僕を嵌めるために仕組んだ高度なドッキリか、あるいは僕の脳がストレスでバグを起こして、昔の記憶を幻聴として聞かせているだけだ。
そもそも、2016年の人間と通話できるなんて、物理法則が許すはずがない。 冷静になれ。あの子はきっと、どこかの演劇部か何かで、わざと古い地名を出して僕をからかっているだけなんだ。
……でも、もし。 もし、あの受話器の向こうに広がる街の喧騒が、本物だとしたら? あの子が本当に、今、存在しない時計塔の下で僕を待っているのだとしたら?
思考の迷宮を彷徨っているうちに、時間は無情に過ぎ去っていた。 ふと我に返り、画面を見る。 約束の十分は、とっくに過ぎていた。
僕は、履歴に残った【非通知】の文字をじっと見つめた。 本来、非通知の履歴にこちらからかけ直すことなんてできるはずがない。スマホのシステム上、そこはただの「記録」でしかないはずだ。
けれど、画面の中の【非通知】という文字は、まるで僕を誘うように青く淡く光っていた。 吸い寄せられるように指先を伸ばすと、ありえないはずの【発信】ボタンが浮かび上がる。
僕は意を決して、その光をタップした。
耳元にスマホを当てると、スピーカーからは電子音ではない、風の吹くような「サーッ」という不思議なノイズが聞こえてきた。
冷や汗が背中を伝う。コールの音が、耳の奥までやけに響く。 三回目のコールで、ぶつりと音がして繋がった。
『もしもし! ちょっと、遅いじゃない!どこにいるのよ! 私、もう時計塔の下に着いてるんだけど! 未来人くん、さてはビビって逃げたでしょ!』
受話器から飛び出してきたのは、さっきと変わらない、少し鼻に付くけれど元気なアオイの声だった。
その背後からは、今の整然とした駅ビルにはありえないほどの、鮮やかな街の喧騒が漏れ聞こえていた。大勢の人々の話し声、遠くで鳴るクラクション、そして――今はもう、どこにも流れていないはずの、十年前の流行歌。
僕の記憶にある今の駅前は、巨大なガラス壁に囲まれた、無機質で静かな場所だ。けれどスピーカー越しに伝わってくる、あの頃の圧倒的な「熱量」に、僕は息を呑んだ。
「……アオイ、落ち着いて聞いてくれ。そこは、二〇一六年なんだな? まだ駅前にサティがあって、広場に時計塔があるんだな?」
「……何言ってるの? 冗談はさっきのホームボタンの話でお腹いっぱいなんだけど。二〇一六年に決まってるじゃない。サティも、時計塔も、目の前にあるわよ。……ねえ、本当にどこにいるの? 隠れて見てるんでしょ?』
アオイの声には、怒りよりも戸惑いが混じり始めていた。 僕の目の前にある無機質な駅ビルの風景と、彼女が見ているはずの十年前の風景。その二つが、この細い電波一本で繋がっている。
『……ねえ、何か言ってよ!怖いんだけど!』
アオイの声が少し震え、背後の喧騒がいっそう騒がしく聞こえた。 僕の頭の中にある現在の駅前は、巨大なガラス壁に囲まれ、目的地を急ぐ人々が無言で行き交うだけの、無機質で静かな場所だ。夜になれば、ハイヒールのコツコツという音さえ響くほど、今の駅前は「整頓」されてしまっている。
けれど、受話器から漏れる音は、それとは決定的に違う。 人々の無遠慮な話し声、雑踏の足音、誰かが自転車のベルを鳴らす音、そして――さっきまで頭の中で否定しようとしていた、あの泥臭いほど活気に満ちた十年前の駅前の空気そのものだ。
心臓が、喉元までせり上がってくるような錯覚に陥る。 僕の知っている「今」の駅前は、再開発で個性を削ぎ落とされた、無機質なコンクリートの塊だ。時計塔があった場所には、今はただの点字ブロックが敷かれているだけ。 それが、電話の向こうでは息づいている。 彼女は、僕がもう二度と見ることのできない景色の中に立っている。
認めたくない。でも、認めざるを得ない。 壊れているのは僕の頭でもスマホでもなく、この「世界」の理屈の方なのだ。
「……アオイ、僕を信じてくれ。今からそっちに行くことはできないんだ。……でも、僕たちが繋がっている証拠を見つけたい」
『証拠って……なによそれ。いいから早く来なさいよ、駅前なんだからすぐでしょ!』
アオイの苛立ち混じりの声が、スピーカーを震わせる。 僕はスマホを耳に押し当てたまま、ベンチを蹴るようにして走り出した。
「今からそっちに行く……いや、そこに行く! 公園から駅前までは走ればすぐだ。いいか、電話は切るなよ。絶対に切るな!」
公園の出口を抜け、街灯が規則正しく並ぶ歩道を全力で駆ける。 肺が焼けるように熱い。けれど、足が止まることはなかった。 僕が今走っているこの道も、アオイにとっては十年前の景色のはずだ。街路樹の大きさも、立ち並ぶ店の看板も、きっと僕の目に見えているものとは違う。
「……アオイ、そこから少し右に歩いたところに、レンガ造りの掲示板はないか? 駅ビルの再開発から唯一取り残された、あの古臭い掲示板だ」
『掲示板……? ああ、あったわよ。これね。去年できたばっかりの、あのオシャレなやつでしょ? 待ち合わせスポットになってるから、今も人でいっぱいよ。私、今その前に立ってるけど……あんたの姿なんてどこにもいないじゃない』
アオイの言葉に、僕は喉の奥が引き攣るような感覚を覚えた。 去年できたばかり? 僕の目の前にあるそれは、表面のレンガが剥がれ落ち、落書きと錆びた画鋲の跡だらけの、今にも崩れそうなガラクタだ。
「そこに、君の持っている何かを隠してくれ」
僕はスマホを耳に押し当てたまま、全力で走り出した。 公園の出口を抜け、街灯が規則正しく並ぶ歩道を、肺が焼けるような痛みを感じながら駆け抜ける。
「十年経っても腐らなくて、他の誰にも気づかれないような場所に。それを僕が今から見つけ出す。……いいか、今、その瞬間に隠すんだ!」
歩道ですれ違う人々が、必死な形相で走る僕を怪訝そうに振り返る。けれど、今の僕には彼らの視線なんてどうでもよかった。 今の僕の目に見えているのは、ライトアップされた巨大なガラス張りの駅ビル。けれど、耳の奥で鳴り響いているのは、彼女がいる十年前の、あの雑多で泥臭い駅前の喧騒だ。
『……わかったわよ。やってやろうじゃない。……じゃあ、これにする。お気に入りだけど、あんたを黙らせるためなら安いもんよ。よし、レンガの角がちょっとだけデザインで凹んでる隙間に押し込んだよ。今、入れたからね!』
ついに駅前の広場に滑り込んだ。 足がもつれそうになりながらも、僕は一直線に広場の隅へと向かう。 そこは、最新の駅ビルの光が届かない、影のような場所。 再開発の境界線に、ひっそりと、そして無残に取り残されたあのレンガの塊へと飛び込んだ。
あった。 アオイの世界ではオシャレな最新スポットだったはずの場所。 僕の世界では、もはや誰も足を止めない、打ち捨てられた歴史の残骸。
荒い呼吸を整える間もなく、僕は祈るような気持ちで、ザラついた掲示板の裏側に手を回した。指先が、冷たくて硬いレンガの感触をなぞる。
あった。
かつてはデザインの凹みだったであろう、今は崩れて大きな亀裂となった隙間。 そこに指を差し込むと、カサリと、硬い感触が指先に触れた。
震える指でそれをつまみ出す。 街灯の下にかざしたのは、十年分の埃をかぶって、すっかり色あせたピンク色のメタリックなストラップだった。
「……あったよ。アオイ」
声が、自分でも驚くほど震えていた。
「今、僕の手の中に、君が隠したストラップがある。……ピンク色の、メタリックなやつだ」
『……。……うそ。嘘でしょ……?』
スピーカーから聞こえる喧騒が、急に遠のいた気がした。 僕の手にある、冷たくて古いストラップ。 彼女がピカピカの掲示板に、たった今隠したばかりの宝物。
僕たちは間違いなく、同じ場所に、違う時間を持って立っている。ただ、その間には――あまりにも残酷で、確かな「十年の歳月」が横たわっていた。




