第48話 ピンシャー領の視察
数日後。
富楽はヴィヴィエットと共にピンシャー領にまで来ていた。目的は現場の視察、復権派における産業の現場がどうなっているのか調べに来たのだ。
列車から降り駅から出た所で、ヴィヴィエットはキョロキョロしながら感想を漏らす。
「正に、工業の街って感じですね。フーさん」
「だな。さすがピンシャー領だ」
ピンシャー領はルプス連邦有数の工業地帯だ。元は大した産業がない寂れた田舎だったらしいのだが、産業革命による工業化が進められる際にいち早くその波に乗り、今では工業と言えばここと言われる存在にまでなっている。
富楽とヴィヴィエットが辺りを見渡していると一人の男性が声をかけてきた。
「笹霧富楽様ですね」
シュっとした出で立ちの中年男性。どこかの制服を着こなし、綺麗な立ち姿で富楽達を出迎えてくれている。その男性のすぐ横には車が停車されており、一目で出迎えに来た事が分かる。
「あ、どうも」
富楽も相手を知っている様で手を振り応えた。ヴィヴィエットも合わせて頭を下げる。
「ピンシャー領の領主シャラセア様に仕えておりますグラブスと申します。この度はピンシャー領の視察との事で、わたくしグラブスがご案内します」
そう言ってグラブスはお辞儀をし、富楽達へ車に乗る様に促すポーズをとった。
富楽がピンシャー領の役所に産業の現場を視察したいという旨を伝えた際それがピンシャー領の領主シャラセアの耳に入ったらしく、案内のために人を寄こしてくれるという話しになり、厚意に甘える事にしたのだ。何か考えがあるのか、単に親切なのかは分からないが、有難い話だ。
富楽とヴィヴィエットはグラブスが運転する車に乗り視察へと向かった。
最初に案内されたのは機械部品を製造する工場。
旋盤によって効率よく品々が作られる様子を見せてもらい、作られている製品のサンプルを見せてもらったり、働きやすい環境を作るための取り組み等を教えてもらったり等、いわゆる工場見学的なイベントを一通り。
富楽は注意深く観察する様に、ヴィヴィエットは見慣れない工場内部に目を輝かせながら見て回り、一通り見て回った所でヴィヴィエットはヒソヒソと富楽に聞いてみる。
「復権派って国民に強制的に大変な仕事をやらせるヒドイ奴らだってイメージを持っている人も多いんですけど、過酷な強制労働って感じじゃなかったですね。大変な仕事ではあるけれど、普通の仕事って言うか」
ヴィヴィエットの言う通り。民主派を支持する国民の多くは、復権派が力を持つと国民の権力が削がれ、国民の自由が失われて過酷な労働を強制させられるというイメージを持っている。だからこそ民主派が支持される傾向にあった。
しかし今回見た工場内部にあったのはごくごく普通の労働者の姿。大変な仕事ではある。危険な仕事でもある。だけど普通の仕事風景ではあった。普通に休憩もあるし、普通に休みも取れる模様。少なくともムチを撃たれながら働く様なイメージのものなどではなかった。
「いや、当たり前だろ。国民には現場で生産活動をしてもらわなきゃいけないんだから、酷い扱いをして国民の労働意欲を削ぐ様な事をすれば、それこそ産業が崩壊するだろ?」
ヴィヴィエットはよくよく考えればそうか、といった反応。
「まぁ、確かに」
「それに、社会にとって必要な仕事ってのは、大抵危険だったり、体力的精神的にキツイものだったりするもんだ。必要な仕事をしてもらうのは民主派も一緒なんだから、民主化を進めて職業選択が自由になれば皆楽な仕事を選べるって考えている方がどうかと思うぞ?」
ヴィヴィエットは再びよくよく考えればそうか、といった反応。
「まぁ、確かに」
工場の視察を終え、次はピンシャー領の職業訓練施設。
領民が各々技術を教わり磨いている様子を見て回り、訓練を終えた人がどういう進路を進んでいったのか、領民がどういった手順で職業訓練を行うのかといった事を教えてもらった。
富楽は納得した様子で、ヴィヴィエットは興味深そうに見て回り、ヴィヴィエットは歩きながらも呟く。
「なんというか、結構自由に目指す仕事を選べる感じなんですね。復権派は政府主導って言ってたから、てっきり国民が決められないものかと思ってました」
今度は聞こえる様に言っていたので案内していたグラブスがそれに答える。
「復権派は政府主導の国家運営を理念としていますが、それは必ずしも国民の自由を奪うものではありません。国民が自由にすると社会にとって必要な仕事に就こうとする人が減り、現場で働く人が足りなくなる。だから、そうならない様に政府が調整する。その程度のものなんですよ」
富楽が補足する様にグラブスの話しを引き継いで言う。
「まぁ、あくまで社会に必要な仕事に就いてくれる人を確保するのが目的だからな。必要な人材を確保できるってなら、多少の融通は利くさ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」
職業訓練施設の視察を終え、富楽とヴィヴィエットはいくつか産業の現場を見て回り、ピンシャー領の役所にて領民に対してどんな支援を行っているのか、領民にどんな対応をしているのか等も見せてもらった。
視察を終えて移動中。グラブスの車の中でヴィヴィエットはしっくりこないといった感じで感想を漏らす。
「なんか、特別な事をしてるって感じじゃありませんでしたね。政府主導の国家運営って言っていたから、政府の徹底管理の元行われる物凄い何かがあるのかと思ってましたけど、思いの他普通というかなんというか」
ヴィヴィエットは復権派は民主派と全く違う方法で領の運営を行っていると思っていたのだろう。今回の視察で見た事ない領の運営が見られると思っていたのに、復権派の領で行われている政策はありきたりで素朴な政策ばかり、拍子抜けといった感じみたいだ。
復権派で行われている政策は特別画期的なものではなかった。例えば産業に関する政策だと、働きやすい環境を作るための支援だとか。より良い品々を作れる様にするための投資だとか。現場の意見が上に届く様する仕組み作りだとか。誰でも思いつきそうな内容を堅実にやっているだけのものだったのだ。
「ハハハ、そりゃあそうだ。まともな経済政策ってのは案外地味でパッとしないもんなんだよ。当たり前の事を当たり前にする。簡単そうに見えて、これが案外難しいんだ」
話しを聞いていたグラブスは車を運転しながら語る。
「その通りです富楽様。この国は民主化が進められた事によって当たり前の事を当たり前に行う事が出来なくなってしまっていたのです。民主化が進められる前までは産業の現場で働いてくれる人も多く、この国には潤沢な供給能力がありました。しかし民主化が進められ、国民が政治に参加する意識が強まると、それまで現場で働いてくれていた人達は、もっと良い仕事に就こうとしたり、政治活動に執着したりでどんどん労働者を辞めてしまい労働者の不足、ひいては供給能力が失われていきました。企業も自分の利益の追求のために政府に働きかける事が増え、特定の企業が利益を追求するためだけの政策が進められる様にもなり、さらには知識の無い者が政策に意見する様になってしまい政治は混乱。まともな領の運営が困難になってしまったのです」
ヴィヴィエットは納得した様にウンウンと頷く。
「なるほど。その混乱を収めたのが復権派だったと」
「はい。復権派が権力を取り戻そうとしている理由は、昔のルプス連邦を取り戻すため。だからこそ、復権派は支持を得ているのです」
っとここで車が停まる。車を停めたグラブスは富楽とヴィヴィエットの方へ振り向き、目的地への到着を伝える。
「着きました。ピンシャー領領主、シャラセア・リィケ・ピンシャー様の屋敷です」




