忘れないと誓ったはずだった
東屋での情報交換を終え、一度チュニアール使節団に宛がわれた宮殿に戻ることにしたリアたちだったが、まだ時間が少し早い。夕方には各員一度戻るよう決まっているのだし、それまでの間に、ノアリスにもう一度会っておきたいと思ったリアは、イリヤとアラン、セブンに断りを入れて別行動を取ることにした。
もと来た道をしずしずと、しかし堂々と歩く。下手に気後れした態度をとれば、却って悪目立ちするだろう。
「お嬢様」
ノアリスを訪ねようとしたリアだったが、門番が先程と別の人物になっていた為に足止めされてしまった。
「失礼ですが、ここから先は王女殿下の宮殿です。お引き取りを」
「えっと」
ノアリスの宮殿は長らく主が不在だった為に空き部屋が多く、ノアリス本人が多くの護衛を嫌って近衛もごく少数だ。
「先程まで殿下とご一緒させて頂いた者でございます。何かお聞きではありませんか?」
その分情報の伝達も早く、見知らぬリアに宮殿への立ち入りを控えるよう声をかけてきた門番も、王女から与えられた「琥珀」の偽名を出せば、手のひらを返すようにあっさりと通してくれた。丁寧な謝罪までされて却って申し訳なくなる。
リアを呼び止めた門番は四十代ほどの年齢だった。優しげな風貌で、手に持っている槍よりもシャベルやスコップが似合いそうな、穏やかな印象を受ける。
「本来なら殿下の元までご案内させて頂くのですが、殿下は人手を嫌っておられますので、ここには武官も女官も、最低限の人数しかおらぬのです。お客人にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解のほどを」
「いえ。こうして殿下とお近きになれただけでも、身に余る名誉ですから」
本心からの微笑で答えると、門番は安堵したように表情を弛める。そして、おそるおそる続けた。
「失礼ながら。琥珀様は、殿下のご友人でいらっしゃいますね?」
「えっ・・・えと、恐れ多いことですが」
勝手に友人にまでなってしまって申し訳無いが、この場で他の正解などない。頷くリアに、門番は表情を明るくし、意を決したように口を開いた。
「殿下がお戻りになってから、様々な噂が飛び交いました。偽者と疑う声もあれば、どこかの貴族の息がかかっているとの邪推や、自身を見殺しにした王家への恨みで蘇りを果たした魔の化身だなどと・・・。かくいう私も、配属された当初は恐ろしかったものです。ですが、短い期間ではありますが、殿下には陰謀の影など見当たりません。かつてと変わらず、懸命に父王陛下を支え、弟君を深く愛しておられる。我らが誇る王女殿下なのです」
思わぬ熱弁に圧倒されたリアは、ややしてようやく理解した。
「かけがえのない方なのですね」
「はい」
そんな王女が絶えず下世話な疑惑の的になっている現状に、この門番は心を痛めているのだろう。だからこそ、王女の友人であるというリアが、彼女の新たな理解者であることを望むのだ。
「私個人にとっても、王女殿下は特別な方ですよ」
嘘ではなかった。
ジャスの姉であるノアリス。今後も彼の味方であってくれたら、どんなに心強いだろうと思うし、あの茶目っ気のある人柄は素直に好感を持った。
正直な気持ちを伝えると、門番は少し照れたように笑い、リアを呼び止めた件について再び詫びて、道を通してくれた。
いくら主と仕えている者が心の温かい人物でも、人の気配が少ない冬の宮殿は寂しいものだ。今回の式典でノアリス王女が公の場に姿を現すのなら、もっと大勢の人間がいてもいいはずなのに。もしや、どこか体を患っているのだろうか。そんな心配をしながら、リアは静かな回廊を少しぼんやりとして歩いていた。
「やっと見つけた」
どこからか男の声がして、まるで気配を感じなかったリアは慌てて振り返ろうとする。しかし相手の動きの方がよほど速かった。間合いを取ろうしたことさえ見抜いたように、強く抱き締められる。
「な・・・・・・っ!」
離せ、と叫ぼうとすれば口を塞がれた。噛みついてやろうかとも思ったが、ここはノアリスの宮殿であり、相手が誰とも知れぬ状況で揉めるのは良くないことだという僅かな葛藤が、彼女の動きを鈍らせる。もし殺されそうになったら、その時はリーシャに合図を送れば即座に救いの龍が舞い降りるだろうし、間に合いそうにない最悪の場合は、実力行使で魔法をぶつけよう。王宮全体には魔力を抑制する結界が張られているが、威力を加減すれば乗り切れる筈だ。
そうリアが考えている間に、男はリアに目隠しをして、抱えたまま歩き出した。そのままどこかの部屋に入ったのが物音で解った。
(? 少し空気が淀んでるような・・・)
普段は使われていない部屋なのかもしれない。ノアリスの宮殿は、空き部屋の数なら王城で最も多いだろう。
ここにきて、ようやく男はリアを解放した。てっきり床に転がされるとばかり思っていたのに、ひどく丁寧に、なにか柔らかなものの上に降ろされる。おそらくは寝台だ。
思いがけない対応に、リアは戸惑った。それに、相手が何も言わないのも気になる。おそるおそる目隠しに手をかけるが、それさえ相手は阻む気配を見せない。ただ静かに、リアの行動を待っている。
(・・・だれ?)
仲間たちではない。しかしノアリスでもないはずだ。
ならば、他には一体?
考えても答えは出ず、リアはゆっくりと目隠しを外した。
薄暗い部屋の中でランプが煌々と光を放ち、僅かに目が眩む。誘拐犯の姿までなんだか鈍く光って見えた。
「・・・・・・?」
目はすぐに慣れた。
そこで気づく。鈍く光っているのはランプのせいではない。目の前の男の眩しい金髪そのものだと。
「え・・・・・・」
その顔を、見た。
眩しい黄金の髪と、アメジストを思わせる紫の瞳。
知らない相手ではなかった。むしろ、懐かしくて仕方のない、思い出すだけで胸が締め付けられそうな切なさを覚える、誰よりも特別なひと。
寝台に座り込んだまま、茫然と自身を見上げるリアに向ける笑顔も、あの頃のままで。
「・・・うそだ」
「ええ? 第一声がそれかよ」
少し困ったような声は、記憶の中にあるものよりもずっと鮮やかで、風のように心が揺さぶられるのを感じた。
『俺が殺してやるよ』
いつだったか、彼は言っていた。
『だから、その時までは一緒にいよう』
嬉しかった。どんな宝石よりも美しい言葉だと。
『帰ってきたら、俺たちの結婚を正式発表しよう』
その未来を信じていた、かつての自分。
「サズ・・・?」
およそ四年ぶりに本名で呼ばれた金髪紫眼の男、イア・スプラン一一一一サザード・ダズル・ナリガレロは、泣き笑いのような笑みをみせ、リアを抱き締めた。
「そうだよ。・・・やっと会えたな、リア」
彼の腕は震えていた。
理解の追いつかないリアだったが、ここにいるサズが、かつて何度も見た夢の影ではなく、生きた本人であることを、ようやく実感した。




