真冬の紅い月の下、空中庭園にて
彼は空中庭園の高い木に降り立った。黒い羽根がひらりと舞う。
今宵の月は血のように紅い。不吉な予感を覚えながらも、その怪しく神秘的な光につい魅せられてしまう。
(紅は嫌いだ)
【あの人】と【あいつ】の記憶。自分にとって忌まわしい過去。罪の意識。
「あーあ」
知らず、溜息が漏れた。
(何の為に俺は生きてる?)
他人に生かされているからか。それとも、大切なものがあるから?
果たすべき責務。投げ出せば、自分に優しくしてくれたあの人たちに迷惑がかかる。
(犯した罪を償い、苦しみながらゆっくり死ぬためか?)
そうしていつものように満天の星を見上げかけ、すぐ苦笑する。
(ここ、チュニアールじゃないんだよな)
この大帝国は世界でもっとも発展した国だと言われている。紅い月が目を引くのもあるが、城全体が明るすぎて星が霞んで見えた。
(早く帰りたいような、そうでないような……)
あの小さな国は、もちろん大好きだ。けれど、自分の居場所があるかと訊かれたら明確に答えることは出来ない。
「ジャスティス様」
「クリフか」
姿は確認できないが、まあそこら辺に潜んでいるのであろうことは感じていたので、ジャスティスは生返事をした。
「なんだ?」
「そろそろお時間です」
「ん、もうそんな時間か」
艶やかな黒髪をガシガシとかき上げる。
社会見学して来い。そう言われたジャスはある人物の代理として、今回の皇太子の婚約の宴に参加していた。
五分で飽きた。
ああいう、金持ちな己が大好きで堪らないと言いたげな貴族の顔は見ているだけで虫唾が走る。自分のような立場にある人間が言っていいことかどうか定かではないが、ああいうお上品な宴は苦手だ。
(いちいち目に細工すんのも邪魔くさいしな)
ジャスのように純色の瞳は、色を変えて見せる魔法を掛けるのが困難だ。相当な術者でなければ至難の技であり、ジャスも毎回無駄に神経を使ってしまう。
この色は帝国では尊ばれるが、ジャスの生国であるトロナイルでは迫害の対象となる。大陸中にある国々でもそこそこ目立つから、無難に過ごしたければ魔法でその色を隠す必要があった。
せめて蒼眼ならよかったのに。顔を合わせたこともない生き別れの姉は、蒼と紅の瞳を持っていたと聞く。
仲間に頼めば、その手の術に長けた者がやってくれるだろう。けれど、彼らの手を煩わせたくなかった。自尊心や見栄、遠慮とも違うこの感情は、ただ迷惑に思われたくないという子供のように情けない怯えだと苦笑いする。
その時だった。
「誰かいるの?」
心臓が跳ねた。素早く気配を隠すも、相手は既に気づいている。何かを確信したように再度声を上げた。
「誰? ここは立ち入り禁止よ」
口調と声の高さからして、相手は若い女だと判断した。武術にそれなりの覚えがある者だという事も。これでもジャスはかなりの場数を踏んできたし、厳しい教導官に師事していた。常に警戒を怠らないのが習慣であるジャスの気配を一瞬で察知し、逆にこちらは彼女がこの場に入って来たのに気づけなかった。クリフは気づいていたのかも知れないが、彼には誰が相手でも主を守りきる自信があるのだ。
(立ち入り禁止、ね。そらスイマセン)
相手はこちらが姿を現さないことに苛立ったように、殺気を放つ。別に何も企んじゃいないのに、神経質な女だ。
「じゃ、あんたはなんで入って来れんの? 王族とか?」
「“王族”じゃなくて“皇族”と呼ばれるのよ、この国の統治氏族は」
ジャスは顔を顰めた。自国が「王族」だったので、うっかり口を滑らせてしまったのだ。
「あんたさ、理屈っぽいとか言われない?」
呆れた響きに、女はムッと切り返す。
「うるさいわね。あなた何、異国人?」
「まーね。で? あんた何、皇女殿下?」
嫌みったらしく言うと、意外なことに沈黙が生まれた。気の強そうな女だから、てっきり皮肉の一つでもぶつけて来ると思ったのに。
「違うけど……」
どうにも歯切れが悪い。なんだコイツ。そう訝しんで僅かに顔を覗かせると、ついさっき見たばかりの娘がいた。
(え?)
さすがにこれは予想外だった。
「王太子妃サマ?」
「“皇太子妃”よ。しかも“予定”」
諦めたように溜息をつくのは間違いなく、未来の皇太子妃たる令嬢だ。確か父方に先帝の血を引いていて、そこらの貴族令嬢とは桁外れに身分が高い。
「あなたは、誰なの?」
自分ばかりが素性を知られてフェアではないと感じたのか、少女は仏頂面で口を尖らせた。なんとなくだが、嫌なこと思い出さないで欲しいという表情に見える。
先程の宴で人形のような印象を受けた姿とは異なる態度に、ジャスは少し興味を覚えて答えた。
「“星空の宴”所属、ジャスティス・ラゾーディア」
リアは息をのんだ。
「“星空の宴”……」
確か十年ほど前、隣国トロナイルを武装組織【ラジェーテ】の脅威から救ったとされる神出鬼没で謎の集団。公には認められていないが、それでもトロナイル国民からは絶大な支持を受けているという。
「ジャスティス、ラゾーディア?」
今しがた知らされた名も、気になる。どこかで聞いたような覚えがあった。
【星空の宴】、隣国トロナイル、【ラジェーテ】。そして最後に最も記憶を疼かせた名前、【ジャスティス・ラゾーディア】。
何かが脳裏をちらつく。しかしその正体を掴み暴くより早く、目の前に一人の少年が降り立った。漆黒の羽根が宙を舞い、まるで悪魔か堕天使のようだ。あるいは死神だろうか。
いきなり姿を現したことにも驚いたが、それより彼の背にある【翼】に目を剥いた。――黒い【翼】。
飛行魔法は大概の場合、【翼】を形成する光の色は灰色だと言われている。リアの【最後の将軍】特有の飛行魔法【天空の覇者】も光の色は少々異なるが、実体はないのだ。
しかし、この少年の背にある漆黒のこれは。
「本物の翼……?」
思わず許可もなく触れてしまう。ややして無礼に気づき慌てて手を引くが、相手は気にした風もなく肩を竦めた。
「いや? 確かに実体だけど、魔法だよ」
「これも“翼”の魔法?」
「うーん、まあそんなもん」
少年は面倒に感じたのか、曖昧にはぐらかした。しかし、それはリアの探究心を燃やす炎に油を注いでしまう。教養はあって当然の身分に生まれたリアだったが、義務より先に彼女は好奇心が強く、また知識を吸収して学ぶことに貪欲だった。
「どういう魔法? どこかの民族に伝わるもの?」
急に水を得た魚のように生き生きとした様子で尋ねられ、少年が困惑顔になる。なにこの女。引きつった表情が物語っている。
ここに来て初めて、リアは少年の容貌をまじまじと見た。背は高く、髪は黒絹の如き光沢を放っている。
男にしては妖艶に過ぎる美貌だった。睫毛にいたっては、悲しくなるがリアのそれより長く濃密に見える。もともと自分は一般的に見劣りするタイプの容姿だと理解しているが、男相手にここまで見事完敗したのは人生初だった。なんだろうか、この途轍もない敗北感は。いっそ清々しくなるほどの負けっぷりである。
(……なんか、ショック)
キラキラと瞳を輝かせて問い詰めてきたと思えば、その数秒後には何やら落ち込み始める。そんな不思議というより少し変わった公爵令嬢を少年――ジャスティスは得体の知れないものを前にしたような眼差しで見た。
「あんたさ、お嬢らしくないって言われない?」
「悪かったわね」
口をへの字に曲げてそっぽを向く姿に、ジャスティスが笑いを零した。
「な、なによ」
「別に?」
見咎めたリアは小さく責めるようにジャスティスを睨みつけたが、相手は悪戯っぽい笑みを深めるばかりだ。
「もう」
むっすりとするリアに、彼はとうとう腹を押さえて笑った。何がそんなに面白いのよ。ギッと睨むと、ジャスティスは必死に笑いを押しとどめたが、心なしか体が痙攣しており、頬が引きつっているように見受けられた。体調が優れないからではない。真顔を保つ努力の証だが、それさえリアには失礼というものだ。
「あんたねぇっ」
「あんたさ」
つい普段の二人称を口走ったリアの怒声を、ジャスティスが遮った。なによ。目で問うと彼は苦笑した。
「実は結構、嫌われてる?」
その瞬間にリアも気づいた。
……囲まれている。
「まぁ、ね。あまり好かれる事はないわ」
「奇遇だな。俺もだ」
ニヤリと笑い、ジャスティスは指を鳴らした。
「クリフ」
暗殺者たちが、気配を察し動いた。リアはどう避けるか考える間に、ジャスティスの腕に抱き上げられていた。彼は発動したままだった謎の飛行魔法で、空中を自在に泳いだ。抱えられているリアは目を白黒させる。なにせ飛行魔法は苦手中の苦手で、リアにはいつも何かに激突していた記憶しかない。酷い時は大気圏付近まで急上昇してしまったほどだ。そんな場合ではないと承知しているが、こんな風に思うまま飛べるなんて羨ましい限りだ。
漆黒の羽が、演舞の余韻のように宙を踊る。
空中庭園を暗殺者たちから逃れるように飛び回った。リアはジャスティスに抱えられているだけだが、不意に気づくものがある。
(こいつ、楽しんでる)
絶対に捕らわれないという自信があるのだろう。事実、先程から攻撃の類は全く受けていない。
どれくらいそうしていたか。やがて暗殺者の数が減ってきた。というか地に伏している。何故かと思っていると、大柄の男が暗殺者たちを切り倒していた。
「あなたの仲間?」
「護衛だってさ。本人曰く」
辟易したように答えると、彼は以外にも丁寧にリアを降ろしてくれた。
「じゃあ改めて。俺はジャスティス。ジャスでいいから」
つけ足された言葉に、リアは目を剥く。リアなどが属する上流階級では、自分の子供でもない相手の名前を略称で呼び捨てるのは恥ずべき不敬とされているのだ。それは貴族として型破りなリアにも言えることで、例外は亡き幼馴染くらいなものだった。あの皇太子でさえ、身分や年齢が上で性別が男だったにも関わらず、リアを「レリアル」と呼んでいたのだ。異国でも似たようなものだろうにと、密かに戸惑いながら名乗った。
「レリアル・ウルフラーナ・ストレイよ」
「知ってる」
にっこり笑ったその表情は、男の色香が漂う妖艶な美貌にはそぐわない、無邪気な少年のもの。屈託のない様子に戸惑い、助けてもらったことに対する感謝の気持ちを伝える為だと言い聞かせて付け足す。
「でも、リアでいいわ。よろしく、ジャス」
半ば勢い込んでそう言うと、急に羞恥が這い上がってきて頬を染めた。視線を彷徨わせ、誤魔化すように尋ねる。
「ねぇ、あなたは貴族じゃないの?」
帝国の名のある貴族は大概金髪だが、異国から招かれた賓客の貴族なら、黒髪でもおかしくはない。
「違うよ」
僅かに躊躇うそぶりを見せたが、ジャスはそう答えた。言及するためリアが口火を切るより早く言い足す。
「言っただろ、“星空の宴”だって。ウチの首領の代理で来たんだ。外見的に、こういう場にいても違和感ないからって」
確かに。金髪のように派手な色でもないのに、彼の黒髪は華やかな印象がある。味気ない茶の髪と瞳を持つ事にコンプレックスを感じているリアは、一抹の羨望と嫉妬を覚えた。
「首領ってどんな人? あ、もちろん無理には聞かないけど」
「それぐらいならいいけど。我侭で年中酒樽といちゃついてる乱暴ものぐさ女王だな」
どこか投げやりな返答に目が点になる。色々突っ込みたい箇所があるが、まず尋ねた。
「女性が代表なの?」
一昔前よりマシとはいえ、女性の社会進出を未だ快く思わない輩はまだ大勢いる時代だ。
「まあね。色々問題のある性格だけど、大勢の上に立つ人間としてはアレぐらい度量が必要なんだろ」
「ジャスティス様」
相槌を打とうとしたリアの声を掻き消したのは、先程の大男だった。助太刀の礼を述べるべきか迷い、思わずジャスを見上げる。
本来、侍従に対して主やその友人が何かの礼を口をするのは作法に反している。リアとジャスは友人といえるような関係ではないが、彼の主たる少年はリアを見下すそぶりがない。他人から昇格した顔見知りといった所か。この大男は主であるジャスを守っただけで、リアのことは序でに過ぎないのだろうが、それでも助けてもらったことには変わりないし、ここには目を光らせている教育係もいないのだ。
「クリフ・ラドール。堅物だけど、時と場は弁えてるから」
こちらの内心を読み取ったように苦笑され、リアは躊躇いがちにクリフというらしい巨漢を見上げる。まるで岩のようだ。ジャスでさえ小さく見えてしまう。
「クリフさん。助けて下さって、ありがとうございます」
外見からして厳しく生真面目そうな人だから、この娘は従者に何を言っているのかと呆れられたのではと密かに危惧したが、返ってきたのは淡い微笑だった。
「勿体無いお言葉です、お嬢様」
無骨な姿に合わない穏やかな表情に、リアはポカンとする。
森のくまさん。失礼かもしれないが、それがクリフに対する第一印象だった。場所が空中庭園であり、背景に豊かな植物たちが生い茂っているのも影響している。
「しっかし、どうすっかなコレ」
ジャスの困惑したような声に振り向くと、そこには先程リアを狙った暗殺者たちが横たわっていた。
「そいつらは……」
「生きてる。骨はだいぶ折れてるけど」
後半はクリフを睨みながらジャスは言った。護衛とはいえここまでやる必要はないだろうと呆れているのだ。
「てかさ、訊いていい?」
「? ええ」
何だろうと身構えると、ジャスは立ち上がりながら疑問を口にした。
「あんま狙われても驚いてなかったけど、心当たりでもあんの?」
そのことか、とリアは拍子抜けした。
「ああ……私、皇太子妃になるでしょ? これ以上皇族と公爵家が強く結びつくのを面白くないと感じている連中が多いのよ」
まさか結婚式で史上最悪の謀反行為を犯そうとしているなどとは夢にも思わない彼らは、リアの命を躍起になって狙ってくる。
「……どうせ、長くないのにね」
独白めいて呟くと、ジャスが目を見開いた。
「あんた――――」
その時だった。
「ジャスティス様」
焦れたようなクリフの声。
そして。
「え……」
リアの目の前で、ジャスの瞳が、色を変えた。
濃い茶色から、美しい宝石のような色に。
リアがいつか失った、あの茜空のような色に。
現れたのは、紅玉のように煌めく赤い瞳だった。
その後すぐに、騒ぎを聞きつけた警備兵が駆けつけ、面倒は御免だとジャス達は姿を消した。赤い瞳で、すまなさそうに。
リアは気が動転して、嫌悪の対象である皇太子に肩を揺すられてもまともに反応できなかった。
赤い、ルビーのような紅の眼差し。
自分とサズ以外で初めて出会った、赤眼の民。
大丈夫か、妃殿下お気を確かに、早く医師を呼べ。怒号が飛び交う空中庭園で、リアが思うのは黒い翼の少年だけだ。
リア達のような女神の末裔とその血族は、平素から双眸を血色に光らせている訳ではない。特有の能力や大きな魔法を使う時のみ、妖しく輝くものだ。普段はその色を隠している。本性を人間の皮で包み込むように。
しかし、彼は魔法で茶眼に変えていた。あれは一体――――?
周辺諸国の出身だろう。国主を「王族」と呼ぶのは、リアの感覚からすれば異国風だ。
確か東のトロナイルが「国王」、南のアルポロメが「大公」で……とそこまで考え、少年の名前が全身を貫いた。
(ジャスティス・ラゾーディア?)
聞き覚えのある名だ。異国の、おそらくは身分ある者。他国の貴族にさほど詳しいわけではないが、彼自身が「違う」と否定していた。
(どこだっけ……いつ聞いた?)
そうやって悶々としていると、記憶の端に知識が蘇ってきた。彼は瞳を隠していた。多少目立つといっても、あの手の変化魔法は骨が折れると聞くのに。
(トロナイル?)
そういえばあの国は、隣合う国だというのに、一つだけ間逆の文化がある。
確かーー。
(赤眼の者を“魔女の児”として排斥している……)
日常的に瞳を隠す習慣がついていたのなら、彼はトロナイルの出身だと推測するのが妥当だろうか。
「危険です、ラフィヴァローディ!!」
ラフィヴァローディ。それは「ファディロディア大帝国皇女殿下」という意味を持つ略式の敬称だ。ジャスのことばかり考えていたリアはぼんやりと振り向く。そのように呼ばれるのは、自分を姉のように慕ってくれているあの少女以外いない。
「リアお姉さま!!」
「殿下?」
「ごめんなさい、わたくしがこのような場をお勧めしたせいで、姉さまを危険な目に……っ」
「え?」
危険どころかある意味、望外の幸運といってもいいほど出会いがあったのだが。まさか本当のところを言える訳もないので、リアは皇女の目尻に溜まった涙を拭い微笑んだ。
「私はこの通り、傷一つ負ってはおりません。ですから殿下、どうか泣かないで下さいな」
すると皇女は鼻をすすり、こっくりと頷いた。
「どう思う?」
「どう、とは」
クリフがとぼけた。コイツ全部分かっててしらばくれてたんじゃないだろうなと、疑惑に頬が引きつる。
「なんで連中、リアの所在を知ったんだ?」
ジャスがリアの気配を機敏に察知できなかったのは、彼女が無防備で無気力、言ってしまえば覇気の類を全く持っていなかったからだ。リアが武人の娘であるのは予備知識として頭に入っているし、彼女自身も武に覚えのある者であろうことも関係している。
けれど、暗殺者として訓練された集団なら話は別だ。ジャスは幼い頃から何度も命を狙われて育ち、その手の者が放つ独特の匂いと気配にはよほど鋭い。【星空の宴】には元暗殺者も数名いるので、彼らに訓練もつけて貰った。
奴らは、ジャスより早くあの庭園に潜んでいた。
狙いが分からないうちは刺激するのも面倒だと、気づかぬふりをしていたけれど――――。
連中の狙いが、最初からリアだったとしたら。
(待ち伏せってもなぁ)
普通、婚約披露宴で花嫁はこんなところまで抜け出したりしないだろう。望みの薄すぎる博打だ。
「大丈夫かな」
そこまで心配してやる義理もないのだが、あの少女は気にかかる。
この呪われた血色の瞳を見て、泣きそうになっていた鳶色の瞳。恐怖や嫌悪とは違う、悲しくて寂しげな孤独の翳り。
なにより。
『……どうせ、長くないのにね』
肝が冷えた。彼女の語るそれが、自身の死であるように思えたのだ。
あの時、彼女は反撃しようとしていた。生きようとしていたのだ。
それなのに。
(あんたは生きたいのか? それとも死にたいのか?)
生きることにより闇を纏い、死ぬことに希望を見出しているような、狂気に揺れる亜麻色の髪の娘。
あれでは、まるで自分と同じではないか。
今そばにいる人に感謝しながらも、こうして息をすることが苦痛でしかない。守れなかった大切なひとの命が、鉛のように胸を塞いで誘惑するのだ。
早く来て、と。
知らず知らずのうち、片耳に手をやった。馴染み深い真珠の感触に、軽い安堵と寂寥がこみ上げる。
【あいつ】が遺した、唯一の品。【あの人】には見せられない。
ごめん。
もう永遠に歌うことのない少女に繰り返す。ごめん。
「セレナ」
君の元へは、まだ逝けない。




