埋まらない傷
みんな死んじゃえ。
心の中で悪態をつきながら、リアはグラスを傾けた。果実酒の味が口内に広がる。
(くっだらない)
煌びやかな宮殿、輝くシャンデリア、美しく着飾った婦人たち、華やかな舞踏会場。
そのどれもが、下らなくて仕様がない。モノクロの世界に一人放り込まれたようだ。
色味のないと感じるのはもちろん、サズの存在しない世界に価値など見出すことができないからだ。
サズの目はアメジストを思わせる紫眼だったが、光の加減次第では青くもなり、異能を発動させれば夕日のような茜色に輝いていた。
あの瞳の、儚くも眩しい光が、リアは大好きだった。小さくても温かい優しい灯火のような彼の在り方が。
(死ねない)
死んでしまいたいと思う。けれど、過去のリアに何度も「生きろ」と説いたのは他でもない彼自身で。
(せめて、一矢報いてみせる)
「レリアル姉上」
狂気に染まりつつあったリアを、少年の声が現実に引き戻した。
「ファルディオ」
異母弟ファルディオ。継母が父に嫁いだその年に身ごもった子供で、ストレイ公爵家の跡取りとして大切に育てられている十二歳の少年だった。
「なあに?」
「改めて、婚約成立おめでとうございます」
「……ええ」
そういえばそうだった。今宵の宴は、自分と皇太子エドワードの婚約を祝うものだった。それでもリアの癇癪を恐れてか、大帝国上層部の人間が集まっているにしては驚くほど規模が小さい。裕福な金持ち国なので、他国と比べればこれでもかなり盛大な宴なのだが、リアは生憎と他国の宮殿に赴いたことがないので分からなかった。
「でも、殿下は本当に広い御心をお持ちですね。斬首されてもおかしくない無礼を犯した貴女のような蛮族を、それでも妃として迎えてくださるというのですから」
爽やかに微笑みながらも、言葉は辛辣そのものだった。彼は生母チゼータ同様、リアの存在を快く思っていないのだ。
「そうね。気の狂った女の相手は同じく気の違えた男でないと」
リアは微笑んでそう答えた。
標的は皇太子と父。場合によってはこの異母弟や義母まで巻き込んでしまうことになるが、そこはもう割り切っている。
民衆の前で、この国の次期皇帝を殺めた上で自害する。娘の犯した罪で父も失脚、あるいは斬首されれば良いのだ。
結婚式まであと半年。精々、人生最後の平穏を味わっていろ。
そんな黒い思考を巡らせるリアの内心を知りはしないものの、薄気味悪そうに弟は離れて行った。
(ふん)
「リアお姉さま」
鼻を鳴らした瞬間、少し離れた所から少女が現れた。
「マリアさま」
久しぶりに顔を合わせた皇女は、その気高き身分に相応しい美貌で輝いている。幼少期から片鱗を見せていたが、成長したその麗姿は予想以上の美姫だった。
「ご無沙汰しております、リアお姉さま」
「ええ、殿下も」
先程より柔らかく微笑みながら、リアはふと思う。
(“姉さま”か)
もちろん彼女にそんなつもりはないと理解している。昔からマリアは姉妹のように接してきた。リアもこの二つ下の皇女を可愛く思っている。
そんな少女の兄を、自分は殺す。
そして恐らく、謝罪も慰めもできないまま自分も死ぬ。
(ごめんなさい)
こんなにも慕ってくれる相手に、自分は何をしようとしているのか。
たぶん、彼女のすぐ目の前で殺すだろう。それが一番、リアにとって好都合に事が運ぶのだから。
「あの、お姉さま」
「はい?」
リアの顔色を見て何かを察したのか、マリアは小さく微笑んだ。その優しさがリアの罪悪感を強め、胸の痛みが増してゆく。
「なんでしょうか」
「今日の空中庭園は、月がよく見えましてよ」
あそこなら人もそうおりませんから。そう言い添える姿に納得する。皇女はリアが宴に疲れていると解釈したのだ。人の少ない所で休息をとってくればどうかと、遠まわしに勧めてくれている。確かに夜の空中庭園ならば、いるのは精々常駐の管理人数名くらいだろう。
「そうですか。ありがとうございます」
二重の意味を込めて礼を述べる。皇女はにっこり笑った。
「いいえ。では姉おさま、また後ほど」
優雅に一礼して淑やかに去る皇女を見送ったのち、リアは人ごみを掻い潜って広場を抜けた。
実際、酒や香水の匂いで肺の辺りが気持ち悪い。愛想笑いを貼り付けて媚を売ってくる貴族どもには吐き気しか感じられなかった。
これだから宴は嫌いだと、リアは逃げるようにその場を後にする。
夜の回廊は静かだ。空中庭園に向かう途中で、一人になりたいからと護衛を下がらせる。リアの癇癪を恐れてか、彼らはすぐに距離を取った。さすがに会場に戻るつもりはないらしい。
まあいい。つんと歩き続けるリアは、空中庭園の近くに衛兵が一人もいない事に気がついたが、あまり興味を持つこともなく先へと進んだ。
そして、彼に出会った。




