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幕間にて





 宴の翌日、日が昇るより早く、ジャスは目を覚ました。

 隣には、可愛い従弟が眠っている。起こさないようゆっくり寝台を降りて、なるべく静かに身支度を整える。

 広大な敷地に反して、王都ヴァレンティノワ公爵邸は使用人がさほど多くない。その中で、早朝に庭師でもない者が花壇の傍らにたっていると、嫌でも目立つというものだ。

「おはようございます、ジャス」

「おはよ、リーシャ」

 まだ暗い庭で、リーシャの淡い金髪は僅かに光って見える。その儚さに、ジャスは目を逸らす。

「話があるって?」

「はい。寿命の件なんですが」

「単刀直入だなぁ」

「だってジャスが相手ですから」

 そう、優しく笑ってくれる。これとよく似た表情を、以前にも見た。

 リーシャ、あんたも。

「死ぬ気か」

「んー、諦めたというか、もともと無理な話だったんですよ、私の延命なんて。龍神の魂をヒトの器に押し込めてるんです。寧ろ、あのまま普通にアイモダで暮らしていたら、今頃とっくに天に還ってるでしょうね」

「身も蓋もないな」

 穏やかそうに見えて過激な面を秘めたリーシャらしい、といえばらしいのだが。

「だから、もういいんです。これ以上ジャスを煩わせるわけにはいきません」

「煩わしくなんかない」

 いささかムキになってジャスは断言した。リーシャから生きることへの執着が薄れているのを、嫌でも実感させられたからかもしれない。

「いなくなったりなんかしないって、ランティスさんにも言い聞かせてるんですよ」

「……よく俺は殴られなかったな?」

「ランティスさんも、知らないふりをしている期間が長すぎたんだと思います。一緒にいる時間が誰より多かったから、些細な変化で彼は気づいたはずです。……ずっと見て見ぬふりをしていたんですよ」

 現実逃避というやつだ。しかし、ランティスが思わず目をそらしてしまったことを、ジャスは情けないと思わない。

 最愛のひとが、もうすぐこの世を去る。本人はそれを苦に思わず、打ち明けても来ない。本当ならとっくに朽ちていた命だから、と。

 ランティスの恐怖と絶望はどれほどのものだったか。

 だから気づかないふりをした。見て見ぬふりでそばで笑った。本当は知っていたから、秘密を黙っていたジャスを責めることしない。

「俺は間違えたな」

「え?」

「ランティスに隠し事なんてするんじゃなかった」

 一緒に苦しむ道を、選んでやれなかった。どうにか知らせず、穏便に解決できないかと、都合のよい甘い夢を見てしまった。

 傷つけたくないはずだったのに、リーシャと共犯になったジャスには、苦しむランティスに言葉をかける資格はないのだろう。

「でも、ランティスさんだってジャスに秘密くらいあるでしょう?」

「え……ああ。“サズ”の話?」

「はい。ですから、ランティスさんとジャスは、やっぱり似た者兄弟なんですよ。私のせいで今は少しばかり気まずい思いをさせてしまいますが、きっと助け合っていけるはずです」

 ジャスは拳を握った。

 リーシャの穏やかな表情が、死の覚悟を決めているものだと理解した。

 彼女の意識はすでに、自身の死後に向けられている。

「いつまで持つ、とか分かるのか」

「やっぱり春くらいかと」

「あと半年もないぞ」

「ええ。でも私は、いつ死ぬかより、どう生きるかが大事なんです。だからこそ、今の私は全てのものに等しく感謝し、身近な人々を愛することができます。幸せでしょう?」

 自然な角度で弧を描く唇が、聖女のような言葉を放つ。その姿に、ジャスは負けた。

「女って勝手だ」

「はい?」

「いつも勝手にいなくなる。弱音も吐いてくれなかった。友達なのに」

 恨みがましくいう。

 また、見送るのか。しかも今度は予告つきで。

「セレナさん、でしたか。ジャスとリアのお友達」

「あんたにも紹介したかったよ。たぶん、気が合うと思う」

「リアは、セレナさんがジャスの初恋なんじゃないかって、気にしてましたよ?」

「そうやって意識してもらえてるなら頑張る甲斐があるな」

 肩を竦める。すると、リーシャがじっとこちらを見たので、ジャスはやや戸惑った。普段の物腰は柔らかいが、もともと彼女は厳格かつ敬虔な巫女姫であり、本人が無意識でも、ふとした眼差しの強さはルフィスや父など、王者のそれを思わせる鋭さがある。

「……な、なに?」

「いえ。できれば私が生きてるうちにお祝いさせてくださいね」

「半年以内にサズの問題片付けて振り向かせろって言ってる?」

 それはなかなか無理難題だと呻くジャスは、リーシャの小さな囁きには気づかない。

 本当に鈍感というか、なんというか。

『リアはセレナさんがジャスの初恋なんじゃないかって気にしてましたよ?』

『そうやって意識してもらえてるなら頑張る甲斐があるな 』

 ……おそらく、無意識に答えをはぐらかした。

 きっとこの少年は、生涯セレナは友であったと断言する。しかし、彼女について語る、その横顔は。

「そっくりですね」

 初恋(サズ)について話すリアを思わせて、惹かれ合うのも道理の二人と、リーシャは感じた。






 布団に誰かが潜り込む気配に、リアは覚醒した。しかし驚きはない。ここ数日で()()の珍妙な言動にはすっかり耐性ができてしまった。

「おはよう、ヒルダ」

「おはよーお姫様~」

 訂正。いつもと少し違う。

 普段ならへらへら笑っている場面なのに、何故かヒルダは布団から顔を出さない。どうしたのだろう。

「ヒルダ……?」

 おそるおそる、布団をめくる。案の定、深刻そうな顔のヒルダが赤い目でこちらを見ていた。

 もしや、自分を警護するため徹夜していたのか。いや、それにしたら様子が奇妙だ。普段の彼女は自身の疲労など簡単に隠してしまうのだ。

「どうしたの?」

 リアがサズとの件ですっかり参ってしまっていた時、ほぼ初対面にも関わらず親身に世話してくれたヒルダだ。当然リアは彼女に恩義を感じているし、こんな自分でも役に立つなら何でも言ってほしいと思った。

 それはとても真剣な思いで、だからこそヒルダが呻くように話した内容には目が丸くなってしまう。

「え、と……求婚紛いの告白をされたってこと?」

「やばいよ。え、やばいよ。殿下の親戚だし僕にとっても友達みたいなもんだし名門の人だし男爵家(うち)よりずっと格上の相手がこんな成金娘に何してくれてんの」

「今の説明の通りなら、ヒルダをとても大切に想っているように聞こえたけど」

「だから、なんで僕なのさ!?」

 ヒルダが自身を示して真顔で言う。

「おかしいだろ!? なんで僕!? 他にもっといっぱい可愛い子いるだろーになんで僕!?」

「あたしから見てもヒルダはとても魅力的だと思うけど……」

「ありがとうお姫様……あー、未来の王妃様の侍女になるからお断り、とか無理かなぁ」

 抱きついてくるヒルダの発言に、リアはぎょっとする。

「それ、どういう」

「今度はお姫様の番ってこと。僕の話よりそっちが聞きたくなってきた」

 あ、現実逃避だな……とリアも察したが、確かにヒルダを始め、多くの人に迷惑をかけ厚意を貰った今回の騒動の顛末を、報告するべきかもしれなかった。

「ジャスが好きよ。でも、一緒にはなれないって伝えたわ」

 ヒルダの目が丸くなる。そこまで驚くことだろうかと思いながら、リアは身を起こした。

「まず着替えましょ。他の皆のことも気になるし」

 大分飲んだくれていた仲間たちを思いだし、リアは小さく笑った。




 同じ頃、同じ屋敷の片隅で。

「そっか。リオンに伝えたのか」

「はい。長い間……巻き込んでごめんなさい」

「いや、いいよ。望んで共犯になったんだから」

 ランティスは笑って言うが、その様子が空元気であるのは、幼なじみであるサーシェスにはよくわかった。

「それで、どうなった?」

「自己紹介して、握手しました。……本当に、つまらない結末ですね」

 これはひとつの恋の終わりだ。

 いや、もう恋ですらなくなっていた、未練のような何か。

 これで、吹っ切れた。

「すっきりした顔だな」

「これからはリオンの恋を素直に応援……するのは辛いというより、まだそんなに元気にはなれませんけど。疲れそうなので、遠くから見守れたらいいなと思います」

「幼なじみの家族は、間違いなく姉貴のサーシェスの方だからな」

 悲惨なくらい幼い嘘がねじれていただけ。今からゆっくり解していけばいいのだと、ランティスが笑う。

「それで、ランティス」

「ん?」

「レリアルさんの許嫁の件ですが、まさか相討ちを覚悟してたりしませんよね」

「リーシャがいなきゃ考えた」

 特に躊躇う様子もなくランティスは応える。

「けど、リーシャがいる。だから、どうにか説得して敵からサズを引き離したいんだ。その為には、無傷じゃいられないだろうけど」

「命は大切に。……元暗殺者(わたしたち)がいうのもおかしな話ですが」

「いや、いいんじゃないか」

 いのちはたいせつに。

 ランティスが小さく繰り返す様に、サーシェスは僅かな不安を覚える。

 まるで、リーシャと出会う前の彼に戻ってしまったような、そんな胸騒ぎを。






 大人たちが自分に何かを隠しているというのは、頭の悪いセブンでも察していた。誰にも触れられたくないことはあるだろうと、そのあたりの分別は持っているセブンは、その事実を不満に思いはしても苛立ったりはしなかった。もっと頼ってもらえるよう、大きな人間になるため努力するだけだ。チュニアールに残してきた親友(ラド)なら、きっとそう言う。

 リアとジャスが、ひとまずは話し合えたのなら、セブンにとって今回の件は上々の幕引きだ。比翼連理と例えるべき彼らの仲違いを、手遅れになる前に止められたなら。

 あとはジャスをどうチュニアールに引き戻すかだが、こちらはセブンの個人的な考えなので、リアを巻き込むつもりはない。

 と、いうわけで。

「おーい。イーリーヤー! 起きてっかー? アランも早く起きろー!」

 ジルハーツ義兄弟の部屋に早朝から押し掛けたセブンは返事も待たずドアを開け放った。

「ぅ…?」

「セブン、声大きい……」

 朝が弱いイリヤと、昨日ランティスに飲まされすぎて二日酔いらしいアランが、寝台の上でノロノロと身を起こす。

「作戦会議だ!」

「……ん、あ?」

「わかったから、……水がほしい」

「しゃあねぇなあ」

 寝台脇に水差しは用意されているが、今のアランでは自分で注ぐことも難しそうだ。チュニアールの【星空の宴】に所属しているうち、酔っぱらいのあしらいや二日酔いの処置にも慣れてしまっていた。

「あ」

 サイトテーブルの前に立つと、窓の外の少し離れた場所で、珍しい光景が見えた。

「リオンって剣、使えたのか」






 セトは正面で木剣を構えるリオンを見据えた。彼の剣は、とにかく速い。しかしその独特の身のこなしにも、セトは既に適応しつつあった。

「はい、終わり」

「……!」

 リオンの動きを先読みし、剣を弾いた。リオンも決して弱くはないのだが、こちとら剣で生計を立てているのだから、簡単には負けられない。

 何よりも、リオンの剣筋には迷いのようなものが感じられた。

「すっきりした?」

「うん。ありがと」

 大の字になって芝生に転がるリオンは、額の汗をぬぐって笑った。少し落ち着いた様子にセトも安堵し、木剣を置いた。

「セトはジャスに用があるんじゃないの?」

「そうだけど、急いでも仕方ない案件でもあるし」

 セトの目的はエメリヤの情報だ。かの国が現在のどこに存在していたか、そして【彼女】はどこに眠ったか。

 墓守りと友人になった日、セトは思ったのだ。

 確かに【彼女】は、この世界で生きていた。なら、その痕跡に触れたいと。

「何それ。気になるなぁ」

「大したこっちゃないよ。おれはエメリヤ王国について調べてるけど、資料が乏しくて。それで、この国の保有する情報を、可能な限り教えて貰う約束だ」

 特に隠すことはないだろう、と軽く言ったセトだが、リオンは予想外の反応をみせた。

「……エメリヤ? なんで?」

 ゆっくり上体を起こし、探るような目でこちらを見る。

「墓を探してるんだ。どうしても逢いたくて」

 誤魔化しは必要ない。セトは笑った。

「どんな形でもいい。とんでもなく遅くなったし、ただの自己満足でしかないけど、いつか絶対にって決めたから」

「……誰の、墓?」

 何故かリオンが僅かに動揺を見せる。ひょっとしたら、彼もエメリヤについて何かしらの情報を持っているのだろうか。

「エメリヤ王国で最後の姫になった、ソフィーア・レプト・ラフィエメリヤの墓」

 女王の姪であり、王族が減った当時は叔母から後継者に指名されていた少女。召喚魔法に長けていた。

「……その顔は何か知ってるんだな」

 セトは、向かいで絶句するリオンに苦笑いする。だが、ジャスとの約束があるから、目の前の彼を問い質そうとは思わなかった。

「知ってることはあるけど、少ない。それに」

「簡単に言えることでもない?」

「ん」

「はは。でも、知っている、ということは素直に教えてくれるんだな」

「付き合ってくれたお礼だよ」

「それなら酒の一杯でも奢ってくれ」

「まだ飲むの?」

 リオンの呆れ顔に、軽く笑った時だった。

「!」

「なに?」

「いや、……なんでも」

 誰かの視線を感じたが、それはすぐ一瞬でわからなくなった。





 その視線の主は、セブンではなかった。

「どうしたの、メブルス」

 主の声かけに、白い魔物は眼下から目を反らし、なんでもないと答える。しかし、頭のなかでは、今こちらに気づきかけた男について考えていた。

 どこかで会ったことがあるのだろうか。

強烈な違和感を覚えたのだ。

 どうしてまだ生きているのかという疑問。しかし、記憶の伴わない謎に、メブルスは主を巻き込もうと思わなかった。そのまま滞在している王宮へと向かう。







「おはよう、王さま」

 隠し通路から顔を出した娘に、ウィリアムはもう驚かなかった。その後ろから続く金髪の青年にも。

「どうした、ノアリス」

王女(わたし)の死亡時期について。……これから騒がしくなると思うから、先に確認しておきたいなって」

 (ジャス)の手間を少しでも省きたいのだろう。そうでなければ、ノアリスは動かない。

「“黎明の騎士団”に殺されたことにする? でも、王宮内での事件として扱うんじゃ面倒だし。かといって偽物説を肯定したら……ん? 別にわたしを王女として認めたのは王子さまじゃなくて王さまだから、別に恥かかせても問題ないのかな……ね、紅夜はどう思う?」

 素直すぎる娘にウィリアムは呆れた。そして、非常に答えにくい内容を問われた娘の恋人に、少し同情した。

 が。

「それでいいじゃないか。なんなら、こないだの騒ぎも偽者が手引きしたことにして、弟王子が姉姫を冒涜した奴らに引導を渡すっていう、大衆が好む筋書きも出来る」

 彼はとりなすどころか娘に完全同意だった。似た者同士でお似合いか、とウィリアムは溜め息をつく。

 自分や妻のようにならずにすむなら、それに越したことはない。

 壊れた妻を思いだし、ウィリアムはそう願った。







 マリアンヌ・ルーゼランカ・ラフィファディロディアは、それを見て溜め息をついた。

 数えきれない量の、差出人不明の手紙。内容は、ジャスティス王太子との縁談を破棄するようにとの事。

「よくもまあ、飽きもしませんこと」

 生憎とこんな紙切れで恐怖を感じるほど、マリアンヌは可愛い性格をしていない。今回の件は敵が多すぎるし、国外である為受け身の構えだ。

 その、問題となっている王太子とは挨拶をした程度だが、いまひとつ底の知れない男という印象も持った。

 上手く操れるだろうか。

(でも)

 それに何の意味があるのか、とも思う。

 誰より慕った従姉(リア)が行方不明になってから、もう一年近くなる。彼女が自分の意思で消えたことを察しているマリアンヌは、捜索には関わってこなかった。

 もう、普通の王女として嫁ぐべきなのだろうか。きっとあの王太子は【はずれ】の類いではないし、悪い話ではない。

 だが、伯爵の無念を思うと、自分だけが役目を終えた気になって舞台から降りるのは、どうなのだろうと不安になる。

 なんなら敵討ちに兄を追い落とすくらいはしたほうがいいだろうか。しかしそれは国が乱れる。マリアンヌがそう頭を抱えた時だった。

 窓の外に広がる初冬の朝に、雪が舞う。

 まだそんなに冷えていないのに、とマリアンヌは驚きと共に立ち上がる。

 少し頭を冷やそう。

 そう思って出たバルコニーには、先客がいた。

「雪はお好きですか?」

「……ええ」

 敵意は感じられない。何よりも驚いたのは、その容姿だ。

 伝承に聞く雪女を思わせる銀の髪と白い肌。そして、我が帝国で尊ばれる赤の瞳。

「貴女は、雪女?」

 冗談のつもりで言った。しかし、女はにっこり笑った。

「ご明察です」

 彼女がそう言った途端、雪が止んだ。どうやら、このバルコニーにだけ降らせていたらしい。

「私はシンルー・アーゼと申します。突然の無礼、どうかお許しを。主より、内密の伝言を預かっておりまして、このような形に」

「あなたの主……?」

 聞き咎めたマリアンヌに、シンルーは小さく頷いた。

「ジャスティス王太子殿下です」

 事態が動く音を聞いたと、マリアンヌは思った。










 

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