運命の恋を信じるのなら
世界で一番に好きなのが、ただ血の繋がっただけの相手だった。罪人でも死者でも他人の許嫁でもない。幼い双子は、そう考えた。
だから、大丈夫。自分たちの愛は尊く、神も祝福して下さる。
運命の人を、ありがとう。
ファディロディア帝国ナリガレロ伯爵家といえば、国家の祖たる女神に仕えた戦士の末裔として栄えた名家である。
それが今や、お家存亡の危機を迎えているらしいことを、双子のソーレとルーナは他人事のように聞いていた。自分たちも一応、伯爵家の血筋ではあるのだけれど、傍流も傍流で末端の家柄だったからだ。
死にかけの当主と醜い跡目争いの話を、二人は好まなかった。
空を見上げ共に笑い、日々を紡ぐ。
周囲が仲の良すぎる二人を怪しみ始めた頃には、既に遅かった。
「最近お母様ったらおかしいわ。ソーレは私の大切なひとなのに、どうして一緒にいると困った顔をなさるのかしら」
腕のなかで不満げに唸るルーナに、ソーレは苦笑いするしかない。
「僕ら兄妹だからだよ」
「……知ってるわ。でも、神様が許してくださったのに」
ルーナが腹部に手を当てる。
彼女は兄ソーレとの間に子どもを授かっていたのだ。
これは国や法が認めなくても、神が自分たちの愛を祝福してくれているのだと思えた。
まだ周囲には露見していないが、時間の問題だ。なにより、神経質になっている母を欺き続けるのは難しい。
母にとっては孫にあたるのだから、生まれてしまえば、きっと可愛がってくれる。
楽観的な妹ルーナはそう暢気に構えていたが、兄ソーレは彼女と意見を同じにしなかった。
いかに末端といえど、自分たちが建国以来続く名門ナリガレロ家の生まれてであることは変わらない。事が明らかになれば、一族の汚点として殺される可能性もあった。
(逃げるなら今しかない)
本家のお歴々が後継者争いで忙しい今が最大の好機だ。問題は、夢見がちなルーナをどう説得するか。
いや、この妹は自分が手を引けば、疑問に持ちつつも結局はついてくる、恐ろしい従順さを持っている。そこが可愛いのだけれど。
ソーレは、ルーナを手放すことだけは考えられない。家族を捨てても、妹を失うことは、耐えられそうになかった。
「ねえ、ルーナ」
「なあに、兄さん?」
「提案なんだけど」
二人で遠くに逃げようか。
+ + + +
夢を見ていた。
良く似た顔の両親が狭い家のなかで、それでも幸せそうに笑っている。
貧しくても毎日が鮮やかだった。
近所の子どもたちと泥だらけになって遊んで帰って、母に小言を貰い、父に笑われ、そこで揃って母に叱られて。
とても美しい夢を見たのだと思えた。
「サズの髪ってキレーだよなあ」
「ね、王子さまみたい!」
「キラキラしてて遠くからでも分かりやすいし」
金髪と赤い目は、この帝国では極一部の、高い身分にあるものにしか見られない特徴で、大層尊ばれる色彩だというのを、この頃サズは村の友人たちに聞いて知った。
父と母はよく似ているのに、その息子である自分が二人とはあまり似ていないと、友人らの親達が噂していることも。
だが当時サズは幼く、先のことまで考えることはなかった。この話をすぐ両親に伝えれば、せめて二人が死ぬことはなかったのかもしれないのにと、悔やんだのは随分と後のこと。
あんな最低な光景を見ることもなかったのになと、今でも苦笑いする。
両親は村人に売られた。
双子のように瓜二つの夫婦が、貴族の子どもを育てているという噂が、とうとうナリガレロ伯爵家にも届いたのだ。
奇しくもその頃お家騒動は最悪の事態に陥っていた。
後継者候補も、また後継者を残せそうな者たちも、まるで呪いのように次々と死んでいったのだという。
禁忌を犯して神の怒りに触れた、裏切りの兄妹を探し出せ。
末端の家柄にすぎないソーレとルーナは、事態を納める口実に使われたに過ぎない。それも、この二人の間に生まれたサズが見つかって更に手のひら返しを受ける。
金髪と赤眼は、この国でそれほど大きな価値を持っていた。
これぞまさしくナリガレロ伯爵家を継ぐ者だ。
そう両親の死体の脇で言われた時の衝撃は忘れない。
そんな下らないことのために、両親は殺されたのか。
「早くしろ。これで陛下に申し訳が立つ」
「……?」
「女神が生まれたのに、我がナリガレロ家に跡取りがないなど、あってはならんのだ。これ以上ディオール家に遅れをとるものか」
話の半分も理解できない。
ただもう、両親の「おかえり」を聞けないことだけは、よくわかった。
その後ナリガレロ伯爵家の本家に引き取られ、後継者としての教育が始まり、貴族として【サザード・ダズル・ナリガレロ】という名前をつけられた。
もう逃げられない。
両親を失ってから、この世はまるで牢獄のようだ。
これから一生、この家の奴隷か。
そう溜め息をついていたサズがその少女に出会ったのは何の因果か。
きらびやかな宮殿。国家の栄華の象徴。選ばれた者たちだけの世界。
その片隅で、死体のように覇気のない少女をみつけた。
両親の最期を思わせるのが不思議で、しばらく観察していた。あの幽霊のような少女は何者なのか。金髪でも赤眼でもないが、ここにいるからにはやはり貴族の家柄なのか。
いや。
幼い子どもだけで城を自由に動けるわけがない。サズとてナリガレロ伯爵家の名があるから兵が遠慮しているのだ。
では、あの少女は。
直後に焦った。
彼女は大きな鋏を持っていた。咄嗟に駆け寄って邪魔した。
もう誰も見殺しにしたくない一心だった。
「なにしてるんだ?」
それは自分自身に向けた言葉でもあった。
関わるべきではないと本能が告げているのに、抗えないものが、彼女にはあって。
しかし、名前を知って納得する。
ストレイ公爵の娘。
両親が死んだ遠因ともいえる少女。
少女――戦女神の誕生が、ナリガレロ家を焦らせたのだ。
かつて戦女神に仕えた戦士の末裔たる伯爵家に、女神が再び現れた今、後継者がいないなど赦されない。
名前を聞いて酷く冷えた感情を覚えた。しかし、そこで立ち去ればよかったのかもしれない。
「……あたしは、貴族なんてきらい」
この閉ざされた魔界で、自分と同じことを言うのが、まさか親の仇ともとれる相手とは。
……いや、少々こじつけがすぎるか。
憎もうか。それとも、愛そうか?
そう自分に問いかけた時点で、既に答えは出ているも同然か。
たったひとりの同胞を守りたいと思った。
何より決定的だったのは、彼女の方もサズを必要とし、頼り、慕ってくれたことだ。
まるで神を信じる子羊のよう。
真っ直ぐな目で見上げてくる瞳に微笑みを返すうち考えた。
そうだ。
彼女のために生まれたのだと思えばいい。たくさんのものを失ったけれど、運命の相手を守れるならば。
そしてサズは、レリアルを愛した。
レリアルとの正式な婚約を控えた頃。
皇太子の護衛として共に地方へ繰り出した。
そこで罠にかかってしまった。
今にして思えば、迂闊の極み。
「すまない」
銃の感触がした。
しかし、実際には銃ではなかった。
銃口に触れた相手の身動きを封じる魔術が施されていたのだ。
また失うのか。奪われるのか。
そう叫びたいのに声も出せない。意識が暗転する。
次に目覚めたら、川岸に打ち上げられていた。あれから一体何があったのか、まるで記憶にない。それが恐ろしい。体の感覚がいまだに戻ってこないのも恐怖を煽っていた。
何がどうなっているのか。
「あ、生きてる?」
「……?」
ランティス?
疎遠になりつつあった親友を思わせる赤毛に、つい、安堵してしまった。それが相手にも伝わったらしい。
「おーい」
二言目にはわれに返っていた。相手は女だったからだ。
「ま、生きてるでしょ」
「……っ」
「動けない、喋れない、か。まあいいわ。見た目はそっくりだし、拾ってあげても」
そっくりって、誰に?
帝国貴族に知り合いでもいるのだろうか。
だが、意識はここで途切れた。
その後、合流したロッドが背負う形で、三人はアジトのひとつに戻った。
ラミア・スプランは青年の金の髪をそっと撫でる。
憎たらしいのに強く惹かれる黄昏の色。
起きて目が金色だったら薬漬けの人形にするのも悪くないと思ったが、この男は残念なことに赤眼だ。ラミアの求めるものではない。
ソルド・ディオール。
生きているのか、死んでいるのか。
それが分からないから、こんなにも執着しているのだろうか。
「彼、起きないな」
「そーなの。つまんないわ」
ラミアを見て、なぜか安心したように微笑んだのが気になるが。
「……、ァ」
「え?」
青年が小さく呻いた。ロッドもラミアも慌ててベッドに寄るが、青年は目覚めたわけではなさそうだ。
「寝言?」
「みたいね」
なんだ、と思わず笑いが出る。
「それにしても、なんて言ったんだ?」
「さあ。でも、確かリアだかイアだか」
「じゃあ仮名イア、でいいか」
「そうねー」
仕事以外はかなり無頓着な殺し屋二人により、こうしてサズは新たに【イア・スプラン】という名前を得た。
そして公に自分が死んだことになっていることを知り、なし崩しに彼らの仲間になったのだ。
「あ、ほんとにリアって言ってたの? しかも好きな娘の名前? ベタねー」
ラミアナ・スプラン。毒を操る赤毛の女。驚くべきことに、ランティスの従姉にあたるという。
「ベタって……」
「で、それを取り戻すために力を貸せと。ほー」
「ロッドのことも忘れてないからな!?」
気分は最低だ。
生まれてはじめて自分を必要としてくれたレリアルなのに、その彼女から拒絶されたのだ。加えて、レリアルは鉄壁の護衛まで受けている。
もう一度レリアルに会いに行くには、力が必要だった。
「だからって、ザノイックと鍛練ねぇ」
「ノアリス王女との対決が予想されるなら、動きが似てるザノイックと鍛練するのが効果的じゃないか?」
「あー、それ。そうなんだけど。ザノイックに言ったら指カッ飛ばされるわよ」
「先に聞いといて良かった」
それに。
リアに拒絶された時は目の前が真っ暗になったが、今こうしてなんとか普通を装っていられるのは、きっと仲間たちの存在が大きい。
自分が馴染めたのだ。だから、きっとレリアルも大丈夫。
最初は戸惑うかもしれないが……。
(ああ、まただわ)
本名をサズ、というらしい青年の横顔を見て、ラミアは溜め息をつく。
この男は何故か、想い人のことになると夢見がちというか、楽天的になる。
最終的には自分のものになると信じて疑わない様子には少し、狂気めいたものさえあった。
(貴女は逃げ切れるかしら?)
ラミア自身、レリアルに含むところはない。寧ろ憐れみに近い同情があった。
この男に出会ったのが、恋をしたのが、レリアルの最大の不幸かもしれないと、ラミアナは思う。
最早どうあってもレリアルはサズを忘れられないし、その人生には彼の影が残る。
(まあ、恋なんて)
心に残る染みのようなもの。
一瞬わいた感傷を飲み干し、ラミアナはサズの頭を撫でた。
「え、何」
「姉弟のスキンシップよ」
ただ、この青年の恋の結末だけは見届けたい。
それはもしかしたら、ラミアナ自身の答えにも繋がるかもしれないから。
だから、背中くらいら押してやるし、守ってやろう。
たとえその先に何もなくても、だ。




