何度でも君を好きになると思った
人混みの中を、二人で静かに歩いて抜けていく。まるで収穫祭の時のようだと感傷に浸りながら、リアはちらりとジャスを窺う。
怒っている、というわけでもなさそうになのに、手を繋いでからは話さないし、顔も見せてくれない。どうしたのかと、緊張してしまう。
そのくせ、その沈黙が妙に心地好く感じられてしまうから、恋というものはまったく手に負えない。
「ねえ」
「ん」
「どこまで行くの?」
「あー……悪い。じゃあ、この辺で」
ジャスの方も、特別にどこを目指していたわけでもないらしい。人の輪から離れた庭の隅で立ち止まり、すぐ近くの樹の下を示した。
「あそこでいい?」
「うん」
当たり障りのない会話が続く。それだけのことが、今はこんなにも嬉しい。
「ヘえ、庭の景色がよく見えるのね」
二人揃って、樹の根元に腰掛ける。手は繋いだままだったが、不思議とそれを強く意識することはなかった。
「いっそ登るか?」
「公爵家でそんなことできないわよ」
しかもジャスの叔母夫婦の邸宅である。彼自身も優等生ぶっているとヒルダが言っていた。
「あんただって公爵家の出身だろ」
「そうだけど……侍女の方が向いてると今回のことで確信したわ」
「ドレスも似合ってるけど」
ちら、とジャスの視線がリアに向けられて、途端にいたたまれなくなる。
あれほど嫌だと訴えたのに、恐れ多くもリアは今、トロナイルの貴色である青のドレスを纏っていた。
別段、禁じられているわけではないが、さすがに王族の前で貴色のものを身に付けるのは、なかなか勇気がいると思う。
「あんたの髪と目はなんでも似合うんだな」
「……は?」
そんなこと、言われたことがない。思わず絶句するリアに気づかず、彼はまじまじとこちらを見つめて続ける。
「白も似合ってたけど……明日は黄色系統とかどう?」
「着せ替え人形じゃないわよ」
からかっているわけでもなく、彼は真顔だった。しかし流されるとノアリスやヒルダ、レイチェルと一緒になってあれこれ飾り付けられてしまいそうだ。苦手なピンクなんぞ押し付けられた日には羞恥心で卒倒する。
「そんな話をしたくて抜け出してきたわけじゃないでしょ」
核心をつく言葉だとは自覚していた。けれど、いつまでも他愛ない雑談ばかりで、この夜を終えていいはずがないのだ。
しかし。
「もう少しだけ、あんたと話したい」
ジャスがやや視線を下げた。
見つめているのは、繋いだまたの手。
「……駄目?」
「なんで急に可愛くなるのよ」
「あんたの方が可愛いだろ」
「多分それ、ジャスだけよ」
「リーシャは違う。あとヒルダも」
「ノアリス様と紅夜さんはジャスのほうが可愛いわよ」
「紅夜さんは意味が違ってくると思う」
ジャスが小さく笑った。少し離れた場所では皆が騒いでいるのに、静かな夜だと感じてしまう。
「そういえば、ルーさんがいないわ。リオンもサーシェスさんも」
「例の客のところだよ。ほら、マリーナってひとの」
「ああ……」
ランティス、リオン、サーシェスの恩師マリーナ。その彼女が遠い昔、強引に堕胎させられた筈の息子、ロッド。
そのロッドが組織の実験体として密かに生存し、瓦解後に脱走、そのまま辿り着いたのがトロナイルの北の禁域テシア村。
ロッドはそこでシンルーの姉と恋人になっていたのだという。
「その、ロッドさんの処遇はどうなるの?」
「今のところ蒼姫さんは彼に対して被害を訴えてないし、国王とも話がついた。身柄は俺が預かってることになるけど、実際の世話や対応はルー姉がする」
「そういえば、随分ルーさんと話し込んでたわね。あれはこの話だったの?」
「それもあるけど、……ルー姉をトロナイル王宮に引き抜こうと思って」
「……は?」
耳が馬鹿になったのかと思った。
「何言ってるの?」
「ルー姉の目が赤い理由を考えたことあふか?」
質問に質問を返されてしまう。むむ、と唸るのも、基本は聞き手に回るジャスが、なんの意味もなくこんな問いかけをしてくるとは考えにくい。リアは暫し頭を捻った。
「確かシンルーさんのアーゼ家は、故郷でも古い血を引いてて、強い魔力を代々受け継いでたって聞いたわ。シンルーさんのおばあさまも赤眼だったって」
「うん」
ジャスが柔らかく頷く。
「似てないか?」
「え……」
どういうことだ、と問うより早く、何かが閃いた。
古い血筋。強い魔力。赤い目。隠れ暮らす一族。
ああ、もしかして。
「テシア村は、当時の魔女狩りを生き延びた赤眼の民の末裔なのね?」
「うん。当時は雪男の村だったらしい。僻地だし、交通の便も情報を拡散する手段も乏しかったから、彼らは逃げ延びた民を難民として受け入れ、子孫を残していったらしい。まあ、長い時代の中で、結局もう残ってるのはルー姉と、テシア近郊にあるっていう、いくつかの集落だけらしいけど」
だからテシア村は王家直轄の禁域に指定されていたのだ。部外者からすれば雪しかない不毛の地だが、王家にとっては秘密の箱というわけだ。
「じゃあ、ルーさんとジャス達は、古くは同族になるのね」
「そうなると、また一気に家族が増えたな」
ジャスが呑気ともとれる口調で笑う。
「まずは各地の巡礼と慰霊碑の建設。ルー姉の準備が整えば、一緒にテシア村の復興もしたいし。……うーん、やりたいこととやらなきゃいけないことが多いな」
「でも、前向きだわ」
「うん」
ジャスはにっこり笑った。この顔をずっと見つめていたいと願う。願わずにはいられない。
「ジャス、なんだか雰囲気変わったわね」
「そうか?」
「うん。前より可愛くなったというか、落ち着いてるっていうか、明るくなったっていうか」
「可愛いって……それ、誉めてないだろ。てか前までの俺はどんな奴に見えてたんだ?」
「優しいけど面倒な奴」
少しの意地悪のつもりだった。期待通りというべきか、ジャスがむっとした表情を作る。
「面倒で悪かったな」
「ふふ」
そう、作っている。この穏やかな時間を。
友人として過ごせる、最後の夜だから。
「ちょっと大人っぽくなったよ」
「そりゃどうも」
「本当だってば」
「散々落とされた後に言われてもなぁ」
「だーかーらー、そういうところが面倒だって」
「でも、好きになってくれたんだ?」
「そうでもないと、わざわざ国境越えてまで会いに来たりは……、……は?」
それなりの覚悟は固めていたのだが、流石に酷い不意打ちだと思う。
あまりにも普通に言うものだから、あまりにも普通に答えてしまった。
「……何を言わせてくれてるのよ」
「まさか引っ掛かるとは思わないだろ」
至極自然に零れ落ちた言葉だ。
いつの間にか、当然の事実になっていた自分達の『言っては駄目な気持ち』。
「ずるいわ」
「どっちが。……あー、もう。人がなんて言おうか、あれこれ考えてたのに」
「えっ」
不覚にも、どきりとした。それは、ちょっと聞いてみたい。
「どんな風に?」
「その他人事みたいな態度はどうなんだ」
「だって、あたしはもう言ったわ」
「質問に答えただけで言ったうちに入るか」
予想外の展開だ。
つまり。
「今ここで告白しろって言うのね?」
「あ、やっぱり好きなのか」
なんだ、と言わんばかりの調子でジャスが笑った。安心したように息を吐く。
「良かった」
「……何が?」
まんまと誘導尋問で墓穴を掘ってしまったリアは、顔から火が出そうだった。さっきから、掌の上でうまいこと転がされている。
「片想いだと思ってたから」
ぽすん、と。
肩に重いものが載って慌てる。温かなそれが、ジャスの頭だとわかった途端、更に鼓動が激しくなる。
「俺もリアが好きだよ」
それは静かな告白だった。
「手放したくないし、ずっと見ていたい。いつも笑っててほしいし、好きになってもらいたかった」
あまりにも淡々と明かされる想いの熱に、リアは絶句する。ジャスが、まるで大切な思い出を語るように微笑むから、余計に息が苦しくなってしまった。
「ジャス……あたし」
「リアは?」
震える声を遮られる。
ああ。彼は、もう。
「今のリアの気持ちが聞きたい」
「……っ」
彼がどうして自分の肩を借りたのか、今更わかった。
リアは嘘が下手だから。
これから語る『返事』に、リアが嘘を混ぜることを見越していたのだ。
ジャスは騙されてくれるつもりでいる。
「好き……だった」
「やっぱ過去形なんだ」
彼が小さく笑う。
違う、過去なんかじゃない。今だって、こんなに想っている。
それなのにーーそれなのに、どうして自分は。
どうしても自分は。
「サズを狂わせてしまった」
「あんたのせいじゃないと思うけど」
「確かに全てが自分の責任とは思わないけど、無関係な筈がないわ」
「これからどうするんだ?」
ジャスの声色が変わった。探るような調子で問う彼は、きっと自分たちの恋の結末を察していたのだろう。寧ろ、この質問こそが本題というような様子だ。
「……一度、帝国に戻ろうかと思うの」
「やっぱりか」
ジャスの呟きに、リアも頷く。
「まずは父に確認する。それから皇太子にも。サズの死の偽装について、あの人達が何も知らないというのはおかしい気がするから」
「だよな。俺と会った日、あんたを狙ってた刺客についても、改めて調べた方がいい」
「……あたしをあそこに誘導したのは、マリアンヌ皇女殿下よ」
少し迷った末、リアは明かした。
ここまできて彼に隠し事はしたくない。
案の定、ジャスが身動ぎした。
「え? それって確か」
「あたしの従姉妹姫よ。陛下から領地と離宮を賜った特別な皇女殿下で」
「今この国に来てるぞ」
「え!?」
思わずジャスを見る。が、相変わらず頭はリアの肩にあった。
「俺の立太式に国賓として招かれてる。婚約者候補筆頭らしい」
最後の言葉は、予想以上の鋭さでリアの胸を抉った。
わかっていたことだ。
何より、ついさっき自分で捨てた選択なのに、どうして傷ついてしまうのだろう。
脳裏に思い浮かぶマリアンヌ皇女は完璧な美少女で、そんな彼女がジャスの隣に立ったなら、絵になること間違いなしだ。
(それなのに)
思わずドレスの裾を握った時だ。
「そうやってさぁ」
はあ、と溜め息と共にジャスの頭が移動した。
というか、滑り落ちてきた。
リアの膝の上に。
「ちょっ……!?」
「妬いてくれるのは嬉しいけど、振られたばかりの俺はどうすりゃいいんだ。まだ脈があるなら頑張りたいんだけど」
「い、いや、その前に膝っ」
「俺以外の男がこんなことしたら、あんた殴るか逃げるかしてるよな」
「そっ、……もう!」
国宝のような美貌が膝の上からこちらを見つめてくる。それだけで気恥ずかしいというのに、会話の内容はリアを動揺させるには充分すぎて。
「これくらい良いだろ」
「よ、良くない!」
決心が揺らぐ。今だって本当は戻りたい。平和なチュニアールで過ごした優しい時間。その中心にはいつだってジャスがいたのだから。
これ以上は危険だと、自分を叱咤した時。
「誕生日なのに、おめでとうも言って貰ってないし」
「あっ……!」
今度こそ、リアは頭を抱えた。流石にジャスもぎょっと驚く。それでも膝から頭は退けてくれないけれど。
「どした?」
「そうだ……誕生日だったんだぁ……」
「あー、いや。ごめんごめん。冗談だから」
「違うの! あああぁあ、ミナに申し訳ない……っ」
「え、俺ではなく?」
話が見えないジャスが唖然としている。
彼の誕生日に向けて、焼き菓子の練習をしていたのが、遠い日のように思える。
間違いなくジャスのために、ミナと練習していたのだ。
やっと一人でも美味しく焼き菓子を作れるようになったというのに、その矢先に今回の騒動だ。
あれだけミナに世話になったというのに、まさか誕生日そのものを忘れてしまうとは。
「あたし、最低だわ。ミナに合わせる顔がない」
「おーい。そろそろ落ち込むぞ」
「どうしよう、ジャス……」
「前から思ってたけど、あんた結構ひとの話きいてないよな」
もう拗ねる、と小声で宣言したジャスは、本当にそのまま視線を逸らしてしまう。ミナとジャスに対する不義理に加え自身の間抜けさにはほとほと嫌気の差していたリアだっだが、ジャスのその態度で我に返った。
「ご、ごめんってば。謝ってるじゃない」
「……いま初めて聞いた」
「だってミナが」
「そいや、前に俺を避けてた時期、やたらミナの家に通ってたな。あれ何?」
気づかれていたのか、とリアは冷や汗をかいた。それと同時に、また鼓動が速くなる。
だってそれは。
好きと言うのと、どう違うのか。
「内緒」
「どうしても?」
「ど……どうしても!」
膝の上から、じっとりとした視線が向けられる。これは完全に疑っているし、不機嫌になりつつある。だからって、これ以上の墓穴を掘るわけにはいかなかった。
「じゃあ、俺が祝いをねだるのは駄目?」
「えっ」
これは予想外の展開だった。
ジャスが、おねだり?
いつも無欲だった彼が。
「な、なに?」
珍しさに加えて喜びがあった。ここにジャスの育て親であるルフィス達がいればどれだけ喜んだことか。何でも叶えると豪語してもおかしくない。
「あたしにあげられるもの?」
「うん」
つい先程まで不機嫌だったはずのジャスがにっこり笑う。ふと、そこで嫌な予感がしたのだが、リアの警戒心より早く動いたのは、ジャスの腕で。
髪に、何かを添えられた。
「な、何?」
恐る恐る触れたら、馴染み深いものが掌に落ちてきて、ぞっとする。
「これ……!」
「捨てるだけならまだしも、壊すなよ。おかげで完璧には直せなかった」
呆れた口調。いつもならリアを惹き付けてやまない声なのに、今は信じられないほど煩わしく思えた。
渡されたのは、幼い日にサズから贈られた赤い髪飾りだった。
魔力の制御が下手だったリアの為に作られた、特別な魔法の装飾。
ジャスへの想いを押し殺し、サズを刺し違えても止めることを決意した時、リアはこれを自ら破壊した。
それが、どうして今、こんなところに。
「余計なことしないで!」
「最後まで聞けって」
よっ、と。漸くリアの膝から頭を退けて起き上がったジャスは、溜め息まじりに言う。
「泣くくらいなら手放すな」
「……泣いてない」
「せっかく頑張ったんたぞ」
「仕事しなさいよ」
「クリフとルー姉とリーシャとヒルダで知恵を絞って改良したんだぞ」
「それは狡い!」
ジャス一人なら返却した。しかし、続く名前に尻込みする。なんだそれ。
「偶然に壊れたって説明したから大丈夫だよ」
「大体、なんでこれ……っ」
この髪飾りが特別なものだと、誰かに話した記憶はない。確かにサズから贈られた品だから、毎日のように身に付けていた。それでお気に入りなのだと周囲に認知されるのは理解できるが、このタイミングで、さっきの言い方は、ジャスがこの髪飾りについて大体の事情を察していることにならないか。
「俺はあんたが好きだから、あんたが他の誰かに意識を向けてるのはすぐ分かった。それで、サズと再会した途端、つけなくなって、挙げ句に粉砕されてるのを見たら、流石に気づくだろ」
確かに、いつもつけていたものを急に身に付けなくなったら怪しいか。もっとよく考えればよかった。
というか。
「……。さらっと何度も言わないで」
前半の内容は何だ。真顔で言わないでほしい。
「好きだから仕方ないよ。ほれ、貸す」
くす、とどこか大人びた笑みに促され、リアは髪飾りをジャスに渡した。その時に気づいたが、これはあの髪飾りより随分と小さい。赤い宝石にばかり注目してしまったが。
「これ、何なの」
「ブレスレットだよ。デザインはヒルダ。赤い宝石を直したのは俺。他の宝石に魔力を込めたのはルー姉。術式を組み込んでクリフが強化して、リーシャが守護の祝福をした」
お守りとしては最高だな、とぼんやり思う。だってこれ、絶対に断れない。
「はい、お手」
「殴るわよ」
「その流れで押し倒されてもいいなら」
「はい、お手!!」
とりあえず差し出された手を思いっきり叩いておいた。
ジャスは楽しげに笑いながら、リアの手首にブレスレットを着けてくれた。
「うん、悔しいけど、似合う」
「なんでブレスレットにしたの?」
「ヒルダからは指輪の提案も出たけど、流石に腸が煮えくり返りそうで」
ヒルダはこの赤い宝石の由来を知らないのだから仕方ない。そう理解しつつも面白くないのだと不貞腐れたように語るジャスに、リアはようやく落ち着いて問う。
「それで? おねだりって何なの? これじゃあたしが貰ってばかりだわ」
「あー……うん」
急に歯切れ悪く、ジャスが言葉を濁した。
「なによ」
はっきり言えと睨めば、彼は覚悟を決めたように口を開く。
「もう一度、俺を好きになってほしい」
「え……」
今度はリアが絶句する番だった。しかし、肝心のジャスは一番言いづらい件を口に出せたからか、そのまま話し続ける。
「あんたがそのサズって奴と、どんな決着を望んでるかは聞きたくない。俺が望まない形なら邪魔もするだろうし、あんた抜きで対面したら殺したくなるとも思う」
「物騒!」
「でも本音だから」
綺麗な顔の、真剣な眼差しだ。だからこそ怖い。リアは密かに震えた。
ジャスはリアの思考を正確に理解している。
「もう一度だけ俺を好きになってくれ。そのチャンスが欲しいんだ」
「誕生日に……?」
「うん」
「大国の次期王なのに……?」
「王族らしく体を要求するほうがよかったか?」
ジャスは冗談めかして笑ったが、リアは笑えない。
もしそうならそうでまた面倒な事態になっていたかもしれないが、今この仮定に意味はない。
あの皇太子といい、サズといい、ジャスといい、どうして自分の周りの男達は、こんなつまらない女に執着するのか。
「馬鹿じゃないの」
声が震えた。目の奥も熱いし、視界までぼやけてくる。
「なんで、そんなこと言うの」
ああ、彼は本当に、なんて狡い男だろう。
最後までジャスを突き放せないリアの、心の隙間から当たり前のように。
「好きだから」
同じ言葉を返したかった。その為に海を渡ってきたのだと。
あなたを守れる自分になりたかった。
「具体的に、どうすればいいのよ」
「あんたが何をどうこうすることはないよ。俺が勝手に頑張るんだし」
「あたし、すごく卑怯よ。言葉にしてないだけで、……こうしてジャスを拒まないんだから」
形にしないだけで、結局は遠回しに想いを伝えようとしている。自分の都合でそれができないならと、またしてもジャスに甘えて。
「それは俺にとって好都合だろ」
自己嫌悪の渦で喘ぐリアに、ジャスは心底不思議そうに言った。何が問題なのかと小さく笑う。
「頑張って付け入るよ」
「堂々と宣言される度にあたしのなけなしの良心は蝕まれるわ」
「ははは」
ジャスはまた笑った。本当に、リアの狡猾さに何の嫌悪もないらしい。まったくもって人が好すぎる。
「もう」
「俺はそれでいいんだよ。あんたに甘えてもらえて役得だ」
少し照れたようにして、また笑う。こんな自分のことを、本当に好いてくれているのだ。
(拒めるわけない)
近づき、話して、笑って、触れ合って。
そうして何度も何度も、積み重ねてきた気持ちがある。
だから、そう、きっとこれから先も、共に在る限り、自分は何度でも。
俯くリアの髪を撫でながら、ジャスは状況を改めて整理する。
勝率は五分五分だ。
……リアの気持ちを無視すれば、彼女を手にいれることは難しくない。
(サズって奴のことで、帝国はトロナイルに弱味を握られてる。揉み消す代償としてリアを要求すればいいだけだ)
もちろん反対する声もあるだろうが、帝国、ひいては皇室は最終的に頷かざるを得ないだろう。
リアが言った通り、サズの死の偽装に無関係とは思えないし、かつてステラがこの地で行ったことについても、何も知らないわけではないはずだ。
カードはいくらでもある。
しかし、それでもジャスは、それら全てを一度は置く選択をした。
無理矢理拐うのは、あの出会いの夜だけで最後にしたい。
欲しいのは、彼女からの確かな想いなのだから。
(すっげえ聞きたい……)
リアの声で、好きだと言って欲しい。その為には、どうにもこうにも、まずはサズの問題だ。
リアが、最悪の場合は奴との心中も視野に入れているのは、容易に察せられた。それは全力で阻止する。彼女には悪いが、この件についてはランティス達も同意見だ。
サズを生きて捕らえるのが、自分の最善。
そうすれば、リアが先走ることもないだろう。
(あんたもそこで見守っててくれるよな)
リアの右耳の真珠に指を滑らせれば、彼女はぎょっと振り向いた。
「な、なに!?」
「お揃い嬉しいなって」
「……セレナさんって、どこまで視えてたのかしら」
「たまに考えるけど怖くなって毎回やめる」
予知能力を持っていた友を思い出す。いつもいつも、助けてくれた自慢の親友。
「あいつが良い奴なのは分かってるからな」
「……ふーん」
あ、これ妬いてるな、こいつ。
素直すぎるリアに、つい笑いそうになってしまう。本当に可愛いな、と。
「なに笑ってるの」
「い、いや。だってさ……」
遠くで仲間達の呼ぶ声がする。トロナイルであの懐かしい、賑やかな声を聞くことになるとは思わなかった。そう感慨深く、ゆっくり立ち上がる。
「だって?」
手を差し出せば、むすっとした顔で彼女が手を重ねてきた。とても告白した男女の空気ではなかったが、それでこそ自分達らしいと、何故か少し誇らしい。
「好きだなって」
きっと何度でも。
出会って喧嘩して笑って別れて、降り積もっていった想いがある。ほんの一年足らずの短い、だけど色濃い時を共に過ごした。
冬の終わりに出会い、春を旅して、夏に互いに触れ、鮮やかな記憶の秋が、また白く染まる。
再びの冬は、もうすぐそこまで来ていた。




