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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
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血塗られたお伽噺





 要領を得ない話だ。

 リアからの説明に対し、ジャスはそう感じる。

 この口下手かつ何かと不器用な少女が、精一杯に言葉を尽くしてくれているのは理解できたが、今一つ欲しい情報が得られない。

「……ええっと。それで、どうして碧明宮(ここ)に?」

 それもよりにもよって、こんな地下の、国王の目の前に。しかも何故【最後の将軍】が描かれた伽藍から。

 ジャスにとっては、リアと母が接触したのも確かに気になる話だが、それ以上に今の状況を把握するのに、多大な労力を要した。

「それなんだけどね、王子さま」

「蒼姫さん。……と」

 一歩進んで説明役を買って出ているらしい姉姫の傍らに、眩しい金髪の男は相変わらず静かに佇んでいる。その姿を見て、ジャスは僅かに安堵した。

「紅夜さんもいるってことは、何か事情があるんですね」

「ちょっと待っておくれ、我が麗しのご主人さま。信頼度の高さ設定おかしくない?」

「そうだな。あんた一人なら頭から疑ってたよ」

「ちょっと殿下、ひどいよ!」

「うるさい」

 ばっさり切り捨て、ジャスはリアを床に降ろすと、紅夜に向き直った。父の方に視線を投げたが、どこか心ここにあらずといった風にこちら眺めている。

(陛下らしくない失態だな)

 護衛の者たちも相手に王子と王女が含まれるため、咄嗟に強くは出られないようだった。

「本格的に城の者が起き始めたら、流石に王妃を隠しきれない。だったら騒ぎになるより早く、お前に伝えようと面会を求めたら、夜明け前に国王の宮殿へ出掛けたと」

 相変わらず淡々とした口調だが、それでも順を追って説明してくれる紅夜の存在に感謝しながら、ジャスは頷いて続きを促す。

「それで?」

「お前の姉が珍しく、急に慌て始めてな。……まあ、この場所を見れば理由は想像つくが」

 ジャスは無言で視線を姉に向けた。先ほど発言の機会を逃したことでむくれているかと思いきや、蒼姫は少し怯えているようだった。

 何にーー?


「ノアリス。まさか、お前が再びここに足を踏み入れるとは。それほどまでに弟が可愛いか」


 皮肉とも感嘆ともとれる声を発した国王に、皆の視線が集まる。戸惑い、懐疑、嫌悪、怒り、警戒。若者たちの眼差しには各々の感情が如実に現れていたが、それを知るのは注目を浴びている国王ただ一人だった。

「どういうことですか」

 姉が父と利害の一致から手を組んでいるのは、本人から聞かされて承知しているつもりだ。しかし、父の言葉にはそれ以上の含みがある。警戒心からリアを背に庇い、問いかける。

「先程も仰っていた。この地下空間が、我らトロナイル王室の起源を示すものであるのは疑いません。ですが、まるで私個人にも関わりのあるような物言いですね」

「お前は本当に可愛いげがなくなったな」

 国王が鼻を鳴らす。ほぼ同時に、背後のリアやヒルダ、蒼姫がムッとしたのが気配でわかった。そんな女三人を見つめ、紅夜が呟く。

「人気者だな」

「今はそれどころでは……」

「そうだな」

 余計な応酬を挟みつつ、国王の言葉を待つ。王の目は若者たちを順繰りに追い、やがて細められた。

「面白いものだ。我が王室と異国の女神の血統。数千年の時を経て尚も、出会い手を取り、共に生きて歩もうとする……まさか、ここまで結び付きが強いとは」

 その言葉に、ヒルダ以外の全員が各々の反応を示す。とりわけ、リアの動揺は誰よりも強かった。

「……どういうこと?」

 小声で訊ねられる。しかし、ジャスもジャスで混乱していた。

 あの伽藍に描かれた『最後の将軍』の姿を見てから、まさかとは思っていたが。

「かの女神は……我が王室の誕生に関わりが深かったのですか?」

「ああ。あの光輝く太陽のごとき戦乙女が、今のトロナイルの礎を創った」

「まるで見てきたように語るな?」

 今度ばかりは、全員がぎょっとした。

 紅夜が値踏みするように、口を開いたのだ。ここには三人の王族がいて、発言の自由など許されていないのに、あろうことか彼は国王相手に堂々と問いを投げ掛けた。

 当然、王の護衛たちは目を吊り上げて剣に手を伸ばすが、室内に響いたのは鞘と刃の擦れる音ではなく、楽しげな笑声だった。

「なるほど、なるほど。我が娘が選んだだけあって、肝の太い男だ」

「義父上とでもお呼びしようか?」

 やはり淡々と応える紅夜に、ジャスは胆が冷えっぱなしだ。蒼姫もリアも青ざめている。ヒルダだけは紅夜の言動を普通のものと受け入れているらしく、自然体でリアな寄り添っていた。

「……あたしが彼の口を塞ぎましょうか」

「いざというときは頼むわ」

 何故この場面で、こんな緊張をせねばならないのだろう。リアと頷き合った後、やや現実逃避したくなるジャスである。

「陛下」

「なんだ」

 特に気分を害した風もなく応じる国王に安堵しつつ、ジャスは話の続きを促す。

「かの女神と我が一族の関係とは何なのですか」

 リアも紅夜も、その女神ーーステラ・フィール・ラフィマギルの子孫に当たる存在だ。そして彼らと別の形で出会い共にいる、自分たちは魔女の末裔。

『ここまで結び付きが強いとは』

 先程の王の言葉の意味が気になる。

「そう急くな、王子」

「……?」

 ふと、嫌な感覚がした。

 誰も動いていないし、ここには窓もないのに、何故だか生ぬるい風が、頬を撫でる。思わず硬直するジャスの目の前で、王はもう一度、血を流す。

 指先から流れ落ちたのは、ほんの一滴だった。床の水鏡に落ち、僅かな間の王冠を生み、やがて全体へ広がり静かな波紋を起こす。

 ーー変化は瞬く間に起こった。

「さあ、(いにしえ)時代(とき)へ」

 王の言葉を最後に、周囲が作り替えられていく。

 水鏡が輝き始め、その光景を映したのだ。

 誰もが足元に目を奪われた瞬間。

「見ちゃ駄目!」

 蒼姫が制止を叫んだが、到底間に合わない。

 水鏡から、映っていたはずの自分たちの姿が消える。

 まさか、と思った時、既にジャスはその世界に囚われていた。












+ + + +






 どこかの野営地だろうか。

 天幕の中で、二人の男女が寄り添っていた。

『殿下は王におなりなのですね』

『それ以外に道はなかろう』

『……難しい時代ですわ』

『それはお互い様だろう、ロゼ』

 傍らに佇む、使用人とおぼしき女ーーロゼッタに淡く微笑むと、男は彼女の頬に手を伸ばし、優しく撫でる。




(……なんだ?)

 間違いなく初めて目にする光景なのに、妙に胸がざわつく。

 忘れてはいけない記憶のようなーー。

『ロゼッタ、お前だけは側にいてくれ』

 軽い口調でありながら、男の言葉には切実な響きがある。

 ロゼッタと呼ばれた、黒髪赤眼の娘は、淡い微笑みを浮かべただけで、答えない。

『ロゼッタ』

 焦れたように男が繰り返す。ロゼッタはようやく答えた。

『わたくしと殿下では、身分が違いすぎます』

『私とて、この戦の前は名前だけの王子だったのだぞ。今更、身分が何だという』

『だからこそで御座います。自力でこの高みへ登り詰められた我が君、この身があなた様の名誉を傷つけるなど、あってはならぬのです』

『惚れた女一人守れず、何が名誉なものか』

 お互い声こそ荒げないものの、その言葉には強い熱があった。

 間違いなく、相手への深い愛ゆえに。










『それなのに、あの方は最後にわたくしを捨てたわ』








 ぞくり、とした。

 慌てて振り向くと、景色が変わる。

 真っ暗な世界に、ジャスはいた。

(ここは……)

『ねえ。わたくしと、憎くて愛しい我が君の遠い児』

 誰の姿も見えない。しかし声は何より強く大きく、ジャスの心を揺さぶった。

(……“魔女の児”の起源になった女か)

 あの美しい遺体を見た時に感じた違和感。あれは錯覚ではなかったのか。

 最愛の寵妃のような盛装で、何千年も朽ちることのない眠り姫。

 あれはーー男の愛ゆえだったのか。

『違うわ』

 納得しかけたところで、再びの声が思考を邪魔する。こちらの心の声が、相手には筒抜けなのかもしれない。

『裏切ったのよ』

 真っ黒な闇が、目の前に集束される。

 髪も肌を服も何もかもが黒い中、眼差しだけが血のように鮮やかな赤だった。

「……あんたが、ロゼッタか」

『ああ、ようやく。ようやく、生まれてくれた。わたくしの、忌々しいのに、とても可愛い(すえ)の児よ』

 黒い手が、ジャスの頬を慈しむように撫でた。母のように。

 実母とはこんな風に触れ合ったことがない。しかし、母親同然に愛情を注いでくれたルフィス達を思わせる所作に、ジャスはしばし言葉に窮した。

『あなたの、お名前は?』

「……ジャス。ジャスティス・ラゾーディア」

『ふふ、そう。ここに来てくれたのは、ノアリス以来だわ。あなたがここに来たという事は、王が弊れたのかしら?』

「違う」

『なら、ウィルはまだ生きてるのね。……そうよね』

 ウィルーーウィリアム。ジャスの父王を知っているらしい。

「あんたは?」

『原初の魔女、とでも呼んで頂戴な』

 確かに外見は恐ろしい魔女そのものだ。しかしどこか柔らかさを感じさせるのは、流石ノアリスの先祖といったところか。

「ロゼッタ、とは名乗らないのか?」

『ええ。その娘は遠い昔に、天へ召されたから。わたくしはその残り物にしか過ぎないの』

「……何があったんだ?」

 裏切られたと言っていた。そして、父の言葉も引っ掛かる。

「真実が捻れに捻れたとは、どういうことだ」

『せっかちさん。でも、そんなあなただから、ようやく偽りの時代が終わろうとしてるのね』

「?」

 含みのある言葉だった。しかし、それに乗っては会話を誘導されてしまうおそれがある。ジャスは沈黙を守った。

『ようやく生まれてきてくれた、“(ステラ)の遺言”を運命に持つあなたなら』

 星のーーステラの遺言?

 確かに生まれた時、占者から【星の遺言】を背負っていると予言を受けた。

(……なんなんだ)

『なんてことない。あの王はわたくしを見捨てた。わたくしは不当に捕縛され、拷問の末、生きたまま火刑に処されたの』

 その途端、眼下で炎が燃え上がる。

 熱さは感じない。しかし、ひどい臭いがした。

『自分の髪が、皮膚が、肉が焼ける臭い』

(……!)

 おかしなことが起きた。

 ジャスの体が磔にされ、火で炙られているのだ。

 追体験のようだーーと、こんな状況でも冷静な自分がいて、その一方で、そんな思考も塗り潰されていく。

 熱い、痛い、怖い、悲しい、苦しい、助けて、死にたい、早く殺して、死にたくない、誰か助けて。

 どうしてーーどうして、どうして!!





『あの方はわたくしが泣き叫びながら焼け死んでいくのを、ただ高いところから座って見ていたわ』

 熱く燃えていた筈の愛は、紅蓮の渦の中で灰になった。

 その代わりに、小さな星が舞い降りて。

『ロゼ! しっかりして、ねぇお願い!』

 群がる民衆を文字通り蹴散らした、異国の聖女。

 後の世で女神として崇められることになる友の声は、絶望に飲まれたジャスにとって、紛れもない光だった。

『ス、テラ……さま……?』

 その姿が一瞬、茶髪茶眼の、彼女とはおよそ似つかない地味な娘と重なる。

 あれはーー誰だった? いや、今はそんなことよりも、かけがえのない友だ。

『ステラさま……』

 助けにきてくれたのだ。

 それだけで泣きたくなる。なのに、もう一滴もこぼれない。それどころか、喉も焼けてしまっている。

 ありがとうって、伝えたいのに。








 + + + +






 一方リアと紅夜、そしてヒルダは、その時、ある光景を見ていた。

「何よ、これ……」

 リアの震えた呟きに、しかしヒルダは答えない。かわりに、ちらりとノアリス王女を見る。

 この場においてヒルダは全くの部外者だ。だからこそ、きっと誰より冷静で。

「ノアリス王女は知ってたんだね」

「うん」

 真っ青になるリアと、彼女ほどではないにしろ、顔を強張らせている紅夜。

 ノアリスが紅夜に寄り添い、自身はリアを抱き締めならが、ヒルダはひとりごちる。






 これがーーーーお伽噺の真相なのか、と。








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